経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

アスクル創業社長を退陣させた筆頭株主・ヤフーの焦り

岩田彰一氏

アスクルといえば、日本のオフィス用品通販の草分けで、創業以来、岩田彰一郎氏が社長を務めてきた。この創業社長を、8月2日の株主総会で解任したのが筆頭株主のヤフーだった。一緒に「LOHAKO(ロハコ)」を運営するなど蜜月に見えた両社に何が起きたのか。文=ジャーナリスト/下田健司(『経済界』2019年10月号より転載)

アスクルとヤフーが深刻な対立に向かった経緯

良好な関係が続いてきた両社

オフィス用品通販大手アスクルとインターネット大手ヤフーの対立は出口が見えず、両社の関係は混迷を深めている。

両社は提携関係にあり、ヤフーはアスクルの約45%の株式を保有する支配株主である。そのヤフーがアスクル第2位株主(約11%保有)の文具・事務用品大手プラスとともに、8月2日アスクル定時株主総会で議決権を行使し、岩田彰一郎社長と独立社外取締役の戸田一雄氏(元松下電器産業副社長)、宮田秀明氏(東京大学名誉教授)、斉藤惇氏(元日本取引所グループ最高経営責任者)の再任案に反対した。

7月17日、アスクルは、ヤフーから岩田社長の退陣要求を受けていること、そしてヤフーに対して提携関係の解消協議を申し入れたことを発表。一方、ヤフーは同日、アスクル株主総会で岩田社長の再任に反対する議決権を行使する予定であること、アスクルからの申し入れに対して「協議は不要」とアスクルに回答したと発表。両社の対立が表面化していた。

株主総会で再任された取締役は、アスクル側の吉田仁氏、吉岡晃氏、木村美代子氏の3人とヤフー側の輿水宏哲氏、小澤隆生氏、今泉公二氏(プラス社長)の3人。新経営体制は同日、株主総会後に開いた取締役会で決定し、社長に吉岡氏が就いた。

アスクルは1993年、プラスの一事業部としてスタートした。中小事業所をターゲットにオフィス用品需要を開拓し成長。97年に分社独立、2000年に上場した。

12年にヤフーと業務・資本提携契約を結び、第三者割当増資を実施。筆頭株主となったヤフーの協力のもと、一般消費者向けネット通販、ロハコ事業に乗り出した。それ以来、両社はイコールパートナーとして良好な関係を築いてきていた。

それが一転して、なぜ関係がこじれてしまったのか。ここに至るまでの経緯を見てみよう。

岩田彰一・アスクル社長

創業以来、22年間社長の座にあった岩田彰一氏

ロハコ事業赤字の責任を指摘されたアスクル岩田社長

ヤフーによると、岩田社長再任に反対するおもな理由は、アスクルの低迷する業績の早期回復、経営体制の若返りである。

業績については、18年5月期の営業利益が前の期を50%下回る41億円となったこと、19年5月期の営業利益が通期予想から25%下回る約45億円、純利益は89%減の約4億円となったこと。

また、ロハコ事業は収益改善が見られず、19年5月期は約92億円の赤字になったことを挙げる。これらの実績から、岩田社長の事業計画の立案力、事業計画の遂行力に疑問を抱き、97年から社長を務める岩田氏から経営の若返りを図り、新たな経営陣のもとで新たな経営戦略を推し進めるのが最善と判断したという。

7月17日のアスクルの発表では、今年1月にヤフーからロハコ事業の譲渡の可否、譲渡が可能な場合の条件(譲渡対象事業の範囲、取引ストラクチャーと譲渡持分比率など)について検討要請があり、2月に独立役員会、取締役会の審議を経て譲渡の提案はしないことをヤフーに回答したことも明らかにしていた。

アスクルは翌18日、記者会見を開く。岩田氏は「支配株主による成長事業の乗っ取り」とヤフーを批判。これに対しヤフーは同日、「そもそも譲渡をする考えがあるか、意向を聞いたにすぎない。今後も譲渡を申し入れる方針はない」とのコメントを発表した。

22日にアスクルは、業績低迷の早期回復のためというヤフーの株主権行使の理由に反論する。ヤフー派遣の取締役2人も参加して策定したロハコの再構築プランを遂行中であること、物流センター火災や宅配運賃値上げという特殊要因による一時的な業績悪化の責任を役員1人に負わせる理由にならないこと、業績低迷の責任を問うならばしかるべき機会があったにもかかわらず、適切なプロセスを踏まず、突如退陣を要求したことなどを挙げた。

ヤフーによる社長人事への介入をアスクルが批判

アスクルによると、「成長事業の乗っ取り」と判断した経緯は以下のとおりである。

18年11月26日、アスクルの吉岡取締役と玉井CFOが、ヤフー派遣の輿水取締役から「ロハコを仮称Yモールのヤフーの直営店にしたい」「価格設定と品揃えの判断はヤフーが握りたい」「小売新会社を設立し(ヤフー51%、アスクル49%)ロハコを移管する」「新会社において岩田氏は役員に入れない」などヤフーの意向を説明される。29日に再び輿水氏から「ソフトバンクの宮内謙社長と、ロハコ事業移管に関して議論し、譲渡後の運営会社をどうするかが課題となった」という報告を受ける。

12月3日、吉岡氏と玉井氏は輿水氏から「ロハコ分社化をアスクルに申し入れる方向を決定。分社した場合の社長は吉岡氏という人事案、アスクル物流事業のソフトバンク吸収という意見が出た。岩田氏による反発や取引先がついてくるかが課題として協議された」との説明を受ける。

そして、今年1月のロハコ事業譲渡の申し入れに対し、譲渡しないことを2月ヤフーに回答する。

6月27日、ヤフーの川邊健太郎社長が法務本部長帯同でアスクルを訪れ、岩田社長に退陣を要求、アスクル株主総会で岩田社長再任に反対する意向を表明した。

7月3日、アスクルの指名・報酬委員会は小澤氏のヤフーの立場からの意見陳述も踏まえたうえで、5月8日に決議した次期取締役候補者を取締役会に答申。取締役会は現任取締役全員の再任案を決議した(ヤフー派遣の取締役2人は棄権)。

アスクルは、一連の経緯から、ヤフーが社長再任に反対する理由はロハコ事業を移管しやすくするための社長人事への介入であると判断した。

12日、ヤフーに提携関係解消についての協議開始を申し入れた(17日に協議は不要とヤフーが回答)。

24日、ヤフーはインターネットを通じ議決権を行使し、岩田氏と、業績低迷の理由である岩田氏を社長に任命したことを理由に独立社外取締役3人の再任を否決したと発表した。

コーポレートガバナンスの観点から見たヤフーの問題点

独立社外役員不在を招いたヤフーの責任

「独立社外取締役不在の状態にしたのは暴挙」。牛島総合法律事務所の牛島信弁護士はこう言い切る。

ヤフーの行為には、コーポレート・ガバナンスの点から相次いで意見が表明される。

7月30日に日本取締役協会、8月1日に日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークがそれぞれ、独立社外取締役全員を不再任としたことにガバナンス上重大な問題があると懸念を示したのである。

アスクルは独立社外取締役不在の状態を解消するため、速やかに新たな独立社外取締役を選任するとしている。そのため、取締役会の決議に基づいて臨時株主総会を招集し開催する考え。だが、すんなり選任されるかは予断を許さない。ヤフーはアスクルの独立性を前提に最大限協力するとしているが、独立社外取締役3人の再任に反対しただけに、その選任プロセスは要注目である。

こうしたガバナンス体制の再構築は喫緊の課題だが、アスクルの目下の経営課題は、なんといってもロハコ事業の立て直しである。しかし、それにはまだ時間がかかりそうだ。

ロハコ事業は増収基調にあるものの、営業赤字が続いている。19年5月期は92億円の営業赤字を計上しており、現在、ヤフーとの協議の上18年12月に策定した再構築プランを推進中だ。

20年5月期見通しは売上高535億円(4.3%増)、営業赤字64億円(28億円の改善)と売上成長よりも収益改善を優先する格好だ。再び成長へのアクセルを踏み込むのは21年5月期以降としている。

アスクル岩田氏と吉岡氏

岩田氏に代わり社長に就任した吉岡晃氏(右)

ヤフーとアスクルの関係は今後どうなるか

最大の問題は、ここまで悪化したヤフーとの関係を今後どうするかだ。

アスクルはヤフーとの資本関係を解消したいという意向に変わりはなく、ヤフーと協議を始めたいとしている。新社長の吉岡氏は「提携解消はゼロか百かではなく、両社がウィンウィンとなり、あらゆるステークホルダーにとって最適となる解を模索する。協業関係もありうる」と話す。株式売渡請求権の行使も放棄しておらず、ヤフーとの関係解消は長期化する可能性がある。

8月2日のアスクル株主総会を受けて、ソフトバンクグループは同日、「孫個人は投資先との同志的な結合を重視するため、今回のような手段を講じる事について反対の意見を持っているが、今回はヤフーの案件であり、ヤフー執行部が意思決定したもの。ヤフーの独立性を尊重して、ヤフー執行部の判断に任せている」とのコメントを公表した。

ヤフーは、ソフトバンクグループの通信子会社ソフトバンクの子会社である。グループを率いる孫正義氏の反対意見表明を受けて、ヤフーの対応に変化が出る可能性もある。

アスクルは8月5日、株主総会の議決権行使の賛成割合を公表した。それによると、ヤフーとプラスの議決権行使を除いた場合、岩田氏、戸田氏、宮田氏、斉藤氏に対する賛成割合は過半数を超え、独立社外取締役候補の戸田氏、宮田氏、斉藤氏の賛成割合はいずれも9割を超えていた。

「親子上場の場合の親会社の行為について新たなルールを定める必要が出てくるだろう」。牛島弁護士はこう指摘する。

欧米で親子上場は極めてまれだ。アスクルとヤフーの対立は親子上場のコーポレート・ガバナンスの問題点を浮き彫りにした。今後、コーポレート・ガバナンスの論議も高まっていきそうだ。

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