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寺町彰博THK社長に聞く「緊急時の心構えと経営戦略」

 製造現場に欠かせない直動システムで世界シェア5割以上を誇るTHKだが、コロナ禍によって世界の工場が一時的にストップしたため、第1四半期決算は赤字に転落した。ここにきて受注残が増加に転じるなど底打ちの気配も見えるが、リーマンショックを上回るほど経済が落ち込む中で、むずかしい舵取りが迫られている。このようなかつてない危機に瀕した時、リーダーはどのような決断をすべきなのか。THKの寺町彰博社長に緊急時におけるトップの心構えを聞いた。(聞き手=関 慎夫)(『経済界』2020年9月号より転載)

寺町彰博・THK社長プロフィール

寺町彰博THK社長

てらまち・あきひろ 1951年生まれ。74年慶應義塾大学商学部を卒業し大隈鉄工所(現オークマ)入社。75年THK入社。77年甲府工場長、82年取締役、87年常務、94年副社長を経て、97年に社長に就任した。

新型コロナのTHKの業績への影響と今後の見通し

自動車向けは減産も通信、医療機器向けの引き合いが増える

―― 新型コロナウイルスは世界経済に大きな打撃を与えています。THKも第1四半期決算(1~3月)は赤字を計上しています。その一方で受注が増えるなど改善の兆しも見えています。今の状況をどのように見ていますか。

寺町 コロナの影響を最初に受けたのは自動車産業です。世界の自動車工場が生産停止に追い込まれました。そのため、当社の輸送機器事業が予想もしないほどの減産となり、赤字に転落しました。

 一方、もう一つの柱である産業機器事業における工作機械も自動車関連との縁が深い。EV関連の仕事はあっても、一方で従来のエンジンやミッションの仕事については、例えば自動車メーカーが新たに工場を増設するかというとそういうこともなく、減産の影響が大きいので、なかなかやはり厳しいと考えています。 

 しかしながらコロナの影響による調整はあるものの、5Gやデータセンター関連の需要の拡大や、医療機器に関連する引き合いは活発になっています。

―― 中国では4、5月と2カ月連続で自動車販売台数が前年を超えました。コロナの収束に成功すれば、経済が回復するという好例です。

寺町 中国の自動車販売が増えたのは、補助金などの国の支援もありますが、コロナ禍によって公共交通機関や、ブームになっていたシェアリングへの不安もあり、やはりマイカーを持たなければという意識が高まっていることも背景にあると思います。ですから、中国市場については今後伸びていくと見ています。

 問題は欧米ですが、少しずつですが経済活動も再開されています。人が動かなくなった分だけ物流が増加し大型のトラックなどの需要が増えています。またドイツなどでも自動車販売を政府が支援する動きも出ています。ですからコロナさえ収束に向かえば、回復に向かっていくのではないでしょうか。

経済全体のV字回復は難しい

―― コロナ禍の前の水準まで経済は回復するのでしょうか。

寺町 日本政府も過去に例がないほどの大型の補正予算を組み、経済対策を行っています。そういうお金が回り始め、経済が正の循環に入れば、徐々に回復していくと思います。ただしリーマンショックのあとに急回復したようなV字回復にはいたらないと思っています。

 感染者を増やさないことと経済活動を行うということは本来矛盾することです。ウイルスを抑え込まなければいけないけれど、だからといって経済がシュリンクしてしまったのでは、コロナ禍以上に弊害が大きくなる可能性があります。この対立する問題を両立させなければならないところに今のむずかしさがあります。ですから経済が完全に回復するには時間がかかりますが、それでもまだ修復可能な段階だと思います。

―― コロナ禍は、日本のさまざまな問題点を浮き彫りにしました。これをきっかけに社会も大きく変わっていくことが予想されます。

寺町 コロナの発症がはじめて起きた中国では、厳しい罰則を伴う規制や、個人の移動がキャッチされるような厳しい管理のもとで収束していきました。一方日本では、緊急事態宣言を出しましたが、個人のプライバシーを尊重するあまり、規制も弱いし、罰則規定もありません。

 このような時代にあっては、それが逆に大きな問題ではないかと思います。同様のことは欧米にも言えることで、そのことが中国以上に感染を拡大させてしまった要因になっていると思います。それが民主主義社会だと言えばそれまでですが、Aさんが自由に行動してBさんの健康が害されたとしたら、Aさんの行動にある程度規制をかけることを認めざるを得なくなってくるのではないでしょうか。

 お互いに自由が認められているわけですから、お互いの自由を守るために、その境界線を設けるのも止むを得ないと思います。少なくとも、中国や韓国がやっているように、感染者が出た場合、彼らがどのように行動したのか追跡できるようにはするべきだと思います。これもプライバシーの侵害にあたるかもしれませんが、身を守りながら経済を回していくには、こういう対策も必要です。

THK寺町社長

THKの新型コロナ対応と経営戦略

オンライン営業、IoTサービスを磨く

―― ところで、コロナ禍によってTHKの経営戦略自体に変化はありましたか。

寺町 基本的には、これまで進めてきた「グローバル展開」「新規分野への展開」「ビジネススタイルの変革」の3軸による「ビジネス領域の拡大」をさらに進めていきますが、これまで以上にスピード感を持ってやっていくことが重要です。

 例えば当社では3年ほど前から「Omni THK」という営業スタイルを取り入れています。以前の営業活動はフェース・ツー・フェースが基本でしたが、製品選定、見積もり、注文までもウェブ上で行うというものです。コロナ禍によって、対面営業がむずかしくなった分、ここを伸ばしていく。ですから今、この部隊の社員は非常に忙しくしています。

 また、機械に故障があっても、コロナ禍のもとではすぐに技術者を派遣するのはむずかしい。故障してから直すよりも、故障する前兆をとらえて予防保全できれば、ラインを止めずに余裕をもって部品交換することができます。そのためにはIoTが大きな武器になります。当社では「OMNI edge」というIoTサービスを提供していますが、今後さらに力をいれていきます。

 実はOMNI edgeは既に多くのお客さまから受注いただいていますが、緊急事態宣言が出ていた時は、お客さまのところに出掛けていけませんでした。そこでこの間、自社の工場などにたくさん取り付けました。今後、OMNI edgeを提案する時は、まず会社に来てもらい、どのように稼働しているのか、どのようなデータが出てくるのか、見ていただこうと考えています。

見えてきたテレワークのメリットとデメリット

―― 社員の働き方も大きく変わったのではないですか。

寺町 工場の場合は、出社しなければ生産ができませんから、基本は通常どおりでしたが、間接部門で出勤に公共交通機関を使わなければならない社員の中にはテレワークで働いた人もいます。

 一方、本社では、一時は9割の社員がテレワークでした。営業社員は自宅からお客さまとリモート面談で仕事をしています。私自身も出社をしてはいけないというので、自宅で仕事をしていました。緊急事態宣言が解除されてから徐々に出社する社員は増えていますが、今(インタビューは6月15日)でも5割の社員がテレワークですし、出社しても対面には座らないような座席配置にしています。

―― テレワークに移行したことで、生産性が落ちたりしませんでしたか。

寺町 テレワークを導入してから2カ月半ほどたちましたが、お陰でいいところも悪いところも分かってきました。今その整理をしているところです。

 例えば思いや方向性を共有するには、テレワークのほうがはるかに効率が高いです。10人くらいのチームでミーティングをするとします。リモート会議の場合、社員一人一人の顔をそれぞれ見ながら会議を進めることができます。これが対面の場合だと、中には寝ている人もいるかもしれない。でもリモートでは居眠りできません。ですから意思決定やその共有ははるかにやりやすい。

 しかもレコーディング機能もあるため、あとから見直して、そこで意思統一できていないなと思ったらもう一度、確認しあうことができます。その結果、社員は自分のやるべきことが明確になるため、速やかに取り掛かることができる。これはテレワークならではのメリットです。

早期のコロナ対応ができた理由

―― 以前のインタビューでは、「変化の激しい時代に対応するには、幅広く知識を学び情報を集め、未来を予測する」と答えています。しかし今は人が集まる場に行くにも気を使う時代です。情報収集がむずかしいのではないですか。

寺町 インターネットを活用した情報収集は当然ですが、THKでは2月3日から毎朝9時からコロナ対策会議を開いています。ここで世界各国、そして国内の幹部社員が参加して状況を説明、それを共有しています。

―― 2月3日はダイヤモンドプリンセスが横浜港に入港した日です。この時点では国内感染者数は10人未満。早い対応ですね。

寺町 実は私は1月23日、春節に入る前日まで中国にいました。中国のテレビでは毎日コロナ関連のニュースばかりです。あれだけ情報統制の取れているはずの中国で、家族が引き離されたとか悲惨な情報ばかりを流している。ところが日本も含めた海外の国際放送ではとおり一遍の報道しかしていません。その温度差に愕然としました。帰国してからも日本ではまだ、中国限定のような扱い方です。

 ところが1月27日、中国国務院は1月30日までだった春節期間を2月2日まで延長すると発表しました。これを聞いてこれはただごとではない、日本も大変なことになるかもしれない、と考え、その日のうちにミーティングを行い、2月3日から正式に対策会議を始めました。

 出席者は各地の工場の責任者などで、中国の状況がひどかった時は中国の幹部も毎日参加していましたし、韓国などその他のアジア圏からは必要に応じて参加してもらいました。欧米は時差の問題があるので、毎日レポートを出してもらい、それを共有しています。例えば都市封鎖が緩和された時は、街角ウオッチングをして周囲の状況、国の状況を報告してもらう。そうやって4カ月以上にわたり情報収集しています。

―― その情報に基づき、最初に下した決断は何でしたか。

寺町 最初に集まった1月27日に決めたのは中国支援でした。われわれにとって中国は日本に次ぐ市場ですし、生産拠点もあり、日本に次ぐ従業員がいます。東日本大震災の経験があるため、社内には防災グッズの在庫がありました。

 一方、中国ではマスクが不足していたため、マスクの在庫を中国に送ることを決めました。その後は春節でも駐在し続けた日本人社員をどうやって帰国させるかとか、そういうことを対策会議で話し合っていきました。

緊急時にはベストよりベターを

―― こういう緊急時にトップに求められることはなんですか。

寺町 決断し実行するスピードですね。ベストよりモアベターです。こうした時代に最初からベストを求めてはいけません。最初からベストなものをと考えていると、タイミングを逃してしまう。

 ベターでかまわないから、すぐに実行する。あとから考えれば、もっとベストな方法があった、ということもあるかもしれませんが、それはベターな施策をやったからこそ見えてくるものです。速やかに決断し実行すれば必ず結果が出ます。それの結果を見た時点で、また速やかにモアベターなことを考えてアクションを取る。その繰り返ししかありません。これは企業経営のみならず、政治の世界でも同じことだと思います。