経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

立川談慶師匠に聞く「“囃されたら踊れ”の精神で取り組むオンライン落語」

立川談慶

新型コロナの影響で、集客型エンターテインメントの多くがオンライン中心に切り替わっていく中、伝統芸能である落語も例外ではない。いち早く落語のオンライン配信への取り組みを始めた立川談慶師匠に話を聞いた。(『経済界』2020年11月号より加筆・転載)(文=吉田浩)

立川談慶氏プロフィール

立川談慶

(たてかわ・だんけい)1965年生まれ。長野県上田市出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、ワコールに入社。91年、立川談志に弟子入りし、立川ワコールの前座名で修業生活を送る。2000年二つ目昇進し、立川談慶となる。09年真打昇進。落語家としての活動の傍ら、『大事なことはすべて立川談志(ししょう)に教わった』(KKベストセラーズ)、『「めんどうくさい人」の接し方、かわし方』(PHP研究所)、『教養としての落語』(サンマーク出版)、『談志語辞典』(誠文堂新光社)等、多数の著書がある。

配信ツールによって内容、目的を変える

 一人の話し手によって登場人物同士の会話を面白おかしく見聞かせる落語は、観客との距離感が重要な演芸だ。たとえば、本題に入る前に「まくら」と呼ばれる小話で観客の反応を見たり、客層によって話し方を微調整したりと、場の空気をいかに読むかが落語家の腕の見せ所となる。

 その落語が、観客と直接触れ合えないオンライン配信でどこまで成立するのか。素朴な疑問を今回ぶつけてみたのが、落語立川流真打の立川談慶師匠である。談慶氏はコロナ禍で寄席が営業自粛したのを機に、ユーチューブ、ZOOM、フェイスブックライブなどさまざまなツールを使って配信をスタートし、現在も試行錯誤を続けている。

 「自粛期間中は通常の落語会ができないので、苦肉の策でした。お客さんとの呼吸で演じることが許されない環境に自分が耐えられるか、という部分も含めてやってみようかと思ったんです」と語る。

 まずは、3月にユーチューブライブを始めてみたものの集客に苦戦。そこで活用したのが、以前からフォロワーの多かったフェイスブックを使った落語のライブ配信だ。観客の顔や笑い声こそ認識できないものの、コアなファンが多く「いいね!」などの反応が返ってくることで手ごたえを得た。参加費は一回1500~2000円程度で、今では貴重な副収入源になっているという。

 「リアルの場でやってきた人間がいきなり動画配信をやっても、士族の商法みたいなもので上手く行きません。それで、打てば響くフェイスブックの人間関係を使えないかと考えて、4月下旬くらいから始めたものが今では定着しました。やはり人間は日ごろから積み重ねていることしかできないですね」

 オンライン配信では、たとえばあえてカメラの位置を正面からずらして、見る側が表情をとらえやすくするといった工夫をしている。大事なのは観客がカメラの向こうで笑ってくれているはずだと信じる気持ちを強く持つことだという。

 「こればっかりは生には敵わないから、お客さんがいない状況でも信じられる人しか、これからは残れない時代になるでしょうね」

 一方、ZOOMを使った講演活動や落語会では、主に新規顧客の獲得を目的としている。

 「ZOOMでもお金は取っていますが、こちらは落語会だけでなく、コミュニケーション講座なども行っています。ZOOMは自分の顔を見ながらマンツーマンのような形になるから、人生相談みたいなこともできるかなと。ツールの特徴に応じて、目的やコンテンツを色分けしています」

立川談慶
オンラインでコミュニケーション講座なども配信

多様なチャネルに顧客を呼び込む

 ただ、やはりコロナ禍以前と比べれば収益状況は厳しい。

 「リアルの落語と講演という柱がなくなって、計算したら2月からの収入は8割減。ホントの8割オジサンですよ」と談慶氏は自嘲する。

 それでも過去の蓄積で食べていける大御所ならばともかく、大多数の落語家はこのコロナ禍で何もしなければ座して死を待つしかない。談慶氏がオンライン配信への移行を素早く決断、実行できたのは、以前から幅広い活動を続けてきたことが大きい。

 談慶氏は落語や講演以外にも、師匠である故・立川談志に関する本や、ビジネス関連本、教養本などの著書をこれまで16冊出版。筋トレマニアとしても知られ、関連のエッセイをメディアに執筆したり、フェイスブックやツイッターなどのSNSも駆使して精力的に発信を行っている。オンライン落語は、顧客にとってこれらさまざまなチャンネルへの出入り口になると捉えている。

 「本の読者は濃いファンになってくれますし、本を入り口に落語を聞いてくれるようになる人も増えています。逆にもともと落語のファンで、本を読んでいただけるようになったパターンもあります。コロナが収束しても、オンラインの取り組みは続けるつもりです」

 新たな取り組みに対して柔軟な姿勢は、立川談志が唱えていた「囃されたら踊れ」の精神から培われた。つまり、「頼まれた仕事は断らない」というスタンスだが、何を振られても踊るためには、日々の蓄積がなければ難しい。前述のように、同じ落語でも使用ツールによってコンテンツや見せ方を工夫するセンスは、日ごろから複数のSNSを使いこなす中で磨かれたものだ。

 「修行時代に談志から与えられた厳しい昇進基準を、アップデートさせてくれたのがコロナじゃないかと思うんですよ。仕事がなくなってどうしようじゃなくて、この時期に何をしていたかの差がコロナ明けに出てくるんじゃないでしょうか。

 自分は時間があるから吉川英治の『宮本武蔵』全8巻を2回読んだし、『男はつらいよ』も49作全部見たし、本も書いていました。お陰様で、8月以降は『安政5年江戸パンデミック』という作品など3冊が出版される予定で、9月からは小説の連載も始まります。

 小説の執筆は以前から担当編集者から勧められていてなかなか着手できずにいましたが、コロナがまるで無茶振りするマネージャーのみたいに『書け』と言ってきた感じです。強がりでもなんでもなく、これもコロナのお陰です」

立川談慶
オンライン配信はリアルの落語会や著書などさまざまなコンテンツの入り口に

オンライン配信で見えた落語の可能性

 現在、寄席は再開しているが、密状態を避けるため観客数が以前の1/3に制限され、採算は取れていない。恒例となっていた出版記念落語会も、客数を絞ってあらかじめサイン本を用意しておくなど、以前とは違う形で実施している。オンラインに活路を見出してはいるものの、こうした直接ファンと触れ合う場は絶対に必要だ。

 「赤字になっても落語会をやるのは半分意地みたいなものですけど、リアルとオンラインのそれぞれの良さを上手く生かしていきます」

 オンライン配信を始めたことによって、新たな落語の可能性を発見したとも談慶氏は語る。

 以前からカセットテープやCDで落語を聞く人々は一定数いた。古典落語は噺家の声のトーンや定型のストーリーをいかにアレンジするか、という部分に魅力を感じるファンが多いため、演者の動きが少なくても長時間視聴に耐えうるコンテンツと言える。ゆるく、ほのぼのとした笑いは、現代の風潮にマッチする部分もある。

 「コロナが明けたら、お客さん側も生で落語を聞きたい欲求が高まっていると思うので、そのときに自分がどんなコンテンツを持っているかが勝負です。昔ながらの落語を昔ながらのトーンでやるのか、そこに新しいものを放り込むのか、自分みたいに筋トレや本の執筆のような他の物を加えるのか。アフターコロナの時代は、落語家も自分の居場所がますます問われることになるでしょう」