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北尾裕一・クボタ社長インタビュー「社会課題を解決しグローバルメジャーブランドへ」

2020年、創業から130年目を迎えるクボタ。北尾裕一社長はこの1月に就任したばかりだが、新型コロナウイルスの影響で就任早々むずかしいかじ取りを余儀なくされている。変化を迫られる今、新たな時代をどう切り開いていくのか。世界120カ国以上の国や地域で事業展開するトップに話を聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=北田正明(『経済界』2020年9月号より加筆・転載)

北尾裕一・クボタ社長プロフィール

北尾裕一・クボタ社長

きたお・ゆういち 1956年兵庫県生まれ。79年、東京大学工学部船舶工学科卒業後、久保田鉄工(現・クボタ)入社。2005年トラクター技術部長、11年クボタトラクターコーポレーション社長などを歴任。機械ドメインの専務、副社長を経て、20年1月社長に就任。

クボタの経営とグローバル拠点の現状

創業の原点も感染症だった

―― 創業130年という節目の年での社長就任ですが、新型コロナの影響で厳しい船出となりましたね。

北尾 まずは創業の精神に立ち戻りたいと思っています。というのも鋳物業ではじまった当社の原点も感染症にまつわるものだからです。創業当時、日本は上下水道のインフラが整っておらず衛生的で安全な水が手に入りにくかったためコレラが蔓延していました。創業者である久保田権四郎はその問題を解決しようと、」水道管として利用される鋳鉄菅を国内で初めて開発したのです。

 毎年、正月に京都でディーラーミーティングを行いますが、今年は130年の歩みをつくり、来場した方に創業者の思いを伝えました。その時、就任早々の私も創業の精神に立ち戻り、その思いを社員全体で共有していこうと心に決めましたが、新型コロナが蔓延したことで、改めて気持ちを強くしているところです。

米国では巣ごもり消費での需要増加も

―― 世界各地で事業を行っていますが状況はいかがですか。

北尾 中国から感染が広がりましたので、中国国内が最も早くロックダウンされ、1カ月以上事業がストップしました。しかし3月下旬には再開し、今はフル稼働しています。4月、5月は国の経済対策の効果もあり、前年対比で販売も伸びています。

 その後、感染が広がった欧州には工場と販売会社があります。3月下旬から4月の上旬にかけてロックダウンが行われ、工場も一部でストップして在宅勤務で対応しましたが、今はすべて稼働しています。

―― 米国の状況はいかがですか。

北尾 工場に感染者が出てしまいましたが、エッセンシャル(必要不可欠な)ビジネスということで、工場を長期間止めることはありませんでした。米国内に1千カ所近くあるディーラーさんも部品サービスを中心に営業を続け、3月こそ販売が落ち込みましたが4月に入ると伸び、市場も広がっています。その理由としては、巣ごもりになったことで芝刈りや家庭菜園用にと小型のトラクターの需要が伸びたためです。ただ、大型トラクターの需要についてはまだ落ち込んだままです。

―― 新興国は感染拡大が続いており不安ですね。

北尾 そうですね。なかでも、いちばん心配しているのが販売会社と合弁工場のあるインドです。現地駐在の日本人を3月末に引き上げ、様子を見ていますが、今もまだ戻れる状況ではありません。ただ、こちらもエッセンシャルビジネスということで現地スタッフが販売を行っており、彼らの頑張りもあって前年対比で伸びています。しかし、現地企業との合弁で立ち上げた工場が今夏のオープン予定でしたが、ずれ込んでいます。秋にはなんとかスタートさせたいと考えています。

クボタ・トラクター

市場、生産拠点としてのインドの魅力

―― インドは有望な市場だそうですね。

北尾 2016年のデータによると、世界には約140万台のトラクターがあるそうですが、そのうちの約80万台がインドにあります。特殊な市場で40~50馬力の小型機が主で、機能をシンプルにして価格を徹底的に抑えたモデルでなければ売れません。日本ではトラクターを農作業にしか使いませんが、インドでは農作業はもちろん、トラック代わりに物資を運び、人も運びます。もともとトラクターはけん引車という意味ですが、農作業用途としては3割ほどで、7割が運搬利用です。

 インドは市場としても魅力ですが、シンプルで安価なトラクターを安くつくることもできるので生産拠点としても期待しています。ただ、われわれのライバルで農業機械最大手の米国、ジョン・ディア、欧州大手のCNHインダストリアルもインドに工場を構えていますから、競争が激しくなると思いますが、真っ向勝負で挑みたいと思っています。

ライバルに勝つための取り組み

―― ライバルとの戦いは大型の機械でも激しくなっていますね。

北尾 われわれはもともとアジアの水田市場をベースに発展してきましたので小型農機が中心でした。しかし10年前に4倍の作付面積のある畑作市場へ参入。畑作用の馬力の高いエンジンの開発にも取り組み始めました。

 今、自前で6気筒300馬力のエンジンまで開発するところまできましたが、上は500馬力まであります。しかし最終的にはジョン・ディアを追い抜き追い越すことが目標です。売り上げで見れば、あちらは3兆7、8千億円、われわれは2兆円弱です。ただ、農業機械だけ見れば2番手の欧州のCNHインダストリアルを追い抜いています。そういう意味では、ようやくジョン・ディア追撃の一番手まで来たと思っています。

―― ライバルと戦う上でデジタル化にも力を入れていますね。

北尾 今、日本では農業従事者の数が減っているという問題を抱えています。そのためにもKSAS(クボタ スマートアグリシステム)でスマート農業を進めて、農業の視える化、儲かる化を支援しています。

―― テレビドラマの「下町ロケット」で自動運転のトラクターが出てきましたが、あの番組で関心が高まったんじゃないですか。

北尾 あれは大きかったですね。クボタだけでなくて、社会課題の解決策として取り上げられたことで、業界全体が盛り上がりました。社員の多くが手弁当で協力させていただいたこともあり、士気が上がりました。

 個人的にもこのドラマには思い入れがあります。農業機械を制するのはバルブだというシーンで、主人公のいる佃製作所とライバル会社がバルブの技術で争うのですが、その片方は私がかつて設計したバルブだったのです。しかし、私の設計した方は負けてしまいます。後日、技術部長に何で負ける方になったのか聞いたところ、私の方が「部品点数が多かったからですよ」と、サラリと言われてしまいました(笑)。

スマート農業で日本の農業を支援

―― かつてはコレラという社会課題を解決するために鋳鉄菅の開発、製造に取り組みましたが、今の社会課題は農業分野でしょうか。

北尾 日本の農業をスマート農業で支援していきたい思いは強いですね。

 われわれの事業領域は、農業の「食料」。鉄管、水処理技術、バルブなどの「水」領域。福島県双葉町で行う汚染廃棄物の減容化処理や焼却炉などの「環境」領域の3つの事業分野に分かれます。これまでは分野ごとにバラバラの動きだったところもあるのですが、社会課題というのは問題が複雑に絡み合ったものですから、これからは一体となって対応していこうとしています。

 例えば、地方では設備の老朽化や人手不足で自治体が単独で上下水道を維持することが難しく、官民連携の流れになっています。水が不可欠な農業も担い手不足という課題を抱えています。そこで、スマート農業や上下水道のモニタリングシステムなど当社の積み上げてきた技術を一気通貫で活用して問題解決につなげていきたいと考えています。

 われわれには農業で出た残渣物を発酵させて電気にする技術もありますから、社会の課題を点ではなく面で解決していこうとしているわけです。そのために自動化、ロボット化をさらに進めて、地域全体のお役に立てればと考えています。

クボタが描くグローバルメジャーブランドへの道のり

チャレンジする土壌づくりを

―― 今回の新型コロナの広がりによって思うことはありましたか。

北尾 まず感じたのは、人の命の大切さを再認識しました。その次にグローバリゼーションによって効率や利益追求ばかりを追い求めてきたことで、環境に大きな負荷を与えていたことです。今後は、多少コストがかかろうともSDGsの求める社会を実現させていかなければならないと思いましたね。これは私だけでなく、多くの人が気づいたのではないでしょうか。

―― 社会が変わるなか、どのようなメッセージを社員に送りましたか。

北尾 将来を考えれば「イノベーションなくして成長なし」ということを伝えています。既存製品の販売だけではダメで、新たな製品をつくっていかなければなりません。19年に設置したイノベーションセンターでは、社内の技術活用だけでなく、スタートアップ企業や大学などと組んで、まずは農業分野から新たな芽を育てようとしています。

 下水道などから農産物の成長に欠かせないリンを取り出す資源循環サイクルの技術など、少しずつですが新たな芽が生まれています。いずれはイノベーションセンターでの取り組みと既存事業などを組み合わせてアグリプラットフォームとして、社会に提案する場にしていきたいと考えています。そのためにも関わる人には「打率は問わないが、打席数は問うぞ」と、まずはチャレンジする土壌づくりを始めています。

―― 個人的な話になりますが、大学では船舶工学を学ばれていたとか。

北尾 学生時代はテニスばかりしていたので、船舶工学科というよりも「硬式庭球部卒です」と言っていました。私が社会人になる1979年はオイルショックの後ということもあり、採用が冷え込んだ時期です。造船の採用はなく、縁のあったクボタに入社したということですね。

―― 長年、トラクターの開発をされていたと聞きましたが、開発の原点に農家での経験があるとか。

北尾 入社した翌年に北海道の中標津の酪農家で1カ月間、泊まり込みで働く実習を行いました。私はサラリーマン家庭育ちでしたので初めての農業経験でした。酪農家は24時間働いているようなところで、朝は5時に起きて乳搾り、昼間はフェンスの修理や牛舎の掃除、牛の世話。晩も23時に乳搾りがあります。3日目くらいでもうダメだと思いましたが、何とか頑張りました。

 牛のお産に立ち会い、死産も経験し、酪農家の仕事はもちろん、何よりも牛を最優先に考える農家さんの考え方に触れた経験は大きいものでした。農機にはほぼ触れず、最後の方ではじめて牧草を刈るハーベスターに乗りました。当時はシートがむき出しでしたから牧草を全身に浴び、それを境に花粉症になりました(笑)。ただ、トラクターを開発する上でとても良い経験になったのは間違いありません。

「イノベーションなくして成長なし」と語る北尾社長

目標達成のために掲げる2つの言葉

―― 今後、どんな会社にしていきたいと思っていますか。

北尾 顧客に愛されて、社会貢献していく会社にしていきたいというのはもちろんですが、食料、水、環境というエッセンシャルビジネスに携っているのですから、社員とともにその使命と責任を感じながらグローバルメジャーブランドになる目標をかなえたいと思っています。

 そのために2つの言葉を掲げています。1つは「One Kubota」。全世界に4万1千人の社員が事業部の壁や国の壁を超え、1つになって課題にチャレンジする願いを込めました。もう1つが「On Your Side」で、お客さまに寄り添うことです。そのために、孔子の言葉でいう「忠恕」、人を想いやる気持ちを大事にしてほしいと思っています。