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「バイリンガルメディアとして圧倒的な存在感を示す」―ロバート・ヘルト(カスタムメディア代表取締役)

カスタムメディア代表取締役 ロバート・ヘルト氏

日本を拠点にバイリンガルメディアを展開する、カスタムメディア代表取締役のロバート・ヘルト氏。異国の地での起業を成功させた同氏は、東京五輪を控えた日本市場への関心の高まりと日本企業の国際化に大きな可能性を見いだし、飛躍を目指している。(取材・文=吉田 浩)

ロバート・ヘルト(カスタムメディア代表取締役)プロフィール

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(ロバート・ヘルト) 印チェンナイ出身。マドラス大学卒業後、モルジブでホテルマンとして就職。2004年来日し、広告関連会社勤務を経て、08年カスタムメディアを設立。日英のバイリンガルメディアとして、さまざまな業務を手掛ける。

カスタムメディアの特徴と創業の経緯

国際的な情報ツールとして活用されるバイリンガルメディア

 従業員の9割は外国人。多様な人種の男女が働く港区のオフィスは、外資系企業の日本支社のような雰囲気が漂う。だが、ここカスタムメディアは今から10年前に東京で設立。代表取締役のロバート・ヘルト氏は日本在住歴14年になる。

 カスタムメディアが手掛ける領域は、雑誌をはじめとする各種印刷媒体の出版、ウェブ媒体やソーシャルメディアの制作、動画の作成、日本企業の海外向けと海外企業の日本市場向けマーケティングやコンサルティング、国際的なイベントの主催からパーティーの開催など幅広い。

 同社が手掛ける代表的な媒体が、在日英国商業会議所(BCCJ)会員向けの月刊誌『BCCJ ACUMEN』だ。日本駐在の英国ビジネスパーソン、大使館員やその家族など、日英における企業コミュニティの貴重な情報源になっている。また、在日米国商工会議所(ACCJ)の会員向け月刊誌『ACCJ Journal』も同様に、国際色豊かな情報ツールとして活用されている。

 雑誌をはじめとするすべての業務におけるカスタムメディアの強みは、英語と日本語の双方に対応したバイリンガルメディアであることだ。

 「弊社のプロジェクトの多くは、英語コンテンツや2カ国語のコンテンツを求めるクライアントからの依頼です。編集、デザイン、写真撮影など、コンテンツ制作をすべて自社のクリエーティブチームが手掛けています」と、ヘルト氏は言う。

ホテルマンから転身しカスタムメディアを創業したヘルト氏

 ヘルト氏はインドのチェンナイ(マドラス)出身。マドラス大学を卒業した後、モルジブにホテルマンとして就職した。そこで出会った日本人女性と結婚したことが、日本との縁の始まりだ。

 2004年に来日したヘルト氏が驚いたのが、至る所に見られる多種多様な広告だった。心惹かれるものもあれば、何を表現しているのか理解できないものもあった。好奇心をそそられ、それまでメディアや広告の世界とは無縁だったにもかかわらず、外資系の広告関連会社に転職を決意した。

 クライアントは主に、英語広告による訴求を求める日本企業。すぐに気付いたのは、言語の違いによるニュアンスの微妙なズレだ。

 「例えば、日本語では素晴らしいコピーでも英訳すると奇妙な表現だったり、逆に英語では面白い表現が日本人にとっては刺激的過ぎたりしました。広告やマーケティングの世界において、バイリンガルコミュニケーションは大きなチャレンジでした」と、ヘルト氏は言う。

 課題もあったが、バイリンガルコミュニケーションに対する顧客ニーズは拡大していた。日本にはしっかりと手掛けられるメディアも少なく、この状況がヘルト氏にはチャンスと映った。バイリンガルメディアに大きな可能性を感じたヘルト氏は、08年に独立してカスタムメディアを設立した。

カスタムメディアを成長させたヘルト氏の経営手腕

ピンチの時こそ攻めに出る姿勢

 独立して最初のクライアントは日本の不動産業者だった。六本木、銀座、白金などの外国人居住者をターゲットに、英語と日本語の2カ国語でライフスタイルマガジンを制作、大規模集合住宅に戸別配布した。

 滑り出しは順調だったものの、すぐに試練が訪れる。09年秋のリーマンショックだ。クライアントの不動産業者から契約を解除され、広告出稿が止まった。

 窮地に立たされたヘルト氏が、そこで選んだ道は「攻め」だった。

 雑誌のフォーマットとコンテンツをブラッシュアップし、外資系ラグジュアリーホテル、グローバルリーダーの交流サロン、訪日外国人向け高級アパートなど、より広い層にリーチした。一方で、在日英国商業会議所との関係を深め、前述の『BCCJ ACUMEN』の制作も開始。当初は隔月発行だったが、1年後には月刊に移行するなど立て直しは順調に進み、スタッフの増員にも着手した。

 だが、直後にまたもや試練が訪れる。11年3月の東日本大震災によって、またもや広告が激減。外国人スタッフの多くが本国に帰っていった。ここでもヘルト氏は攻めの姿勢をやめなかった。

 「スタッフの数を6人から12人に倍増させ、チームを作り直して大きなオフィスに引っ越しました。成功するには挑戦するしかなかったのです。ビジネスニュースやライフスタイル関連の記事は続けていましたが、日本や英国のビジネスコミュニティに関するトピックにもフォーカスするようにしました」

動画コンテンツにいち早く参入

 事業から撤退しなかったのは、日本のポテンシャルを信じていたからともヘルト氏は言う。13年には、同じく冒頭で紹介した『ACCJ Journal』の発行も任せられるようになった。

 そして同年11月には、英ビジネスコミュニティへの貢献が認められ、BCCJ主催のブリティッシュ・ビジネス・アワード(BBA)において「Company of the Year」を受賞した。ヘルト氏は、「BBAの公正な審査員から表彰を受けたことは、私たちの発展における一つの節目となりました。何より、私たちの働きを認めていただいたことは大変光栄でした」と語る。

 時期を同じくして、外資系企業トップのインタビューなどで構成される2カ国語のウェブ動画メディア「ビジネス・イン・ジャパンTV(BIJ.TV)」もいち早くスタートさせた。主な視聴者ターゲットは、日本で事業展開を考えている海外事業者や、外資系企業トップの考えを知りたい日本のビジネスパーソン。インタビューは英語で行い、日本語の字幕を付けるスタイルだ。

 人口減少や高齢化で、世界における日本市場のステータスが低下していることは否めないが、19年のラグビーワールドカップや20年の東京五輪に向けて、再び日本への関心は高まりつつあり、海外進出を目指す日本企業も増えている。

 「われわれは、海外に出たい日本企業と海外から日本に進出したい外国企業の両方をサポートできる良いポジションにいるので、役割は重要です。今後はもっとスタッフを増やして成長を加速させたい」と、力強く語るヘルト氏だ。

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