経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

在宅ワークの効率を上げる方法とストレスマネジメント

西剛志

意思決定、行動、やる気から、集団心理に至るまで、私たちのあらゆる活動に深く関わっている「脳」。本コラムでは、最新の脳科学の見地から経営やビジネスに役立つ情報をお届けします。(写真=森モーリー鷹博)

筆者プロフィール

西剛志氏

(にし・たけゆき)脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。1975年生まれ、宮崎県出身。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年博士号取得後、知的財産研究所に入所。03年特許庁入庁。大学院非常勤講師の傍ら、遺伝子や脳内物質に関する最先端の仕事を手掛ける。現在、脳科学の知見を活かし、個人や企業向けにノウハウを提供する業務に従事。著書に『脳科学的に正しい一流の子育てQ&A』(ダイヤモンド社)がある。

 

Q:在宅ワークをストレスなく効率的に行う方法はありませんか?

A: 部屋の模様替えや温度管理など環境を整えることが大切です。

はじめに

 新型コロナウイルスの感染が世界的に広がり、日本でもリモートワークを行う企業が増えてきました。しかし、現場の声を聞くと、慣れない環境で仕事の効率が上がらない、精神的な負荷を感じるなど、ストレスが溜まる人も多くなっているようです。そこで、今回は在宅ワークを行う社員やスタッフの参考になるように、自宅で簡単にできる効果的な方法をお伝えしたいと思います。

部屋の模様替えには予想以上の効果がある    

 『経済界 2020年7・8月合併号』の記事でも紹介しましたが、脳にはもともと空間を記憶する場所細胞が存在するため(*1)、自宅は「休む場所」という意識が残っています。そのため、自宅では仕事になかなか集中できないという人が数多くいます。

 脳が最もパフォーマンスを発揮するのは、「集中」と「リラックス」の2つの力が高まったときです。たとえばスポーツではその状態のことを「ゾーンに入る」と表現しますが、自宅においても、2つの状態が共存できる環境づくりが大切となってきます。

 そのために手軽にできる方法としてまずお勧めするのが「部屋の模様替え」です。大げさなものではなく、ソファーやベッドの位置を少し変えてみる程度で構いません。それぐらいのことでも、部屋に対する印象が変わって集中しやすくなるのです。

 脳は大体6回以上同じ刺激が入力されると慣れるということが分かっているので、個人差はあるものの、模様替えの頻度の目安は一週間に1回程度が良いかと思います。

 私自身の経験ですが、先日、子供が寝ている間に部屋の家具の配置を変えてみたところ、朝目覚めてからずっとその部屋で遊び続けていたということがありました。幼稚園や保育園が休園になり、小さなお子様が一緒にいる環境で仕事をしなくてはいけない家庭も多いことでしょう。自室の模様替えで集中力を高めると共に、仕事を中断されたくないときなどは、このように子供部屋を模様替えするのも1つの手かもしれません。

 また場所を変えると記憶力が50%高まるという報告があります(*2)。それと同じように部屋の模様替えをすることは、仕事上の学習効果までアップすることが期待できます。

座り続けるより立つ時間を増やす

 日本人は世界一の「座りすぎ大国」とも言われています(*3)。2011年に行われた世界20カ国の調査によると、日本人の1日の平均座位時間は420分(約7時間)と世界最長で、米国の240分(4時間)を大幅に上回っています(図)。

世界20か国平均の平日の1日の総座位時間

 在宅ワークになると座る時間がもっと長くなる可能性があります。しかし、世界的な研究からも作業効率を上げるためには、「座る時間」を短くすることが指摘されています。

 ハーバード大学などの研究では、姿勢を伸ばすと決断力や積極性を高める「テストステロン」が分泌されることが発表されています(*4)。例えば、前かがみで背を曲げた状態とピンと線を伸ばした状態を比べてみると、背を伸ばしたほうが気持ちがよいことに気づかれると思います。実はこのとき脳が活性化され、ゾーンの状態に入りやすくなることが分かっているのです。

 実際にテキサス大学では、ある企業のコールセンターの従業員167人を、立って仕事をするグループと座って仕事をするグループに分け、それぞれの生産性を6か月間にわたって調べるという実験を行いました(*5)。

 その結果、立ったグループのほうが、生産性が46%高まったということです。また、ワシントン大学の研究でも、立って仕事をしたほうが心拍数が上がったり、呼吸が早くなったりすることで脳が興奮状態になり、創造的なアイデアが出やすくなったことが報告されています。ミネソタ大学の研究では、デスクワークをしながら時速3キロ程度の速さでゆっくり歩くと、血流が改善されて作業効率が上がることも分かっています。

 そういった意味で作業の合間に運動をはさんだり、たまには立って仕事をするなど、脳の血流や酸素濃度を上げる工夫が仕事のパフォーマンスにも好影響を与えると言えます。

部屋の温度を整える   

 部屋の温度も脳の状態に影響し、作業効率を変えることが報告されています。フロリダの保険会社で行われた実験ですが、パソコンを使って働く女性を対象に室内の気温と作業効率の関係を、毎日15分ほど16日間連続で調査しました。 

 フロリダは一年を通して暖かく冷房がきいている状況が多いため、室温が20度という寒い環境よりも25度に上げたほうが、従業員のタイピングミスが44%減少し、タイプする文字量も150%増加することが分かりました(*6)。

 ただし、気温が高くなりすぎることも要注意です。気温が25度以上になると、気温が1度上がるごとに2%のパフォーマンス低下が見られるという報告もあります。ヘルシンキ工業大学の研究では、オフィスワークをする人々を対象にリサーチした結果、22度が最も作業効率が上がるそうです (*7)。

 湿度が35%以下になると乾燥でまばたきの回数が増えるため作業効率が下がったり、70%以上だと疲れを感じやすくなることも指摘されていますので、湿度の管理も大切になることが予想されます。

 私も外出自粛が始まった時期から湿度管理できる空気清浄機をリビングに置いているのですが、部屋が快適だと集中とリラックスの状態が生み出されやすくなり、仕事が更にはかどるようになりました。快適な環境づくりに投資することは、仕事に投資することと同じことと言えるかもしれません。

時間の使い方と目標設定で生産性を高める

 脳の集中力は長時間持続しないため、仕事の生産性を上げるには、1つ1つの作業時間を区切って行うほうがベターです。個人差はありますが、目安として1つの作業を40~60分行った後は、休憩を入れて別の作業に取り掛かるのが良いでしょう。私の場合、仕事に集中すると長時間没頭しがちになるので、スマートフォンのタイマーで強制的に区切りを入れるようにしています。

 また、脳を活性化させるには、目標設定も大事です。この場合、仕事を終わらせること自体を目標にするよりも、仕事が終わった後に何をするかを決めたほうがパフォーマンスが上がるということが分かっています。これは大きな目標でなくても、たとえば午前中の仕事を終えたら、コンビニにランチを買いに行くといったことでも構いません。

 また脳はストレスを嫌います。ストレスを感じると自然と緊張状態になってしまうため、自然とパフォーマンスが落ちてしまいます。ですから、脳をリラックスさせる時間の使い方も重要となります。

 脳をリラックスさせる1つの方法としては、休憩時に緑を見たりやコーヒーの香りを嗅ぐことも有効です。特にコーヒーの香りには「集中」と「リラックス」の状態を同時に生み出すことが分かっています。作業の合間に何も考えずに空を見上げたり、音楽を聴くこともお勧めです。このとき脳は「デフォルトモード・ネットワーク」と呼ばれる状態になり、それまで体験してきた情報を統合しようとする作業が行われています(*9)。

コーヒーによる集中とリラックス効果

コーヒーの香りには集中とリラックスの両方の効果がある。

 グーグルやアップル、マッキンゼーなどの世界有名企業のCEOや一流スポーツ選手などもマインドフルネスや暝想などのリラックスの習慣を取り入れていることは有名ですが、まさにオンとオフの切り替えを行うことで、ゾーンに入る習慣を身につけていると言えるかもしれません。

<参考文献>

(*1) O’Keefe, J., & Dostrovsky, J. ,”The hippocampus as a spatial map. Preliminary evidence from unit activity in the freely-moving rat”,  Brain research, Vol.34(1), p.171-5, 1971

(*2) Steven, M. Smith, Arthur Glenberg and Robert, A. Bjork, “Environmental context and human memory” Memory & Cognition, Vol.6(4), p.342-53, 1978

(*3) Bauman,A.E., et. al., “The descriptive epidemiology of sitting: A 20-country comparison using the International Physical Activity Questionnaire (IPAQ)”, Am. J. Prev. Med., Vol.41, p.228-235, 2011

(*4) “A Harvard and Columbia Study Reveals the Secret Trick to Efficiency and Happiness” https://www.inc.com/tom-popomaronis/a-harvard-and-columbia-study-reveals-the-secret-tr.html

(*5) Garrett, G., et.al., “Call Center Productivity Over 6 Months Following a Standing Desk Intervention”, IIE Transactions on Occupational Ergonomics and Human Factors, Vol.4(2-3), 2016, onilne https://doi.org/10.1080/21577323.2016.1183534

(*6) Susan, S. Lang,” Study links warm offices to fewer typing errors and higher productivity“,  Cornell Chronicle, October 19, 2004

(*7) Olli Seppa nen, et.al., “Effect of Temperature on Task Performance in Offfice Environment”, 2006

(*8) Jessica, R., Andrews-Hanna, et.al., “The Default Network and Self-Generated Thought: Component Processes, Dynamic Control, and Clinical Relevance”, Ann.N.Y. Acad. Sci., Vol.1316(1), p.29-52, 2014