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倒産寸前のファミリー企業再生に成功したエアウィーヴ・高岡本州会長の経営手腕と次の挑戦

エアウィーヴ 会長 高岡本州氏

窮地に立った中小企業が、大手メーカーが幅を利かせる全く畑違いの市場に新規参入し、斬新な商品で勝負を挑む。ドラマ「陸王」ではそんなストーリーが人々の共感を得たが、エアウィーヴが辿った軌跡はそれとよく似ている。アスリートからの支持を得て、人気が拡大したのも共通点と言えるだろう。一躍有名になった高反発マットレス「エアウィーヴ」と、その生みの親である高岡本州会長のストーリーを追った。(文=吉田浩)

高岡本州・エアウィーヴ会長兼社長プロフィール

(たかおか・もとくに)1983年名古屋大学工学部応用物理学科卒業。85年慶応義塾大学大学院経営管理研究科で修士号を取得後、日本高圧電気に入社。87年スタンフォード大学大学院に留学、経済システム工学科修士号を取得。98年日本高圧電気社長に就任。2004年中部化学機械製作所(現エアウィーヴ)を設立、07年同社長に就任。15年同会長兼社長に就任。起業家表彰制度「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2016ジャパン」日本代表に選出。18年「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2018ジャパン」審査委員を務める。

ブランディングと売り上げ拡大に成功したエアウィーヴ

 今や高い知名度を誇る高反発マットレス「エアウィーヴ」を生み出したのは、もともと漁網や釣り糸の押出成形機を製造していた愛知県の中小企業。苦境に陥っていた会社を救ったのが、現会長兼社長の高岡本州だ。

 エアウィーヴの詳しい歩みは後述するとして、目を見張るのはその成長ペースの凄まじさだ。

 07年に寝具業界に本格参入したのち、しばらく鳴かず飛ばずが続いたが、元フィギュアスケート選手の浅田真央さんのCM起用などで一気に知名度が上昇。09年に1億円だった売上高が14年には115億円にまで達した。その後2年間は低迷したものの、17年からは再び成長軌道に乗り、18年は150億円を視野に入れる。

 エアウィーヴの武器は、一流アスリートたちに認められる品質と、それを可能にする徹底的な「睡眠の質」へのこだわりである。

 09年から早稲田大学、10年からはスタンフォード大学などと協力し、睡眠の質の向上について研究を重ねてきた。最近では「睡眠負債」の提唱者であるスタンフォード大学医学部教授の西野精治氏、慈恵医大准教授の千葉伸太郎氏と行った、寝具と睡眠の質に関する共同研究が米国の科学雑誌「PLOS ONE」に掲載されるなど、学術的な貢献も果たしている。

 一方、米フロリダにあるアスリートの寄宿学校「IMGアカデミー」の学生寮にもエアウィーヴを導入し、競技種目やアスリートの体型などに応じた最適な寝具を研究することで、商品開発に生かすといった活動も行っている。

 エアウィーヴの躍進は、こうした「本質」を追求する姿勢から生まれたブランディングの成功と、それに共感する人々によって支えられている。ただ、今に至るには、さまざまな試行錯誤と紆余曲折があった。

寝具業界に参入したエアウィーヴと高岡会長の経営判断

 高岡は1998年、37歳の時に父親が経営する配電機器メーカー、日本高圧電気の二代目社長として就任した。さらに同社を経営する傍ら、伯父が経営する押出成型機メーカーの経営も任されることになったが、当時は競合に押されて市場も縮小。事業を続けるには絶望的な状況だった。

 火中の栗を拾うことになった高岡は、当時をこう振り返る。

 「自分は地方の小さな大名の息子みたいなもので、会社を継ぐことになったのは、言わば宿命みたいなものでした。伯父の会社は日本高圧電気の株も持っていたので、倒産して株が放出されたりすれば日本高圧の経営にも影響しますから。親父にも『お前が何とかしろ』と言われましたしね」

 伯父の会社は、機械製造業を諦めざるを得ないところまで追い込まれていた。

 「何か新しいことを始めなければいけない」

 考えをめぐらして思いついたのが、工場の技術を生かしてできたクッション素材を、ベッドメーカーに売り込むことだった。高岡自身、若いころに交通事故でムチ打ちになって寝るのに苦労した経験があり、体に負担のかからない素材であれば受け入れられるのではないかと思ったのだ。

 だが、目論みは空振りに終わった。

 消費者はあまり知らないことだが、寝具業界で素材からマットレスを内製しているメーカーはほとんどない。ものを言うのはブランド力と、売り場面積確保のための販売チャネルをどれだけ持っているかだ。

 「ベッドのマットレス素材には、古いウレタン素材やスプリングが使われていて、そこにわれわれが違うものを持ち込んでも、メーカーは自分たちで素材を手掛けていないから評価能力がなかったんです。だから世の中で低反発のマットレスが売れていたら、それを採用して販売力で売り切ってしまうというやり方。本当に低反発が良いのかどうかといった議論をそもそもしないし、新しいものには手を出さないんです」

 日用品と違って、ベッドのような大型家具は、買ってみないことには価値が分からない。消費者は一度買ってしまうと、他の商品を試す機会もほぼない。こうした特殊性から、ブランドイメージと売り場の大きさで、消費者の大半が購入を決めてしまうのが寝具の世界だった。

 B to Bで素材を売る路線に見切りをつけた高岡は、自らマットレスを作って、寝具メーカーになることを決意する。ただ、それは大手メーカーがひしめく市場で、陣取り合戦に参戦することを意味した。

 「その時はドカンと大成功したいというより、とにかく経営が成り立つようにしたかったんです。有名になりたいとかではなくて、会社が維持できて、永続的に社員を食わせられるところに持っていきたいという思いのほうが強かったですね」

 寝具メーカーとしての高岡の挑戦が始まった。

高岡会長の信念とエアウィーヴの転機

高反発マットレスに使われる独自開発の素材

 そして商品化したのが、独自開発の素材を使ったマットレスパッド「エアウィーヴ」。折り畳み可能なパッドであれば、大手メーカーが占拠する売り場の片隅にでも置いてもらえるのではないかという思惑があった。また、サイズの規格が決まっているため、商品ラインアップをシンプルにできるという利点もある。インターネットでの販売もしやすい。

 「たまにメディアの取材を受けてテレビ放送があると、それに合わせて新聞広告をどんと打つ。すると名古屋の売り場で売れるので、すぐにその数字を持ってデパートの幹部のところに行って、売り場をもっと下さいとお願いに行く。次に東京の売り場に行く。そんな地道な取り組みの連続でした」

 しかし、後発で知名度もなければ十分な実績もない。販売開始から3年間はほとんど売れなかった。

 高岡の奔走をよそに、なかなか結果が出ない現実。伯父の会社を引き継ぐよう命じた父親からは厳しい言葉を投げかけられた。

 「こちらとしては手ごたえを感じていましたが、3期連続赤字になって、親父は『3年も何やってるんだ』と。それまでは親会社の日本高圧から資金面のサポートを受けていましたが、以降は全部銀行から借りることにしたんです」

 売れない時期でも、高岡は「睡眠の研究」に必死に取り組んでいた。そして、ブランド力を高めるには単なる広告ではなく実績づくり、それも一流の人間がエアウィーヴを認め、愛用しているという圧倒的な実績が必要だと考えた。

 「オリンピック選手に選ばれ続けるような商品をつくりたい」

 そんな思いで研究を重ねた結果、エアウィーヴを愛用するトップアスリートが徐々に増え、高級旅館や航空会社などへの納入実績も広まっていった。そんな時、遠征先に出向く浅田真央さんの手の甲に、「マットレス」と書いてある映像が偶然テレビ放送で流れる。浅田さんいわく、遠征に持っていくのを忘れないようにするためだったという。

 睡眠研究のために、浅田さんが所属するスポーツマネージメント会社IMGと交流があった高岡は、浅田さんがエアウィーヴを愛用していることは知っていた。当時は有名人を広告塔にしたいという考えはあったものの、どうしたものかとモヤモヤしていたが、その映像を見て心が決まった。

 「強く商品を気に入ってくれる人にPRしていただくのが理想的ですし、国民的ヒロインである真央さんがそこまで気に入っていただいているのを見過ごして、他の方にお願いするわけにはいきませんよね(笑)」

 ちょうど良いタイミングで、浅田さんのスポンサー枠が1つ空くという幸運もあった。浅田さんが出演するCMは、エアウィーヴのブランド力と知名度を一気に押し上げ、売り上げ増加に貢献。このほか、プロテニスプレーヤーの錦織圭選手、歌舞伎役者の坂東玉三郎氏など、一流の人物が愛用するマットレスパッドとして、その地位を確立していった。

日本で成功したエアウィーヴが次に目指すもの

三分割可能なベッドマットレス

 日本国内で成功したエアウィーヴが、次に目指したのは米国市場だ。14年のソチ・オリンピックで米国のアスリートにエアウィーヴを供給していた実績を踏まえ、高岡は16年のリオデジャネイロ・オリンピックのビッグチャンスに賭けた。2年間で約20億円を米国展開に投資、15年と16年は1年の半分近くを海外で過ごしたという。

 だが、結果は芳しいものではなかった。米国事業の伸び悩みや日本国内でも競合の台頭などが影響し、15年の全社売上高は前年比4%減の110億円、翌16年も買収した枕専門ブランドのロフテーの売上高を除けば、前年比マイナスに陥った。

 「国内のマットレス市場が約800億円なのに対し、アメリカは1兆円近くあります。そうなると、やはり海外展開が必要だと思っていましたが、急いだ分だけマネージメントが雑になってしまいました。今は米国ではネット販売に限定して規模を縮小するなど、もう少し地道にやっています」

 初回の海外挑戦は失敗したが、収穫もあったと高岡は言う。これまで主力だったマットレスパッドではなく、米国進出のために開発した厚いマットレスが、今後国内でも成長ドライバーになってくると読む。さらに、パッド、マットレス、掛布団と、寝具一式をエアウィーヴで完結できる方向に向かっていく。

 海外進出も諦めるつもりはない。ただし二度目は単独ではなく、現地企業と組んで展開する考えだ。

 「それまでに国内で上場して、しっかり利益を出せる体制を作ってからもう一度挑戦するつもりです」と、高岡は言う。

 睡眠の質の向上という点で、今後取り組んでいくのは「用途開発」だと高岡は語る。

 「われわれがつくった素材自体は、構造上そこまで複雑になり得るものではありません。でも、形や硬さを変えて、人間に対してどう使ったらいいのかという点では、まだまだ未知の部分があるので、そこを突き詰めていきたい。もう1つは、睡眠そのものを研究することがミッションとしてあります。われわれは、商品を通して人々の睡眠の質を高めたいわけですが、究極的には商品を通さなくても睡眠の質を上げることができれば良いと考えています。例えば、アップルがスマホを売るというより、アップルがある世界を作ろうとするのと同じなんです」

 より快適で、質の高い睡眠を人々が享受する世界。寝具マーケットを変えた高岡が次に挑むのは、より壮大なテーマである。(敬称一部略)

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