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「プロレーサーとパラ陸上代表。夢を叶えてみんなを笑顔にしたい」―井谷俊介(パラ陸上短距離アスリート)

ゲストはパラ陸上短距離アスリートの井谷俊介さん。大学2年のときにバイク事故に遭い右下腿部を切断。今は来年の東京パラリンピック出場を目指し、日々練習に励んでいます。「自分の一番の幸せは周りの人たちの笑顔を見ること」と話す井谷さんの笑顔が印象的な対談となりました。

井谷俊介氏プロフィール

井谷俊介

(いたに・しゅんすけ) 1995年三重県生まれ。2016年大学在学中にバイク事故で右下腿部切断。大和鉄脚走行会の参加を機にパラ陸上競技の道へ。現在は東京パラリンピック出場、カーレーサーを目指す。SMBC日興証券所属。

バイクで交通事故に遭い右足が義足に

佐藤 井谷さんは昔からスポーツがお好きだったのですか?

井谷 はい。小中高と野球をしていましたが、僕は三重県生まれで、小学生の時に鈴鹿サーキットで観たF1やスーパーGTを走るレーシングカーに魅せられ、レーシングドライバー(レーサー)になるのが夢でした。18歳で免許を取り、バイクを購入してアルバイトが終わるとツーリングをしていましたね。乗り物に乗る楽しさを覚えた時期です。

佐藤 私もドライブ好きですが、自分で運転するのは楽しいですよね。

井谷 そうですね。ただ、プロのレーサーになるためには練習やカートレース出場にお金がかかるので、レーシングチームに就職してメカニックやマネージャーとしてモータースポーツ業界で働ければいいなと思い、大学1年の時に愛知県の石野サーキットでアルバイトを始めました。一方でレーサーの夢も諦めきれず、アルバイトを3つ掛け持ちして大学に通っていました。

佐藤 3つ掛け持ちはすごいですね(笑)。毎日大変だったでしょう。

井谷 クタクタになる時もありましたが、夢が自分を鼓舞してくれました。それで資金も貯まっていよいよレースに、という矢先に交通事故に遭ったんです。大学2年の冬でした。ドクターヘリで運ばれ、意識が戻ったのは4日後。開放粉砕骨折で創外固定された包帯をめくると足が真っ黒で……。医者から、「足を残しても壊死が進むだけ。切れば日常が戻るし、またスポーツもできる」と聞き、事故から10日後に切断手術を受けて義足になりました。

佐藤 これからという時に……。

井谷 当時は頭が真っ白になりました。それでも母親やお見舞いに来てくれた友人が悲しむ姿を見て、一生懸命笑って過ごそうと決めました。友人の励ましを受けて自分を奮い立たせ、半年かかると言われた義足歩行のリハビリを2週間で終えて、退院したその日にサーキットでカートに乗ったんです。

佐藤 退院した日ですか! 私なら乗るのは諦めてしまいます。

井谷 周りからもレーサーは無理と言われましたが、やっぱりなりたい気持ちが強くて。その後、練習を重ねてレースに出て好成績を収めると、母親も友人も喜んでくれました。これが事故で悲しませてしまった人たちへの恩返しになるなら、絶対にプロになると決めたんです。

誰かを笑顔にすることが一番の幸せ

佐藤 パラ陸上競技との出合いはいつどのようにして?

井谷 退院後、母親に連れられて三重県桑名市の下肢切断者のスポーツチーム「大和鉄脚走行会」に参加し、板バネを借りて走らせてもらったんです。耳元を風が切る音、普通に走れることが楽しくて。母親も笑顔になってくれてうれしかったですね。

佐藤 新しい道の第一歩ですね。そこからパラ陸上の日本代表を目指す夢が生まれた。

井谷 大学4年の時に静岡県の富士スピードウェイにアルバイトに行き、運命の出会いがあったんです。レーサーの脇阪寿一選手を紹介してもらい、夢を叶えて事故で悲しませた人たちを喜ばせたい、同じような境遇の人たちにチャレンジを見てもらい、一歩を踏み出すきっかけにしたいと話したところ、この思いに共感してもらえたんです。パラ陸上競技の競技用義足や練習環境を用意してもらい、数多くのプロのアスリートを指導している仲田健トレーナーをご紹介いただきました。

佐藤 それから1年足らずで、国際大会で華々しい成績を残していますね。18年のアジアパラ競技大会100メートル予選でアジア記録を更新して優勝、19年の日本パラ陸上競技選手権大会100メートルで優勝など。日本代表も見えてきたのでは?

井谷 ありがとうございます。課題も多いので、いつどの大会に出てもベストパフォーマンスを出せるようにコンディションを整え、練習に真摯に取り組んでいきます。

井谷俊介
日々練習に励む

佐藤 義足になったことで、生き方や人生観はどう変わりましたか?

井谷 現状を受け入れること、前を向くこと、感謝すること、チャレンジすることの大切さを知りました。「当たり前」の価値観も変わりましたね。誰かのために頑張って、笑顔になってもらえれば自分も笑顔になれる。もし事故に遭わなければ、今だらだら過ごしていたかもしれません。事故に遭って義足になり、たくさんの人たちが優しくしてくれて、人と人とのつながりの尊さや、幸せの意味を考えるようになりました。

佐藤 井谷さんの幸せとは?

井谷 お金を稼いで、好きなものを食べて、好きな時間を過ごすことも楽しいかもしれません。でも、今は誰かの笑顔を見ることが一番の幸せです。そのために頑張って、義足になったことも最後には「よかった」と思える人生を過ごしたいですね。

佐藤 素敵です。井谷さんの笑顔とポジティブな行動力は多くの人々を勇気づけるはずです。2つの夢の実現を心から応援しています。

「絶対に夢を叶えてくださいね。応援しています」(佐藤)

聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=美崎政雄