経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

伊藤秀二・カルビー社長に聞く「ネクスト・カルビーと食品産業の使命」

伊藤秀二・カルビー社長

「ポテトチップス」、「フルグラ」、「かっぱえびせん」など、数々のヒット商品を世に送り出してきたカルビー。10年前の2009年、カルビー創業60周年を迎えた年に社長に就任した伊藤秀二氏は、その後、11年に東証一部に上場すると、6期連続で増収増益を達成するなど成長を続けてきた。今回伊藤社長に、社長として歩んだ10年間と、カルビーのこれからについて話を聞いた。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(『経済界』2019年12月号より転載

伊藤秀二・カルビー社長プロフィール

伊藤秀二カルビー社長

いとう・しゅうじ 1957年福島県生まれ。法政大学経営学部卒業後、79年にカルビー入社。営業、生産、マーケティング、経営企画などさまざまな部署を経験し、2009年社長就任。創業70年の今年、カルビーグループの持続的成長の実現に向けて長期ビジョン「Next Calbee 掘りだそう、自然の力。食の未来をつくりだす。」を策定。日本スナック・シリアルフーズ協会会長も兼任。

社長就任から10年間の振り返りと課題

10年間で成長を継続できた秘訣

―― 社長就任から10年が経過しました。2009年のグループ連結売上高は1373億円、19年3月期は2486億円です。ここまでの成長を実現した大きな要因は何だったのでしょうか。

伊藤 それぞれの部門や、事業の役割を明確にすることを心掛け、組織を複雑にしなかったことだと思います。10年前、新しい体制でこれからどうやっていこうかと経営陣で打ち合わせをしたとき、本来はシンプルなはずの会社の事業が複雑になっているというのが共通認識でした。

そこで、会社をもっと簡素化しよう、透明化しよう、分権化しよう、そういう改革の方向性を打ち出しました。中でも特に注力したのが簡素化です。選択と集中と言い換えてもいいかもしれません。それまで既存でやってきたことを、改めてやることとやらないことに仕分けていきました。

例えば、販売部門でしたら売り上げをつくり、利益をあげること一本に集中させました。営業の役割は何だろうかとシンプルに考えれば、重視する軸がはっきりとします。ですから、逆にそこに結び付かないことは省いていきました。

今では出荷の段階で一括して行っている商品の鮮度管理も、以前は売場で営業マンが調査をしていて、そのプロセスにも多くの手間がありました。われわれにとって常に新鮮な商品をお客さまに届けるということは非常に大事なことですが、現在は包装技術も進化し陳列方法も工夫されるようになって鮮度は格段に保てるようになりました。

ですから、売り上げを作って利益を上げることに集中させるならば、営業マンが鮮度の管理に費やす時間を新商品の提案などもっとほかの活動に充てなければなりませんでした。

しかし、商品の鮮度こそがカルビーのコアな強さだからと、営業マンに鮮度管理をさせることにやや固執し過ぎていた部分がありました。

確かにカルビーが支持された要因に商品の新鮮さという要素があったことも事実ですが、改めて限られた資源の中で、どれをやめて、どれを伸ばすのか、そこを整理していったことは業績の伸びと大きく関係すると思います。

新たな成長の芽を探す

―― 11年の上場以来、6期連続で増収増益と順調な成長を実現してきた一方で、18年3月期の決算は初めての減収減益でした。この状況をどうとらえていますか。

伊藤 09年の社長就任から取り組んできた一連の改革が、一定の到達点を迎えたのだと考えています。当然、集中した部分が伸びきってしまえば徐々に成長はなだらかになっていきます。選択と集中を突き詰めた10年間でしたから、事業や組織の整理はできましたが、その分、新しい成長の芽を育てるという部分がやや足りていなかったということはあるかもしれません。

ベースの事業はシェアが高く強いですから、どうしてもそこばかり掘ろうとしてしまいます。しかし深めるだけでは市場でも何でも限界があります。掘り尽くしたところはいくら掘っても新しい収益は生まれません。10年、20年と絶えず成長していくためには、深化に加えて新たな分野の探索が必要でした。5年くらいならば深化のみでも成長はできるのかもしれませんが、その先は世の中の変化に対応する探索が欠かせないのだと思います。

これから新たな成長の芽を探していくためには、従業員に新しい技能や知識を身につけてもらうことも必要です。これまでも働き方改革は進めてきましたが、人材に対する投資や教育の充実という面では、どこまで十分にできたのか検証する必要があります。

伊藤秀二カルビー社長

「2009年から取り組んできた改革が一定の到達点を迎えた」と語る伊藤社長

というのも、例えば評価制度の面で完全な結果主義にすると、成果が出にくそうな領域や失敗するリスクが高い領域には、誰もチャレンジしなくなります。このように、制度の設計によって社員の冒険や挑戦を後押ししきれなかった可能性もあるわけです。結果にこだわる部分とプロセスを評価する部分、両にらみの制度を考える必要があるかもしれません。全員が活躍する組織を作り、そこからネクスト・カルビーをつくっていきます。

カルビーの長期成長戦略と食品産業の使命

社員の成長を後押しネクスト・カルビーへ

―― 今年発表した長期ビジョン(2030ビジョン)はどんな役割を果たしますか。

伊藤 事業を取り巻く環境は複雑に変化しています。そうした中で、グループを持続的に成長させていくため、30年に目指す姿として策定したのが2030ビジョン「Next Calbee掘りだそう、自然の力。食の未来をつくりだす。」です。

もともと経営陣で長期的に考えていた、カルビーの戦略案の集大成がベースになっています。これまで社内にもこういったことは公開していませんでしたので、改めてカルビーはこれからどういう方向に行くのかを示すためのものです。これを指針とし、細かいところは社員全員が各自で考えてくれるというのが理想的な在り方です。計画を出したからといって、これだけに沿って動くような組織では本末転倒ですから、全員が自律的に判断する組織を目指していきます。

―― 具体的にはどんな戦略を描いていますか。

伊藤 新しい柱をどうつくるかということでいえば、例えばわれわれはスナックを中心に展開していますが、馬鈴薯をコアにしていろいろな食品を作っていく可能性はあります。これは馬鈴薯だけに限らず、農産物を活用してヒット商品を作っていくというのはカルビーのコアバリューだと思っていますので、今後も挑戦を続けたいと思います。

他には、農業の現場と生産者の方々を支援し、市場に対する供給手段を安定させ、生産から流通までトータルでマネジメントしていくこと自体も事業として考えられるかもしれません。

IT業界など強烈な技術的競争を強いられる業界に比べて、食品産業は商品のライフサイクルは長い傾向があります。もちろん飽きられないように日々改良は加えますが、一度受け入れられた商品ならば、あっという間に売れなってしまったり、価格が半値以下になってしまうようなことは起こりにくいのです。

一方で食に関わるビジネスというのは、人々の健康や生活に密接している責任の大きな仕事です。例えばわれわれも、単純に馬鈴薯をスライスし、お菓子を作って売っているだけではありません。もちろんそれも事業の大事な一面ですが、それ以上に、第一次産業でつくられた農産物・海産物を調達し、商品開発などによって新たな価値を付加して毎日の生活者に届ける。こうした食品産業のつなぎ役という意味付けも大きいと日々感じています。

カルビー契約農家

カルビーのじゃがいもは全国で約1900人の契約生産者がいる

いつの時代も変わらない価値

―― 昨今、フードテックなど食をめぐる環境の変化が注目されます。

伊藤 食というのは、人間の基礎本能でもあるので無くなることはありませんが、ただ単純に生きていくためだけにあるわけでもないと考えています。

例えば、食材を食べやすく加工したり、おいしく調理するという作業工程も人間らしい行動です。もちろんすべての食事がそうだということではありません。ただ、おいしく食べること、変わった味を楽しむこと、これらはいつの時代になっても食文化として消えることはないと思っています。

すごく合理的に考えれば、毎日違ったものを食べないで、これだけ食べれば事足りるというような「ヒューマンフード」を作ってしまえばいいのかもしれません。

しかし、食の体験をどこまで便利にするのか、食品メーカーだからこそよく考えなくちゃいけないなと日々感じています。

一方で、体質や加齢、持病などにより、食事にさまざまな制約がかかる人たちがいることも事実です。高齢化が進み、便利さの追求が求められるシーンも増えていくと思っていますから、そういった需要にも応えていきます。

―― 食品産業の社会的な使命ということでしょうか。

伊藤 そうだと思います。食品産業が地球規模で果たすべき役割はまだまだ多いはずです。きちんと社会に貢献することを考えなくてはなりません。

例えばフードロスの問題など、世界の食事情をめぐって格差が生じています。これは無くすべきことです。当社も商品の賞味期限を長くしたり、年月表記に切り替えたりといった取り組み、供給側も賞味期限の変更などの提案をしますので、お客さまの方でも地球全体の食事情を頭の片隅に置いた選択をしていただきたいなと思います。

しかしだからといってつまらない思いをして食事をしましょうということではありません。楽しい生活、おいしい生活、健康な生活、それでいて無駄なく、地球全体で貧困や飢餓がなくなっていくように、われわれもできる限りのことを取り組んでいきます。

昨今、ESG投資やSDGsなど、企業が地球の持続可能性に取り組む動きが活発ですが、一過性のブームになってはいけません。

―― 環境への配慮はコストになりませんか。

伊藤 例えばSDGsの17項目は決してコストではありません。ビジネスの基本的な発想では、社会の役に立つということで収益が生まれます。

企業体というのは、社会や誰かの役に立つことで成り立っていますので、企業がどのように利益を上げるか考えていくと、究極的には社会の役に立つということに帰着するはずです。つまりSDGsの項目というのは、ビジネスの論理と対立しないはずです。寄付とか慈善めいたとらえ方ではなく、ビジネスとして取り組めば収益が出ると考えています。

ですから、環境に配慮するというのは、ただわれわれの事業においてじゃがいもの生産が滞ったら困るという理由だけではないのです。企業体として社会から何を要求されているのか、地球にとって何が正しいのか、そういうことを考えていかなくてはならないのです。

これは個人にも言えることで、自分は何のために仕事をしているのか、社会の役に立っているのかを考えることは大切です。

グループビジョンの中にも、「顧客・取引先から、次に従業員とその家族から、そしてコミュニティから、最後に株主から尊敬され、賞賛され、そして愛される会社になる」とありますけど、こうしたステークホルダーに対してわれわれはどんな役に立っているのか、ふとした時に立ち止まって考えるということが重要です。これからも社会に調和した仕事をするということを忘れずにやっていきたいと思います。

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