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経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

創業支援の実践者が語る地方起業の実状と課題

通信環境や物流インフラが発達した現在では、地方における起業も一昔前よりはハンデが小さくなっている。とはいえ、やはり人、モノ、カネ、そして情報が集中する東京に比べると、自ら事業を興こして成功する人々の数は少ない。今回は静岡県で創業支援に取り組む辻村泰宏氏に、地方起業の課題と支援のポイントについて聞いた。(取材・文=吉田浩)

取材協力者プロフィール

辻村泰宏(つじむら・やすひろ)有限会社辻村代表取締役。起業家アソシエーション「プロジェクト8」代表。静岡県浜松市を中心に創業支援コンサルタントとして活動し、販路開拓、資金繰り、売り上げ向上策の提案、事業計画書の作成等、幅広い分野におけるサポートで、多くの創業者を輩出。浜松いわた信用金庫創業支援デスク専門相談員、袋井市創業相談会相談員。

創業後の受け皿として支援を開始

 「私自身もこれまでに何度か、車を運転しているときに『このままハンドルを切って谷底に落ちたら保険金が下りて家族に苦労を掛けないな』とか、そんな考えが頭をよぎったことがあるんですよ」

 自身のこんな話を打ち明けてくれたのは、静岡県浜松市を中心にコンサルタントやセミナー講師として活動する辻村泰宏氏。家業として引き継いだ呉服卸店を経営する傍ら、ベンチャー企業の創業支援を長年にわたり手掛けている。

 辻村氏は現在、浜松市やその周辺の自治体などが主催する創業セミナーやスクールの講師、金融機関における創業相談員、女性起業家の支援など、さまざまな形で事業立ち上げから成長までをサポートしている。こうした活動を始めたのは14年前。これまで講座やセミナーへの参加者は約6700人、過去5年間相談件数は2800件を超える。

 創業支援に足を踏み入れたのは、事業を営む傍ら、浜松商工会議所が主催する創業塾に通ったことがキッカケだ。

 2005年当時はデフレ不況の真っただ中だったが、そうした中でも40人近くの意欲にあふれた受講生が集まり、卒業後も交流を続けていた。同期の仲間を見ながら、辻村氏はこんなふうに考えていたという。

 「自分は卸業をやっていたので、周囲の呉服屋さんや洋品店がつぶれるのをたくさん見てきました。同期生の中には、勢いはあるけど怖さを知らない人たちもいて、事業計画書を見せてもらうと『危ないな』と感じることもよくありました。資金繰りや将来のことで悩むことがあった身としては、仲間たちにつらい思いをさせたくないなと」

 当時の創業塾の問題は、起業ノウハウは教えるものの、その後のサポートがないことだった。

 「受講者の起業へのモチベーション上げておいて、梯子を外すようなことになったらいけない。誰かが受け皿を作ってサポートしなくちゃいけないと思って、創業支援を始めたんです」

創業塾の仲間と共に支援組織を結成

 最初は完全なボランティアだった。地元の成功した経営者や大学教授などに頭を下げてほぼ無報酬で講演を頼んだり、他の自治体の創業塾を手伝ったりしていたという。

 辻村氏が得意としていたのは主にマーケティングの分野だ。起業した後のブログの更新やチラシのライティングなど、集客に必要なノウハウを事業者に提供していた。

 そうこうするうちに、セミナーで自ら講義を行ったり、ディスカッションにアドバイザーとして参加したりする機会が増えていった。実際の経験に基づいた経営ノウハウは評判がよく、仕事として講師を請け負う案件が増えていったという。

 一方、創業塾の同期会から始まった集まりは規模が徐々に拡大し、起業を目指す人々、創業支援を行う士業の人々、大学教授や金融機関なども加わり、100人を超えるまでになっていた。2007年設立より現在まで辻村氏が代表となり、起業家アソシエーション「プロジェクト8」として、セミナー、研修会、異業種交流会などを通じて、地元の起業家たちを支援する活動を組織的に展開している。

地元の仲間たちを組織化し、起業家支援アソシエーションを設立

融資が下りるための事業計画書づくりをサポート

 「産業の新陳代謝とベンチャーの加速」を成長戦略の柱として打ち出した安倍政権発足以降、地方でも創業スクールのような起業家支援の動きは増えた。

 浜松市では地元商工会議所や公益財団法人の浜松地域イノベーション推進機構などと連携して、15年に起業家カフェを開設。アドバイザーとして就任した辻村氏は、1年間で50件近い案件の開業サポートを手がけた。これは、地方自治体が主導する起業家支援では突出した数だという。

 そうした実績が買われ、辻村氏は磐田信用金庫(現浜松いわた信用金庫)の創業支援デスクでコーディネーターとしても活動するようになる。ここでは主に、どのような事業計画書をつくれば金融機関から融資が下りやすくなるのかという観点から、ブラッシュアップのアドバイスをしている。

 「事業計画書を完璧に作ってすぐうまく行く人もいますが、計画の実現は数カ月単位でズレていきその都度修正していくケースがほとんど。やはり事業立ち上げの時は顧客をいかに増やすか、集客が最も苦労するところです。この点で士業の方々は弱い部分もあるので、マーケティングをしっかりやって、融資が確実に下りる方向に事業計画書をつくっていきます」

創業後も心の拠り所を持つ重要性

 有望なベンチャーであっても、東京と違ってエンジェル投資家やベンチャーキャピタルといった、資金調達のためのコネクションが少ない地方都市においては、金融機関からどれだけ融資を獲得できるかが大きなポイントになる。各種ビジネスコンテストの最終選考にまで残るレベルにまで事業計画を仕上げていくのが、辻村氏の信条だ。

 そして、たとえ事業が軌道に乗っても、こうした相談窓口には最低でも月に一回は顔を出してほしいと辻村氏は言う。

 「うまく行きそうな事業でも、予想できないことが起きたり、場合によっては業態シフトを行ったりしなければならないケースもあります。そんなときは車と同じでメンテナンスをしっかりやらないといけません。あと、自分の心が折れたら終わりなので、相談に来て元気や勇気をもらって帰ることが非常に大事になります。いざとなればここに駆け込めばいいという、心の拠り所を持つことです」

 地方創生の観点からも、起業熱の高まりは重要な要素だ。新型コロナの影響によるリモートワークの増加で、働く場所を選ばない風潮が今後も広がっていきそうだ。ただ、事業立ち上げを促すだけでなく、辻村氏が実践しているように、創業後のサポートをしっかり行える環境づくりにも目を向けるべきだろう。