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経営者が知っておくべき「思いが伝わるプレゼン資料作り」―前田鎌利(固代表取締役)

前田鎌利

プレゼンテーションで自らの良さを最大限に伝えるためには、資料作りをはじめとする事前準備が重要だ。孫正義氏のプレゼンテーション資料作成を長年担当し、現在は一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事も務める前田鎌利氏に、「伝わる」プレゼン資料の作り方について聞いた。(文=吉田浩、写真=山内信也)【『経済界』2020年6月号より加筆の上転載】

前田鎌利・固代表取締役プロフィール

前田鎌利

(まえだ・かまり)1973年生まれ。福井県出身。東京学芸大学卒業後、光通信、ボーダフォン、ソフトバンクに勤務。2010年孫正義氏の後継者育成機関のソフトバンクアカデミア第1期生に選考。孫氏に直接プレゼンを行い数多くの事業提案を承認される傍ら、同氏のプレゼン資料作成にも携わる。13年退社し独立。16年株式会社固を設立し、年間200社以上の企業で講演や研修を手掛ける。書家としても活躍し、書道教室で全国に700人以上の生徒を抱える。

見せ方を変えればプレゼンの伝わり方も変わる

「書とプレゼンは、一見デジタルとアナログで違いますが、伝えるためのツールという意味では同じです」

書家として活躍する一方、数多くの経営者にプレゼンテーション指南をしてきた前田鎌利氏はこう語る。経営者のプレゼンを見て、「もう少し見せ方を変えるだけで伝わり方が変わるのに」と残念に思うことも度々あるそうだ。

前田氏が提唱するプレゼン資料の作り方や伝え方のテクニックを限られた誌面で全て紹介することはできないため、今回はその中でも特にポイントとなる部分を紹介する。

「伝わる」プレゼン資料はどこが違うのか

全体の流れをイメージして「余白」を上手く使う

まずは、自分が伝えたいことをきちんと絞ることだ。特に創業経営者の場合、事業や企業哲学について誰より思い入れがあるはずなので、それをしっかり届けられるように盛り込むことが求められる。

ただ、思い入れが強すぎると、一枚のスライドに情報を詰め込みすぎてしまいがちだ。ここで気を付けたいことの1つが余白の使い方だと前田氏は指摘する。たとえば書道の場合、作品を飾る場所や見え方も計算して仕上げる。見る人の頭より上部に飾られる場合は、圧迫感が出るのを避けるため紙の下部にはあえて文字を書かないのが作法だという。

プレゼン資料も同じく、大勢の聴衆がいる場合は後列からでも見やすくするため、スライドの中心線から上に重要なメッセージを配置する。サイドの余白や文字の大きさについても、見る側が心地よく感じる配置を意識することだ。

「小学校で習字を習う時はマス目いっぱいに書けと教わりますが、あのイメージで書いてしまうと見づらくなります。引き算して余計なものをそぎ落とすことが大事です」

余白を使う効果は、聞き手に考える余裕を与えることにもつながる。

「資料だけ読んでいても聞き手が腹落ちすることはあまりなく、終了後の質疑応答によって納得感が出てくるもの。資料にあまりに細いことを詰めこんでしまうと、質問も重箱の隅をつつくようなものになってしまいます」

聞き手の感覚だけでなく、会の流れ全体まで意識して資料をデザインすることが必要なのだ。

相手に伝わりやすいカラーの使い方

自分が伝えたいことと共に、相手が求めていることを話すのがプレゼンの基本だが、それは色使いの工夫によっても改善できる。

「信号と同じで、基本的にポジティブな内容は青、ネガティブな内容は赤で表現します。そうするだけで、社内決済のスピードが1.5倍から2倍速くなるというデータもあります。たとえば経営会議の場などで、上手くいっていることについて経営者は大体スルーしますが、赤く塗ってあると注意を惹くことができます」

初心者は、ポジティブな内容であっても、目立たせたい箇所につい赤色を使いがちだが、やりすぎると聞き手の意識がそこでストップして時間ばかりかかってしまうので注意が必要だ。

これはプレゼンに限らず、進捗管理でも同様。青色は読まない。赤色は注意すべき事柄だが、既に手を打っているケースも多い。中途半端な黄色については、赤になるまで対応しないと遅いため、青の状態から黄色になりかけたときに手を打つことでスピード感を早めることができる。そうしたことが、一目見た瞬間に理解できるようにするのが肝要だ。

視座を上げて自走する意識

プレゼンテーションはただ伝えて終わりではない。これについて前田氏は「自走」という言葉で表現する。

「たとえば咳が出て病院に行くと、ゴホゴホなのかゼェゼェなのかお医者さんに説明して、症状を理解してもらって処方箋を書いてくれます。ここまでがプレゼンだとすると、そこから先は自分で薬を飲まなければいけません。ビジネスも同じで、自分がやりたい事業に関して金融機関から資金調達ができたとしても、実践して結果を出さないといけないわけです。自走するところまでイメージして、これは必ず出来ると思えるものでないと伝わりにくくなります」

経営者ではなく、サラリーマンの場合も広い視野で考えることが重要になる。前田氏の場合は、サラリーマン時代に2つ上の役職まで意識して視座を上げ、プレゼン資料を作ることを心がけたそうだ。

「僕の場合はソフトバンクアカデミアという孫さんの後継者を育成する機関にいたので、否が応でも孫さんならどう事業を回していくかと考えなければなりませんでした。意識するだけでは身につかないので、お勧めなのは会議の有効活用です。一番視座が上がるのが経営会議で、社長なら何と言うか、常務なら何と言うかという意識を持って、資料を作りました」

経営会議に出席させてもらうために、前田氏は会議の資料を自ら取りに行っていたという。それを参考に資料を作るとオブザーバーとして呼ばれたり、自分が話す機会を得られたりするようになった。

小手先のテクニック以上に、いかに事前準備が大切かということがこうしたエピソードから分かる。

前田鎌利氏

経営者でなくても「社長ならどう思うか」を意識してプレゼン資料を作ることが大切、と話す前田氏

プレゼンが伸びる経営者と伸びない経営者の違い

最期に、プレゼン技術が伸びる経営者と、伸びない経営者の違いについて聞いてみた。

「自分で手を動かして資料を作ってみる方は伸びますね。慣れたら部下に委ねても構いませんが、最初から他人に作らせる方は劇的には伸びません。自分が伝えることに対するこだわりが表れるからです。年齢が高く、パワーポイントを今さら覚えるのは難しいという方は、手書きで良いのでデザインして、部下に資料に落としこんでもらっても良いです。まずは自分でデザインすることが重要です」

前田氏いわく、会心の出来と思えるプレゼン資料はこれまで1つもないという。結局、プレゼンも書と同じで答えがあるものではないため、「これで満足」と思えるものはなかなか作れないとのことだ。

達人でも完璧と思えるものはつくれないという事実は、勇気を与えてくれる。企業トップの方々も、部下に丸投げではなくまずは自分の手を動かすことに挑戦してみてはいかがだろうか。