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政府関係者に見くびられたホンダの自主独立路線の前途

ホンダと日産自動車の統合報道が流れた。政府関係者が打診したが両社は断ったというもので、日産の救済という側面が強い。ホンダが“官”の指示で合併するとは思えないが、見方を変えれば、同社の自主独立路線へのこだわりが政府から軽視されたとも受け取れる。文=ジャーナリスト/立町次男(『経済界』2020年11月号より加筆・転載)

検討前に拒否された日産とホンダの統合案

 英フィナンシャル・タイムズは8月、日本政府関係者が2019年末、ホンダと日産に合併の検討を働きかけたと報道した。統合案は、「保護主義的な傾向がある安倍首相の側近から生まれた」という。だが、両社は取締役会で本格的に検討する前に拒否したとされる。

 統合した両社を想像してみると、次世代車開発では一定の補完関係がありそうだ。

 日産は日本メーカーの中では、最も電気自動車(EV)に力を入れており、エンジンで発電し、電気で車輪を動かして走る「eパワー」も展開。他方のホンダはハイブリッド車に力を入れている。

 もっとも、小型車にしてもSUV(スポーツタイプ多目的車)にしてもそれぞれの看板車種が競合しており、統合してもそれを絞り込んで経営資源を集中できるかは不透明だ。また、主戦場とする地域は両社とも米国、中国、日本で重複。統合すれば、それぞれの地域に両社が持っている工場など、固定費は大きく膨らむ。

 今後、EVなど次世代車へのシフトが進む中、両社の抱える資産の価値が保たれる保証はない。M&A(企業の合併・買収)では、相乗効果により「1+1=2」以上になることを目指すが、達成できるかは微妙な組み合わせだ。

本田宗一郎の反骨から始まったホンダの自主独立路線

 報道には2種類の反響があった。一つは、ホンダと日産との企業文化の違いなどから、合併してもうまくいくはずがなく、こうした提案を行った政府関係者は知識不足だと指摘するものだ。また、合併という重い判断について、官主導で実現させることが時代錯誤だという意見も、当然ながらあった。

 ホンダは本田宗一郎氏が創業して以来、自主独立を大切にしてきた企業だ。かつては英ブリティッシュ・レイランドと提携したり、現在も車載電池や自動運転などの分野で米ゼネラル・モーターズ(GM)と協業するなどの例外はあるが、基本的には他の自動車メーカーと組まずにやってきた。自動車メーカーとの資本関係を含めた提携の深化には、極めて消極的だ。

 この姿勢は日本の乗用車メーカーの中で異彩を放つ。

 トヨタ自動車は、連結子会社のダイハツ工業だけでなく、スズキ、マツダ、SUBARU(スバル)と資本提携を含む連携を強めている。インターネットでつながるコネクテッド(C)、自動運転(A)、カーシェアリングなどのサービス(S)、電動化(E)のそれぞれの頭文字を取った「CASE」の時代で勝ち残るには、「仲間づくり」(トヨタの豊田章男社長)が重要になるとみており、日系乗用車メーカー8社中、過半数の5社が広義のトヨタグループとも言える状況だ。

 一方、日産と三菱自動車は、フランスのルノーと3社でアライアンス(企業連合)を形成している。これらのグループに属していないのはホンダだけだ。

 また、政府の働きかけに対し、本田宗一郎氏が“反骨”ともいえる姿勢を持っていたのも確かだ。自動車の修理工から徒手空拳のベンチャー企業として創業し、伝説的な成功を収めたホンダだが、その初期には政府関係者に軽侮されたというエピソードも残っている。それを見返そうという意志が、ホンダを成長させた原動力の一つとなったのかもしれない。

 こうした経緯もあり、政府の提案に従って他社との統合を検討するということは、ホンダには考えられない振る舞いと考えられる。

ホンダは自主独立路線を貫けるのか(東京・南青山のホンダ本社)

国内では軽自動車しか売れなくなったホンダ

 報道に対するもう一つの反響は、政府の働きかけに一定の理解を示すものだ。 

 トヨタの業績好調が続く一方、近年のホンダは拡大路線に失敗するなど、先行きに不安を感じさせる。主力の米国市場でSUV人気が高まり、ホンダが得意とするセダン市場が縮小したことも“誤算”だった。

 同社は燃費性能が高いハイブリッド車を得意としているが、原油安で苦戦を余儀なくされた。八郷隆弘社長の前任だった伊東孝紳氏が「世界販売600万台」という大目標を掲げたことで、世界で四輪車の生産能力が余剰となった。

 一方、国・地域ごとの販売現場のニーズをくみ上げるあまり派生車種が増え、非効率的な生産販売体制が顕著になり、四輪車事業の利益率が低下した。世界首位の二輪車事業が業績を辛うじて下支えている状況だ。

 八郷社長は昨年5月、「グローバルモデルは2025年までに派生数を現在の3分の1に削減する」と、効率化を進める方針を発表した。さらに、17年に公表した狭山工場(埼玉県狭山市)の閉鎖に向け準備を進めるほか、英国やトルコ、フィリピンでは四輪車生産からの撤退を決めるなど、拡大路線の“後始末”に追われている。

 国内での四輪車事業では、軽自動車「N-BOX」(エヌ・ボックス)は依然として好調だが、利幅の大きな登録車は売れ行きがよくない。「国内でのホンダは軽自動車メーカーだ」と揶揄されることもしばしばだ。

 ホンダは主力小型車「フィット」の新型車を2月中旬に発売したが、マスコミの報道は新型コロナウイルス一色。トヨタのハイブリッド車「アクア」や日産自動車の「ノート」の後塵を拝していたフィットは新型で巻き返したが、話題的には水を差された格好だ。

 フィットのフルモデルチェンジは当初、昨年秋を予定していたが、軽自動車「N-WGN(エヌ・ワゴン)」をめぐるトラブルの影響で遅れたことが痛手になった。

 オランダの部品会社製の電動パーキングブレーキを採用したが、警告灯が異常点灯する不具合が発生し、19年9月の発売直後から20年1月まで生産を停止。同じパーキングブレーキを使う予定だったフィットの発売時期に波及する結果となった。

ホンダとの統合案の目的は日産の救済

 もっとも、政府の提案が事実なら、その最大の狙いは日産の救済と、同社の経営に介入してきた仏ルノー、フランス政府の排除だ。

 日産は7月下旬に21年3月期の通期連結業績予想を発表し、純損益が6700億円の赤字になるとの見通しを示した。20年3月期実績も6712億円の純損失で、2年連続で巨額の赤字を計上することが確実となった。

 カルロス・ゴーン前会長の衝撃的な逮捕・起訴で経営が混乱し、業績が悪化。政府関係者からホンダとの統合が提案されたのは昨年末で、内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)の就任直後。政府は内田氏による業績回復を信じず、救済に動いたとも受け取れる。

 1990年代後半、倒産寸前まで追い込まれた日産にルノーが出資しており、現在のルノーの保有比率は約43%だ。株主総会ではすべての株主が議決権を行使するわけではなく、事実上の過半数を持っているともいえる。ゴーン失脚後に両社の不協和音が顕在化すると、ルノーは日産に統合を提案したり、人事に介入したりするなど、日産の独立性は大きく揺らぐ状況になった。

 日本を代表する自動車メーカーの一つである日産の状況について、政府が注視してきたのは事実だ。

 ゴーン氏の逮捕直後、同社の川口均専務執行役員(当時)は首相官邸で菅義偉官房長官と面会している。川口氏は会談後、「日産とルノーとの関係などで(日本政府に)サポートいただいていると理解している」と強調した。そもそも、一部報道で言われる「クーデター説」は、ゴーン氏が画策したルノーと日産の統合を回避するため、西川廣人社長(当時)らが政府と協力してゴーン氏を検察に差し出したというものだ。

 さらに、元国有企業であるルノーの筆頭株主はフランス政府であり、ルノー株の15%を同政府が保有しており、さらに長期保有株主を優遇する「フロランジュ法」で議決権は2倍になっている。

 日本政府としては当然、自国の大手自動車メーカーに対する他国政府の影響力をなくしていきたい。ホンダがルノーの持ち分を買い取るなどして合併が実現すれば、その“悲願”がかなうはずだった。

政府提案は的外れも危機感は待ったなし

 しかし当面、両社は現在の枠組みで新型コロナ禍を乗り越え、激しい競争に打ち勝たなくてはならない。

 ホンダの四輪車の世界販売台数(19年)は517万台。規模がすべてではないが、トヨタや独フォルクスワーゲンのグループが年1千万台を販売する中、生き残るのに十分なスケールとはいえない。「どこかと連携した方がいい」と政府関係者が考える中で、業績不振や独立性の危機が迫っている日産に白羽の矢が立ったのかもしれない。

 現在は、「うまくいくはずがない」「そんな必要はない」との見方が強いホンダ・日産の統合。しかし、EV専業メーカーの米テスラがトヨタを抜いて時価総額世界首位に立つほど、経営環境は急速に変わっている。旧来の自動車メーカーがエンジン車販売で競争しながら、EVなど次世代の魅力的な商品を投入していくことは困難を伴う。政府関係者の「的外れ」ともいえる統合提案だが、その背景にある危機感だけは妥当なものといえそうだ。

 両社とも、固有の問題を抱えているところに新型コロナの問題が直撃した。これを自力で乗り越え、今回の報道を本当に無意味なものと片づけられるかは、両社の経営者の舵取りにかかっている。