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PS5発売で加速するソニーのリカーリングビジネス

ソニー吉田社長

ソニーにとって「プレイステーション」は単なるゲーム機ではない。「リカーリング」という継続的に課金するビジネスモデルはプレイステーションがあったからこそ可能になった。その最新鋭機「プレイステーション5」が間もなく発売される。ソニーにさらなる飛躍をもたらすのか。文=ジャーナリスト/安原 巧(『経済界』2020年12月号月号より加筆・転載)

PS5の低価格の理由とソニーの戦略

定価は4万~5万円、ネットでは100万円超も

 ソニー子会社でゲーム事業を手掛けるソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、11月に据え置き型の次世代ゲーム機「プレイステーション5」を発売する。

 9月に発表された価格は市場の予想を下回る。普及を優先し、ゲームソフトや有料の通信サービスで継続的な収益拡大を狙っているようだ。

 ソニーの吉田憲一郎会長兼社長CEOが重視してきた「リカーリング(継続型)」ビジネスの〝集大成〟ともいえる戦略だ。新型コロナウイルス感染拡大による巣ごもり需要を追い風に、プレイステーション4を上回る成功に導けるかが注目される。

 日本時間の9月17日未明に発表されたプレイステーション5の価格は、日本では3万9980~4万9980円、販売の主戦場となる米国では399・99~499・99ドルだった。高価格モデルには、ブルーレイ・ディスクの後継となるウルトラ・HD・ブルーレイ・ディスク対応の光学ディスク装置が搭載される。非搭載モデルはゲームソフトなどをダウンロードで購入する仕組みだ。

 この価格が伝わると、ツイッターやフェイスブックなどのSNSでは驚きの投稿が目立った。ツイッターでは「#PS5安すぎ」というタグ付きの投稿が幅広く共有されて盛り上がり、「トレンド入り」した。

 多くの消費者が、大幅な価格アップを予想した背景には、公開されているプレイステーション5の性能がある。映像表現では、物体への光の当たり方を個別にシミュレートすることにより、まるで現実世界のような陰影を再現。音響に関しては、例えばゲーム内の主人公がどの方向から攻撃を受けているかを音で表現するため、あらゆる方向から音が聞こえてくるような感覚を味わうことができるという。

 価格発表の翌18日に予約が解禁となり、獲得に向けた競争は過熱した。

 通販サイトや家電量販店がインターネットで受け付けを始めると、予約が殺到。通販サイトで20万~30万円の高値がついたことがニュースになった。米国のサイトでは日本円で100万円を超えたケースもあったという。任天堂がゲーム機「ニンテンドースイッチ」の転売問題に直面してきたように、ソニーも普及が一巡するまでは苦しめられる可能性がある。

ライバルに対するPS5の立ち位置

 プレイステーション5に不安要素がないわけではない。その筆頭が、強力なライバルの存在だ。日本ではソニーや任天堂の足元にも及ばないが、ゲーム機の主戦場である米国では健闘している米マイクロソフトの「Xボックス」の次世代機が投入される。同社も光学ドライブの有無で価格を分けるが、非搭載モデルの価格は299ドル(日本円で約3万2000円)と、プレイステーション5より低価格を打ち出した。

 もっとも、ゲーム機の売れ行きを左右するのは性能よりもソフトだ。この点、「4」の拡販に大成功したプレイステーション陣営に一日の長がある。

 SIEのサンタモニカスタジオは、アクションゲームのヒットシリーズ「ゴッド・オブ・ウォー」の新作を投入。「サードパーティ」と言われるソニー系以外の会社をみても、スクウェア・エニックスは「ファイナルファンタジー」シリーズの新作「ファイナルファンタジーXⅥ」をプレイステーション5向けに発売すると発表。カプコンも「バイオハザード」や「デビル・メイ・クライ」の最新作を投入するという。

 一見、驚きだったプレイステーション5の価格も、ソニーの戦略を見ていくと、〝必然〟だったともいえる。歴代のプレイステーションは、米国で400ドル未満に価格を設定し、普及を進めてきたからだ。

 そして、本体の価格を抑える必要性はインターネットの発達によって増してきた。プレイステーションを購入した消費者は、ゲームソフトだけでなく、インターネットを通したサービス全般に毎月、利用料を支払うようになったからだ。

 他のプレーヤーとの協力や対戦などを楽しむには欠かせない「プレイステーションプラス」は、業績に大きく貢献している。

巣ごもり消費が寄与しゲーム分野は大幅増益

 ソニーが8月に発表した2020年度第1四半期(20年4~6月期)決算では、ゲーム&ネットワークサービス分野の売上高は1486億円と、前年同期を32%上回った。

 同分野の営業利益は502億円で、増益率はなんと68%だ。ソニーはその理由にプレイステーションプラスの大幅な増収を挙げている。ソニーの十時裕樹副社長CFO(最高財務責任者)は「巣ごもりの影響が大きい」と強調した。

 新型コロナウイルスの感染拡大で自宅で過ごす機会が増え、消費者がインターネットを通じてゲームを楽しんだとみられる。ゲーム事業がけん引し、ソニーの連結純利益は53%増の2332億円と大幅な増益となった。

 プレイステーションプラスの利用料金は日本では月々850円(税込み)。しかし、プレイステーション4の世界での累計販売台数は1億1210万台(6月末)で、その数十パーセントが毎月、利用料を支払っていけば収益は大きく膨らむ。プレイステーション5がもたらすゲーム機の性能アップにより、インターネットを通して提供できるサービスの魅力がさらに高まるとみられる。

 プレイステーション4で大きく成功したこの戦略は、試行錯誤の中でたどり着いたソニーの到達点の一つともいえる。

 かつての「ウォークマン」に代表される斬新な商品が出せなくなったソニーは、09年度から14年度の間に5度も純損失を計上し、業績はどん底に陥った。こうした状況を立て直すために構造改革を推し進めたのが、ソニーのインターネットサービス部門、ソネットを成長させた吉田―十時のコンビだった。

 映画や音楽、金融を含め、多様な事業の集合体であることがソニーの強みでもあり、同時に弱点でもあった。家電やスマートフォンなど、一部の事業で巨額赤字を計上すれば、連結業績を大きく下押しするからだ。

ソニーのリカーリングビジネスとは

継続的な収益を重視

 多様性を維持しながら収益を安定させるために、吉田社長らが重視してきたのが、「繰り返し」を意味するリカーリングという形のビジネスだ。

 カメラ本体を売るだけでなく、交換するレンズを追加で買ってもらうなど、継続的な収益に着目。インターネットの発達で一気に広がったサブスクリプション(定額制)サービスもその一種だ。

 例えばソニーの映画「スパイダーマン」を上映するだけでなく、プレイステーション4でのゲーム化など関連商品を含むIP(知的財産)の継続的な活用がこれに当たる。ゲームと並ぶ収益の柱である画像センサーについても、マイクロソフトとAI(人工知能)を使った画像解析サービスを始めると発表し、リカーリングの手法を取り入れていく見通しだ。

モビリティにも食指を伸ばすソニー

 リカーリングビジネスの強化などでソニーは復活。17年度は、営業利益が20年ぶりに過去最高を更新した。将来への投資余力を増したソニーはどこへ行くのか。

 その答えの一つが今年1月、米ラスベガスで開かれた家電・IT見本市「CES」で示された。電気自動車(EV)の試作車「VISION-S」を公開したのだ。

 吉田社長は、「この10年間のメガトレンドはモバイル(携帯端末)だった。次の10年は『モビリティ(乗り物)』だ」と強調した。

 強みを持つ画像センサーは33個を搭載して自動運転に対応。全方向から音を感じられる360度オーディオなど、娯楽性にもこだわった。現時点で電気自動車を市販する予定はないというが、米国では専業メーカーのテスラが、既存の自動車メーカーにはない斬新な発想で新しいモビリティの時代を先導する。ソニーが全く新しい形でモビリティを主力事業の一つに育てる可能性も否定できない。

 そして、ソニーは来年4月、「ソニーグループ」に社名を変更する。ソニーグループは本社機能に特化し、傘下に祖業のエレクトロニクス事業をはじめ6つの事業会社を置く。金融持ち株会社のソニーフィナンシャルホールディングスは完全子会社化し、収益の安定性を高める。

 勢いをつけてソニーグループの門出を迎えるためにも、プレイステーション5のスタートダッシュの成否は、ゲーム事業の収益拡大以上の意味を持ちそうだ。