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シンガポールからケイマン諸島まで 資産フライトはここまで進化した

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日本では年収が4500万円を超えると、所得税・地方税を合わせて55%がかかる。これは世界の中でも極めて高い。そこで富裕層は日本を脱出、タックスヘイブンで暮らし始めた。資産フライトの現状はどうなっているのか。(『経済界』2019年10月号より転載) 

資産フライトの主要目的は税金対策

「資産フライト」という言葉が流行ったのは、今から8年前のことだ。山田順氏の書いた『資産フライト』(文春新書)が話題になり、富裕層の間で一種のブームとなった。

資産フライトの「本場」と言えば中国だ。中国人富裕層のほとんどすべてが、海外に資産を持ち出しており、中国共産党幹部でも例外ではない。

これは中国人が国家を信用していない証とも言われるが、大中華帝国から一転、欧米の草刈り場となったその歴史から、どんなことがあろうと自分たちの資産を残そうという、中国人なりの知恵といったほうがいいだろう。

その点、日本の場合は、政治的に安定しており、国家体制が転覆する事態は考えにくい。かつては「有事のドル買い」と言われたが、最近では国際経済に不安が起きると、真っ先に買われるのは円であるほど、通貨への信任も厚い。それでも富裕層が資産を海外に移すのは、1にも2にも税金対策だ。

日本は海外に比べ所得税が高い――というのは必ずしも正確ではない。OECD加盟国の実効税率(控除などを勘案した所得に対する実際の税率)の比較では、年収1千万円の世帯なら、実効税率は10%。イギリスは25%、ドイツ20%と、日本をはるかに上回る。

しかし年収5千万円となると、日・英・独は約40%で横並びになるが、アメリカの約30%と比べると大きな差がついている。つまり富裕層であるほど税率が上がる。その結果、日本で年収1千万円を超える人は全人口の4%にすぎないが、その4%が全所得税収の49%を支払っている。つまり富裕層にとっては日本は重税国家なのだ。

富裕層にとって魅力的なシンガポール

そこで、海外に資金を移し、できるだけ税金を安くすまそうというわけだ。年間50億円の報酬を得ていた日産のゴーン前会長は、海外のペーパーカンパニーを駆使し、日産自動車の資金を個人的に使用したとして指弾されている。

またケイマン諸島などタックスヘイブンに会社を設置し、そこで運用することで節税を図っている富裕層も多い。

ただし、国際的にも「税金逃れ」に対する監視は厳しくなるばかり。特に2016年にパナマ文書の存在が明らかになり、世界の富裕層が租税回避を行っていることが明るみになると、各国の税務当局はタッグを組んで監視を強めた。

現在ではOECDが策定したCRS(共通報告基準)が導入され、非居住者が保有する預金や証券、投資ファンドなどの金融口座情報を自動的に交換できるようになった。そのため、こっそりと海外に資産を移し、租税回避するという手法は事実上できなくなった。

しかしこれは、日本居住のまま、資産だけを海外に移した場合だ。居住国そのものを海外に移せば、国籍は日本のままでも、その国の税法が適用される。その制度を利用して、所得税や相続税を回避しようとする人が、一時、激増した。

その中でも人気となっているのがシンガポールだ。シンガポールの所得税は最高税率でも20%、また相続税は一切かからないのだから、富裕層にとっては魅力的だ。

シンガポール

シンガポールは税制面で富裕層の人気が高い

租税回避の海外移住が増加

資産が1千億円に迫る、あるパチンコホール経営者は、5年前、家族で拠点をシンガポールに移した。

シンガポールでは、1年間に183日間暮らせば、居住者として認定される。そこで日本に滞在するのは月に2週間程度にとどめている。「今ではインターネットを利用してテレビ会議システムも簡単に構築できます。経営データも手元で見ることができる。シンガポールにいる不便さはそれほど感じません」と言う。

外務省の調査によると、在シンガポール日本大使館に在留届を出した日本人は10年の2万4500人から17年の3万6400人と大きく増えている。そのすべてが節税目的ではないにしても、数字の押し上げ要因となっているのは間違いない。

教育産業会社のオーナーは、10年前からオーストラリアで暮らしているが、これも税金対策だ。オーストラリアもシンガポール同様、相続税がないため、租税回避のために移住する人は多い。

租税回避で隠れた人気のアメリカ

こうした移住による租税回避が注目されるきっかけになったのが、武富士創業者の子どもに対する相続税課税だった。

武富士創業者は00年に、オランダに設立した武富士株を所有する会社の株を長男に贈与した。この時、長男は1年のうちの3分の2を香港で暮らしていた。

そこで納税の必要はないと申告もしなかったが、国税局は税金逃れと判断し、1330億円の追徴課税を行った。長男はこれを不服として裁判に訴えたところ、最高裁で追徴課税を取り消すことが確定した。しかも1330億円に対する利子400億円を国は長男に支払っている。

これにより海外移住による課税回避の正当性が認められたため、多くの富裕層がこの手法をまねている。

ただし、以前は5年にわたり年に半分以上海外に住めば、海外居留者として認められたが、最近では10年以上と条件が厳しくなっている。

先ほど、シンガポールに暮らす日本人が増えていると書いたが、実は16年から17年にかけてはマイナスに転じた。これは海外居留期間が伸びたことが影響しているという指摘もある。

そして富裕層にとって、隠れた人気となっているのがアメリカだ。トランプ大統領の施策を見ても分かるが、アメリカは金持ちに優しい国だ。相続税の最高税率は40%と日本の55%よりはるかに低いだけでなく、基礎控除が約6億円ある。

また、公益事業に一定期間寄付することで税率が低くなるなどの特典もあり、実際に相続税を支払う人は全相続者の0.2%しかいないという。また前述したCRSにアメリカは加盟していないため、資産が補足されにくいという特徴がある。

さらに100万ドル以上をアメリカで投資すれば永住権を取得できるし、地域を選べば治安も良好だ。そのため超富裕層の間ではシンガポール以上にアメリカへの移住熱が高い。

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