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菅内閣の顔触れに見えた権力掌握への執念

菅義偉内閣が発足した。閣僚の顔触れは安倍前政権からの横滑りが目立ち、派閥均衡を意識したものとの見方が大勢を占めるが、実は長期政権をもくろむしたたかさがにじみ出ている。今回の組閣人事のポイントについて解説する。文=ジャーナリスト/鈴木哲夫(『経済界』2020年12月号より加筆・転載)

人事を掌握しようとしていた菅氏

 そんなことを考えているのかと驚いたのを忘れない。

 「内閣人事局をやりたい」

 2012年12月、第2次安倍政権発足直後に官房長官に就任した菅義偉氏にまず何をやりたいかを聞いたところ、即座に返ってきた答えがそれだった。私は政策を尋ねたつもりだったのだが、菅氏は幹部官僚人事を牛耳る人事局制度を最優先に考えていたのだ。

 菅氏は「官僚人事を握れば官邸主導をやれる。霞が関の縦割りや既得権は簡単には壊せない。安倍政権の政策を実行し政権を守るためには官僚をグリップしておかなければならない」とも語り、人事局を2年後に作り上げた。

 菅氏の政治手法は官僚組織をコントロールして権力を維持し、政策を実現していくものだ。筋金入りだ。今回の組閣では目立っていないが実はそうした権力の掌握への執念が垣間見える。

 それは、決して安倍前政権退陣後のワンポイントリリーフなどではなく、明らかに「長期政権」を狙ったものでもある。菅内閣の顔触れを見てみると、やはりほとんどが安倍前政権からの横滑りが目立つ。

 「菅政権は、安倍1強政権で権力を共有してきた面々がそのまま移行しようという内閣。菅氏を推薦した5派閥、麻生派、細田派、竹下派、二階派、石原派の狙いはそこ。新内閣と言っても、麻生太郎副総理兼財務相、細田派からは西村康稔経済再生担当相や萩生田光一文科相、竹下派は茂木敏充外相らはみんな留任。二階派はどうしても入閣させたい平沢勝栄氏を押し込んだりした。安倍政権で中枢の権力を握ってきた彼らが、トップが代わってもそのまま横滑りで要職におさまっているということだ。菅氏も、首相にしてくれた以上彼らを留任させるしかなかったのだろう」(自民党ベテラン議員)

 自民党4役もそうだ。菅氏を早々に支持し、首相への流れを作った二階俊博氏はもちろん幹事長留任。そのほかの下村博文政調会長は細田派、佐藤勉総務会長は麻生派、山口泰明選対委員長は竹下派など推してくれた派閥に均等に当てた。

 二階幹事長は「論功行賞人事ではない。適材適所だ」と記者会見で強調したが、世代交代を訴える自民党の若手議員からは「明らかに派閥均衡。菅さんの政策的な指向や選挙態勢を考えた人選ではない」と皮肉が聞こえる。

 「これからもこうやって各派閥や党内の実力者に気を使っていかなければならないのだろうか。自由が利かない政権運営になるとすれば菅さんも不幸だ」(菅グループ中堅議員)

法務・警察を押さえて強い権力基盤を確立

 ところが、一見この窮屈に見える環境など菅氏は全く意に介していないのだ。内閣の顔触れをよく見ると、菅氏の相当なしたたかさが見えてくる。それは、恐ろしいほどの権力掌握術と言ってもいい。

 かつて小泉政権下で官邸にいた官僚OBがこう話した。

 「今度の菅新内閣で私の目にとまったのは上川陽子法相と小此木八郎国家公安委員長の2人です。ああ、菅首相はそこまでやるのかと背筋がぞっとしました」

 この上川・小此木両氏は、全く同じ大臣職で17年の安倍政権で入閣した。当時「菅人事」と言われた。上川氏は岸田派ながら「菅氏に近い」(岸田派幹部)とされ、もう1人の小此木氏は、菅氏がその父の小此木彦三郎氏の秘書だったこともありこれもまた菅氏に近い。小此木氏は今回の総裁選でも菅陣営の中心的役割を果たした。

 17年の2人の入閣は、菅氏が官房長官として安倍政権の維持と危機管理のために、信頼できる2人を法務・警察に据えて、これを押さえるためだった。法務・警察を押さえる重要性について前出官僚OBは言う。

 「権力を安定させるためには検察(法務省)と警察(国家公安委)という捜査機関を押さえておくことが極めて大事なんです。また、検察と警察には常にあらゆる情報が入ってきますが、それらはありとあらゆる危機管理の場面で使えます。検察による政界ルートの事件も上司は上川氏ですからね。また、菅首相はインバウンドを増やそうと一生懸命やっていますがビザなど出入国の管轄は法務省。これも上川さんを就けたことで緩和などを進めるはずです」

 そして、上川・小此木両氏を再び同職に登用した背景について。

「菅氏が権力維持に本気だということ。それはつまり菅氏がいろんな派閥などに気を遣うどころか、ますます権力を掌握し長期政権を目指していることの証明と見ていいでしょう」(前出官僚OB)

菅政権の実像は長期独裁志向か

 また内閣人事局については、過度に官僚の人事を握ることで、逆にこれにおびえる官僚たちが官邸を忖度するという弊害が生まれた。モリカケ問題や公文書の破棄などがそうだ。

 だが、菅氏はそうした批判に対しても総裁選のテレビ討論やインタビューで「制度は見直さない」、「言うことを聞かない場合は異動させる」などと改めて明言した。一歩も引くつもりはない。

 官僚を脅す手段は、今回の組閣で河野太郎氏を行革担当相に任命したこともその一つである。

 「菅さんは昔から『同期では河野氏は総理候補』と話すなど関係はいい。何事にも遠慮せずに切り込んでいくその河野氏を、菅内閣の一丁目一番地の、官僚政治、縦割り行政の打破の担当相にしたということは、官僚への脅しだ。官僚は怖いはずだ」(菅氏に近い自民党無派閥議員)

 留任が目立つ組閣と思いきや、そこでは再び法務・警察を押さえ込み、人事局を機能させ、河野氏の官僚に切り込む行動力も前面に出して権力集中と掌握をはかる菅新首相。

 「党務は二階さんに任せておけばいい、留任を望む人はそれでいいぐらいの割り切りだろう。しかし、その実像は長期の独裁政権を目指す以外の何物でもない」(自民党ベテラン議員)

 この国の形や外交など、菅首相の国家観についてのメッセージはまだ不十分だ。携帯電話料金の値下げや地方銀行の再編、中小企業の再編、IR推進やインバウンド、外国人労働者受け入れ問題など個々の政策は注目だが、やはりその先にどんな国家像があるのか首相として語るべきである。

 また、政権基盤を強化するためには、菅首相自らの手で解散を打ち、選挙で勝利することが不可欠。内閣支持率が高いうちの解散ならば年内という線は十分にある。

 単なる継承ではない「極めてしたたかな内閣」のスタートである。