媒体資料
経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

星野リゾートが危機を突破した「犠牲の明確化」とは

星野リゾートも新型コロナ感染症拡大のあおりを受け、4月から業績は一気に落ち込んだ。しかし予想を上回るスピードで回復し、8月には黒字転換したという。その背景には、素早くマイクロツーリズムを打ち出した瞬発力と、この危機を乗り越えるために何を犠牲にするか、いち早く明確にした星野佳路代表の采配があった。聞き手=唐島明子 Photo=山内信也(『経済界』2021年1月号より加筆・転載)

星野佳路・星野リゾート代表プロフィール

星野佳路
(ほしの・よしはる)1960年、長野県軽井沢町生まれ。83年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任し、ビジネスモデルを運営サービスの提供へ転換。現在はラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に、国内外45カ所の施設を運営している。

星野リゾートは新型コロナ環境をどう乗り切ったか

新型コロナによる宿泊状況の変化

―― 新型コロナ感染症が拡大してから、星野リゾートが運営している施設の予約状況はいかがですか。

星野 業績が一番落ち込んだのは4月、5月で、緊急事態宣言が出た4月1週目はキャンセルのピークが来ました。その後は、意外にも緊急事態宣言が延長になった5月初旬から夏の予約が入りはじめ、6月から少しずつ回復傾向になり、予想より早く8月から黒字転換し始めました。Go To キャンペーンの効果で来年1月までは予約が詰まっていますので、非常に良い状態を維持できる見込みです。

―― 星野リゾートは全国各地で施設を運営していますが、地域によって回復状況は異なりますか。

星野 東京と北海道は回復が遅れました。それから今でも課題として残っているのは都市の需要です。都市はビジネス客とインバウンド客に依存していましたが、両方とも需要はまだ戻っていません。それに対して、温泉地や観光地などのリゾート需要は回復しています。

 リゾート需要が強い理由は、リゾート地への旅行は宿泊することが目的の「デスティネーション型」であり、「温泉に入る」「観光する」「食事しながらゆっくりする」ことが旅の動機になっているからです。

 一方の都市へ旅行する人の場合は、宿泊そのものが目的ではなく、「野球を見る」「観劇する」「展示会に行く」など、宿泊とは別に目的が存在しますが、新型コロナでそれが消滅してしまいました。野球観戦も5千人まで、コンサートや舞台、展示会は中止となると、宿泊する用事がなくなってしまい、需要がなかなか戻ってこないという状況です。

マイクロツーリズムの魅力で早期の黒字転換を実現

―― 8月に黒字転換し始めたということですが、そこでは星野リゾートのブランド力が威力を発揮したのでしょうか。どう分析していますか。

星野 ブランド力も大事だとは思いますが、それよりもマイクロツーリズムの魅力、少人数による自宅から1、2時間圏内の旅行の魅力を素早く打ち出したところにあると考えています。

 マイクロツーリズムへのお客さまの反応は非常に良く、業績回復の中でもマイクロツーリズムがかなりの割合を占めています。京都の嵐山にある「星のや京都」では、昨年8月は稼働率の9・4%がマイクロツーリズムでしたが、今年8月は39・9%まで伸びていて、消滅してしまったインバウンド需要を補っています。

―― 星野リゾートでは、以前から地元の魅力を生かす取り組みをしていました。マイクロツーリズムとつながりますか。

星野 ところが、その地元の魅力は、地元の方には通用しないんです。「奥入瀬渓流のダイナミックな川の流れ」とアピールしても、「そんなもの子どものころから見ている」と、地元の方には響きません。浜松の方にウナギを出しても、日常的に食べていますからそんなに喜んでいただけませんよね。

 マイクロツーリズムでは、地元の方に興味を持ってもらえるように工夫する必要があります。地元の食材を使いながら、地元の人たちが知らない食べ方を紹介するなど、新しい発見ができるようにしています。

 私たちが青森で運営している青森屋では、マイクロツーリズムとして、2階建てのオープントップのバスで奥入瀬渓流沿いを走行する「渓流オープンバスツアー」を始めました。奥入瀬渓流を観光したことがある地元の方でも、風に吹かれながら森林の中を走り抜けるという一味違う奥入瀬渓流を体感できますので、「オープンバスなら乗ってみたい」と仰る方もいます。

―― リモートワーク用の長期宿泊プランも出しています。お客さまの反応はいかがですか。

星野 それなりにありますが、その他の需要のほうが多いです。ただ、リモートワークはアフターコロナにも残るだろうし、新型コロナで始まった新しい生活様式の中でも、観光需要に一番影響を与えるものだと考えています。リモートワークではどのようなニーズがあるか、これからもノウハウを蓄積していきます。

―― マイクロツーリズムはアフターコロナに残りそうですか。

星野 新型コロナの前にも需要の危機は結構ありました。リーマンショック、東日本大震災、原発事故など。100年に1度起こるような危機が実際には5〜6年に1度起きています。その度ごとにマイクロツーリズムはある程度大事になると思いますので、次の危機やオフシーズン対策としても大事にしていきます。

星野リゾート
奥入瀬渓流沿いのオープンバスツアー(星野リゾート提供)

危機では長期視点から短期視点へ優先順位が変わる

―― 星野代表はコロナ禍について、「経営理論の正しい姿が通用しない危機」と語っています。具体的にはどのような危機ですか。

星野 普段、私自身は長期視点のマーケティング戦略を大切にしていて、持続可能な競争力戦略を実践していますし、どの経営理論でもそこを重視し、短期よりも長期を大事にします。

 しかし、危機が来た時にはその優先順位を変えなければなりません。長期視点から短期視点に切り替える。長期でやろうとしていたことをいったん棚上げし、短期を重視していくことが重要になります。

コロナ環境下での基本3大方針とは

 私は4月1週に、「コロナ新環境下 基本3大方針」を出しました。1つめは「現金を掴み離さない」、2つめは「人材を維持し復活に備える」、3つめは「CS(顧客満足度)・ブランド戦略の優先順位を下げる」です。

―― どうしてこれらを基本3大方針として掲げたのでしょうか。

星野 まず、現金の流動性は非常に大切で、現金がなくなるから倒産してしまうわけです。そこで「現金を掴んだら離すな!」「事務的に支払いはするな!」と。すべての支払いの前に「なぜ支払う必要があるのか」「支払わなかったらどうなるか」を考え、必要なものにのみ支払うということです。

 2つめとして「人材を維持して復活に備える」を挙げたのは、コロナ期に失った利益は戻ってきませんが、大事なことはコロナが終わった時の復活の速さだからです。特にサービス産業では人材を失っていては復活できません。人材は育てるのに10年はかかりますから、人材を維持したままこの危機を乗り越えることを目標にしました。

 3つめは犠牲にするものを明確にしたということです。私たちはこれまで、CSの維持・向上もブランド戦略も妥協せずに取り組んできましたが、この危機においてはCSとブランド戦略を犠牲にしてしまおうと決断しました。そうするとスタッフは動きやすくなり、CSやブランド戦略にかかっていたコストも節約できます。

―― スタッフの皆さんの動き方は変わりましたか。

星野 かなり変わりました。犠牲を明確にしたことがポイントです。従来の方針をそのまま維持しながら、なおかつコストを削減し、現金を維持することはできません。しかし、犠牲にしていいものが分かっていれば、一気に動きやすくなります。

 どんな戦略にもトレードオフがあります。「全部うまくやれ」と言っても、成果は出ません。現預金の残高の減りを抑えて倒産の危機を乗り越えるために、何を犠牲にしていいか。それをいち早く明確にするのは経営者の仕事であり、社内では私にしかできない仕事だと思っています。

コロナ後の星野リゾートの展開

Go Toは必要だが継続なら制度設計の改良を

―― Go To トラベル事業について、どう評価していますか。

星野 Go To トラベルは観光産業全体にとっては必要だと考えています。観光産業は日本で5番目に大きく、28兆円の市場規模があります。地方の中小企業も多く存在しますので、雇用も含めて業界全体を支援することは非常に大事なことです。

 ただ、もしGo Toを来年以降も継続するのであれば、制度設計を微調整していくことが求められると思います。制度設計がされた3月時点では新型コロナについて分からないことがたくさんあり、三密回避が提唱される前でしたが、今では三密回避は安心・安全な観光には欠かせないことが分かっています。

 三密回避しやすい観光地にするには、とにかく観光地が〝密〟になるのを防ぐことが必要です。観光地には、土曜日や正月、ゴールデンウィークなど、密になりやすい繁忙日と、平日の閑散日があります。

 何もしなくても需要があり、なおかつ密になりやすい繁忙日を、閑散日と同じ割引率でサポートするのは経済対策として果たして意味があることなのか。三密を回避しながら観光需要を維持するには、平日だけGo Toでサポートしたり、正月やゴールデンウィークはGo Toの対象外にしたりすることが、大きくプラスになると思います。

コロナ終息後を見据え一気に回復できる体制で準備

―― アフターコロナを見据え、今後の事業運営では何に注力していこうと考えていますか。

星野 まずコロナ終息とともに一気に復活できるよう、引き続き人材はしっかりと維持したいと考えています。雇用調整助成金で補ったりしながら、帰休しているスタッフにも休業手当を100%出していますし、12月の賞与もフルで出す予定です。

 また、開業を控えている施設は、予定通り開業させます。ファンドや投資家、オーナーがいますので、その方々がしっかりと収益を回収できるように準備します。

 そして、緊急事態宣言がもう一度出ることはないだろうと見ていますが、第3波には備えておく必要があります。経済と感染防止をどう両立させるか。その視点では何といっても三密回避です。

 コロナが終息するまで、今日着ている「三密回避」のTシャツもしっかり洗濯しながら使います(笑)。