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友近が語る「最強のセルフブランディング術『憑依芸』の秘密」

セルフブランディングおいて「ストーリー性」は非常に重要な要素だが、1人で何人分ものストーリーを創り出しているのがお笑い芸人の友近さんだ。ベテラン演歌歌手、中高年プロアルバイターなど、架空のキャラクターになりきる「憑依芸」を武器に、さまざまなファン層を開拓。各キャラクターが、それぞれ独自のブランディングを展開するという手法を生み出した。デビュー20周年を迎え、女性芸人としては初めて吉本興業と専属エージェントに契約を締結した友近さんに、独自の芸風と今後の活動について聞いた。(聞き手=吉田浩、写真=幸田森)【『経済界』2020年6月号より加筆の上転載】

友近プロフィール

友近プロフィール

(ともちか)1973年生まれ。愛媛県出身。幼いころからお笑いが好きで、姉とアドリブ芝居や物真似を楽しんでいたのが芸人としての原点。地元テレビ局の番組レポーターとして有名になった後、2000年大阪の吉本総合芸能学院(NSC)に入学。バッファロー吾郎など先輩芸人から注目され、舞台やテレビ番組の露出が増える。02年「R-1ぐらんぷり」でファイナル進出、03年「第33回上方漫才コンテスト」で優秀賞、「NHK新人演芸大賞」で大賞を受賞する。物真似をはじめ緻密な人物描写を元に架空のキャラクターを作り出す「憑依芸」を得意とし、劇場、テレビ以外にもインターネット動画など活動の場を広げている。

芸人「友近」の原点とは

被害妄想が芸人「友近」を生んだ 

―― 友近さんは、もともと愛媛のローカルTV番組の有名人から芸人になったわけですが、どんな経緯だったのでしょうか。

友近 幼いころは自分を表現するのが下手な、不器用な子やったと思うんです。姉と2人のときは自分が面白いと思うことができるけど、みんなの前ではできなくて、おとなしい子と思われていました。

 小学校の同級生は演芸番組をあまり見ていなかったんですが、私はツービートさんやサブロー・シローさんの漫才をずっと見ていて、芸人さんたちの芸に共感したり、「自分も本当は面白いことができる」という思いがあったんですね。そんなふうに冷静に自己分析をしていて、ちょっと冷めたようなところもありました。

 「お笑いのセンスを認めてもらいたい」とまではいかなかったんですが、人前で何かをすることの快感を経験したいと思っていたので、地元のカラオケ大会や歌のオーディションに参加するようになりました。カラオケ大会に飛び入り出演したら、普段はおとなしい私が賞をもらって、人前で芸をする快感に目覚めました。それが小学校4年生ぐらいの時です。

 その後もカラオケ大会や歌の祭典などに出ては「上手いね」と褒められるんですが、100%喜べない自分がいて、やはり周りから「面白い」と思われたかったんです。姉とは家でミニコントみたいなのをずっとやっていたので、自分の中のお笑い好きは姉が分かってくれているからいいかなとも思ったんですが、やはりそれでは納得いきませんでした。

 そして、中学生の時に初めて全国ネットの歌の番組に素人として出たときに、歌ではなくて歌の前のインタビューで何か笑いを取りたいなと思ったんですよね(笑)。司会をされていたサブロー・シローさんの前で物真似をやったら笑ってくれて、それまで味わったことのない快感だったんです。それで「ああ、私はやっぱりお笑いがしたいんだ」って思いました。

―― その時は何の物真似をしたんですか?

友近 板東英二さんとか幸田シャーミンさんとか、小中学生がやるような物真似ではなかったですね。それをプロの芸人さんが笑ってくれたのが快感でした。高校生になってからもネタを披露する機会が増えて、大学生の時に松山の女の子を紹介する番組があったので、そこで十朱幸代さんの物まねとかをやって。あとは鶏だとか浜木綿子さんだとか。

―― 渋いチョイスですね(笑)。

友近 そしたら、ディレクターさんがすごく気に入ってくれて、ローカル番組で5分間ぐらいの番組に出てレポーターをするようになったんです。アルバイト感覚だったんですが、だんだん忙しくなって、タレントとして活動するようになりました。

 テレビに出るようになって、たくさんの人に自分が面白いと思うことを表現できる場が与えられたと思ったんですが、実際出ている番組はお笑い番組ではないので、情報を伝えることが優先されます。それでも私はオモロイことを言いたいし、「ボケたい!」みたいな気持ちをずっと持っていました。(笑)

 番組ではひょうきんに振舞うけど、面白いことを言えているわけでもなく、これは見ている人に「テレビ出てるのにオモんない奴」「こいつネタとかできひんのやろな」と思われてるんだろうなと。それで25歳の時にレポーターを辞めて、とにかく自分が試される舞台でネタを作って勝負しようと思って、吉本総合芸能学院(NSC)に入校したんです。「みんなを見返したらなアカン」って。見返すも何も、勝手な被害妄想なんですけどね。

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「みんなを見返したい」という強い思いが芸人になることを決意させた

「大人にウケたい」という強い思い

―― NSCでは全国からお笑いの猛者たちが集まる中で、突出するためにどんなことを意識したんでしょうか。

友近 自分の性格や芸風については愛媛を出ていく前から分析できていました。テレビを見ていて、この人と芸風が似ているから出会ってもしオモロイと思われたら運命が変わるかもしれないとか。その分析が生きて、舞台に立つのは本当に早かったんですよ。

 人間観察ばかりしていて、よく会う近所の人とか、スナックのママさんとか、極道映画の言い回しとか、そんなネタをやっていました。同期の芸人は学生にウケるネタを作ったりしていましたが、「私は大人にうけたい!」と思っていて。

 そういう笑いを好んで見てくれる人もいましたが、女子高生が審査員をするようなオーディションでは一切ウケないんですよね。ただ、舞台袖で見ていただいている関係者や芸人の先輩たちがすごく笑ってくれて、そういう人たちに笑ってもらえたのが嬉しかったんです。これまで分析してきたかいがありました。

 私がテレビで見ていた中川家さんとかバッファロー吾郎さんたちに笑ってもらえたことで、自信につながりました。お客さんを笑かすことは大事やけれど、本当に面白いことをやっている目の肥えた人たちにウケることが何よりも嬉しく、私にとっては大事だなと!思って、ネタを変えずにずっと貫いていったんです。

 それからバッファロー吾郎さんプロデュースのライブに出させてもらって、オーディションでウケなかったネタが、そっちではめちゃめちゃウケたんです。いずれは自分もこういうお客さんを持ちたいなと思って貫いてきたら、20年経ったという感じです。

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学生よりも大人にウケたいと考えていた

友近の憑依芸はどう作られるのか

着眼するのは他人へのちょっとした違和感

―― 客層までシミュレーションしていたわけですね。人間観察するとき、人のどんな部分に着眼するんですか?

友近 自分ならこれを言ったら恥ずかしい、ということを平気で言ってる人とか見ると、「人種が違う」と思ってすごく観察したくなります。10年ぐらい前に、普通の女の子の会話が面白くなさ過ぎて面白いということがあって、「こういう女の子いるでしょ」って感じでネタを作ったんです。

 それを女子高生の前でやると、まさにネタにされている人たちだから面白さが分からなくてウケないんですが、芸人の前でやると「お前イジワルやなー、でもオモロイわー」って言ってくれる。意地悪な目線のネタを毒舌でやると嫌悪感を持たれますが、「こういう人いるでしょ?」ってやると笑いやすくなるんです。

―― 他人のちょっとしたズレを見つけるのは、自分が高いレベルで常識を備えていないと難しいですよね。

友近 私もだいぶ偏ってはいますが、確かにそういう部分はないと見えないかもしれないですね。

―― 他人に違和感みたいなものを覚えても、言語化したり表現したりできない人にとっては、上手く表現してくれたスッキリ感があるんでしょうね。

友近 みんなが思っているけど表現できないことを表現するのは勇気も必要で難しいことなのかもしれませんが、私はたまたまそれが好きだった、という感じです。

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みんなが思っていても表現できないことを表現する

観客を巻き込むエンターテインメント を展開

―― 演歌歌手の水谷千重子(※注1)やプロアルバイターの西尾一男(※注2)のように、人物を丸ごと作りこむ際は、どの程度まで細かくプロフィールを設定するんですか?

友近 水谷千重子の場合、デビュー40周年の演歌歌手という設定はしていましたが、最初はプロフィールまで深く考えていませんでした。でも、初めてやった時のお客さんが、その世界観を分かってくれる方ばかりで、「40年間私たちは応援してきましたよ」みたいな顔で楽しんでくれたんです。そこで、お客さんも一緒にコントをして楽しみたいんだというのが見えて、巻き込む面白さを突き詰めていけば凄いエンタメになりそうだと感じたんですね。

 そのライブが終わった後に「水谷千重子というキャラを独り立ちさせて、渋谷公会堂でコンサートがしたいです」と宣言して、協力してくれるスタッフさんを集めてやることになりました。それで、作家さんとかと40周年の歴史を考えることになって、デビュー曲が「万博ササニシキ」だとか、年齢は言わないとか、「バカ言ってる」が口癖だとかある程度決めて。でも、渋谷公会堂のコンサートで水谷千重子になりきると、勝手に言葉が出てきて何が飛び出すか自分でも分からなかったです。

―― ほとんどアドリブでやってるんですか?

友近 決めてることも多かったですが、アドリブも多かったです。それに藤あや子さんや伍代夏子さんといった本物の大御所が「千重子先輩」とか乗っかってくれて、だんだん説得力が増していきましたね。

―― それまでも客いじりみたいなやり方はあったと思うんですが、お客さんもその世界のプレーヤーの1人として巻き込むというのはあまりなかったですよね。

友近 なかったと思うんですよね。番組発のキャラでもなく、本当に叩き上げみたいな自分で作ったキャラが、明治座で座長公演するまでになったというのは感動です。本当に協力してくださった演歌の大御所やお客さんのお陰やなと感じますね。

 水谷千重子って色物として見ている人がまだ多いので、毎年行っている「キーポンシャイニング歌謡祭」ではいろんなゲストを呼んで、本気でエンターテインメントとしてやっています。あと、水谷千重子一人で行っている「ありがとうコンサート」は、地域活性化の一環として主要都市ではない場所で開催するんですが、70代、80代のおばあちゃんたちが来てくれます。その人たちは水谷千重子の複雑な仕組みは分かっていないんですが、「楽しかったわ~、嬉しいわ~」と言ってくれてるのが本当に嬉しいです。

――本物の叩き上げ演歌歌手として見ているわけですね。

友近 そういう人たちに本気で元気をあげたいなと思うようになって、私の中で水谷千重子が本物になってきているんですね。

―― 友近で発掘しきれなかった高齢者マーケットを、水谷千重子で発掘しているということですか。

友近 70代の娘さんが90代のお母さんを連れてくるとかありますし、それを見ると「水谷千重子いいことしてるわ~」って思うんですよね。だから水谷に関しては、単にふざけてやっているとは思われたくないですね。

―― 新しいプロモーションの仕方を生み出していますよね。セルフブランディングをテーマに取材をすると「ストーリー性」というキーワードが必ず出てくるんですが、1人で何人ものストーリーを演じられると人生何倍も楽しいんじゃないかなと。

友近 そういうふうに人に言われるので、得しているのかな。これが私にできることだから、どんどんキャラを増やしていこうと思います。

水谷千重子

水谷千重子は独立したキャラクターとして人気を博している

(※注1)水谷千重子(みずたに・ちえこ)芸歴50周年を迎えたベテラン演歌歌手の設定。毎年豪華ゲストを呼んで開催される「キーポンシャイニング歌謡祭」や単独ライブの「ありがとうコンサート」などで人気を博し、独立したキャラクターとして認知を広げている。

(※注2)西尾一男(にしお・かずお)中高年プロアルバイターとして、電話番号案内サービスや都内の「ピザキャップ」などに勤務する設定。口癖は「段取りします」。

ふざけたことを大真面目にできる貴重な芸人仲間とは

――ロバートの秋山竜次さんと作った「国産洋画劇場」(※注3)も拝見しましたが、最初から最後まで大真面目にやっているがゆえに、見る側の感性で勝手に笑ってしまうポイントができるズルさみたいなものを感じました。

友近 秋山さんとのお付き合いは10年以上になります。話していると、幼いころ見てきたものが一緒だったり、本当にくだらないことに注目していたりすることが分かって、それに共感してくれるスタッフさんたちを集めて映画を撮りたいなと。でも普通の映画じゃなくて、みんなが知っている洋画を国産風に仕上げようか、という話になりました。

 ふざけたことを大真面目にできる人って実は少なくて、秋山さんやバッファロー吾郎Aさんみたいな人たちとはずっと一緒にやり続けたいなと思っています。

――たとえば漫才や落語でも、演者が笑っていたらこっちは笑えないことが多いんですが、そういう部分でも大真面目にやってるのは良いですよね。

友近 そうなんです。でもそういう「誘い笑い」で笑うお客さんのほうが実際は多かったりするんですよね。しかも、それがたまに演技だったりもして。それも芸の1つなんですが、私は冷めてしまうというか。。

――西尾一男はどうやって生まれたんですか?

友近 愛媛のおっちゃんとかいろんな面白い人を見てきた中でできたんですけど、西尾一男は一番好きなキャラクターで、それこそ普段言わない言葉がどんどん出てくるんですよ。「西尾一男チャンネル」というユーチューブ番組をつくってるんですけど、その場でどんどんストーリーが出てくるから、いい作品ができたなと思いますね。ちなみに、今着ているのは西尾一男が勤めているピザ屋のシャツです(笑)。

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感性が近い芸人仲間とのコラボレーションを積極的に行っている

(※注3)国産洋画劇場(こくさん・ようがげきじょう)吉本興業とNTTぷららが共同で行う動画配信サービス「大阪チャンネル」で2018年8月にスタートしたコント番組。ロバートの秋山竜次と共演で、さまざまな洋画のヒット作をパロディにしている。

芸人・友近の今後の活動と展望とは

SNSで若者にもアプローチ

―― 友近さんの芸は40代以上ぐらいの、ある程度人生経験を積んだ層に一番刺さると思うんですが、若者向けのマーケティングはあえてしないんでしょうか。

友近 若い人たちが喜びそうなことも本気で考えたらできるんじゃないかとは思ったりもするんですけど、自分が本気で面白がってないとできない気がするんですよね。ただ、私が小学生の時にサブロー・シローさんに共感したのと同じで、年齢性別関係なく私のお笑いが好きという人に見てもらいたいので、あまり意識しないようにしています。実際にライブに来た20歳の子に「周りの子たちは友近の面白さが分からないと言っていますが、私は面白いと思います」と言われたこともありますし。

――喜んでいいのか、微妙ですね(笑)。

友近 ただ、今はSNSで水谷千重子アカウントでインスタグラムをやっているんですが、データを見ると結構20代や30代の人にもフォローしていただいているみたいです。芸風を変えずにやっていれば、付いてきてくれる人はいるんだなと確認できました。

吉本興業と専属エージェント契約を結んだ理由

―― 吉本興業と専属エージェント契約を結んだことで、これまでより自由にやりたいことができるようになるんでしょうか。

友近 まだ分からない部分はありますが、舞台に関して言えば吉本以外の劇場で自主プロデュースライブで活動している芸人はあまりいないんです。私は年間50~100本のライブをしているんですが、吉本の社員もマネージャーも、ノウハウを持っていなくて追いつけない部分が出てきます。それでこちらがイライラしたり、マネージャーがミスをするという、お互いにとって良くない状態が続いていました。

 それで、6~7年くらい前から、自分でいろんなところからスタッフさんを集めてライブをする形が増えてきました。そんな時に、吉本に専属エージェント契約制度ができたので、絶対そっちでやったほうがいいなと思い、私から会社に希望を出し会社も理解してくださり、エージェントにすることになりました。

 これからやりたいことがたくさんできるというよりは、仕事以外のストレスが溜まらない環境が作れたということですね。もちろん、対外的にコミュニケーションがとりやすくなったことで、仕事の幅が広がるかなとは思います。

―― その一方で、1人で何でもやる大変さはないですか。

友近 それが全くなくて、自分でやることには慣れているので楽しいです。ただ、会社の社長さんみたいにお金周りのことをするのは苦手です。人を巻き込んで楽しいことをするとか、アイデアを出すのは向いていると思うんですけどね。

―― 企業スポンサーなどがついて、資金に糸目をつけずに友近さんの好きなものを創れたら楽しいでしょうね。

友近 そうなんですよ。エージェント契約になったのを機に、人脈づくりをしたいと考えているんですよね。企業の方などで私の活動に興味を持っていただいている方もいらっしゃるので、この1年はそちらにも力を入れていきたいなと思っています。