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民間ロケットが宇宙へ行く米国と民間旅客機が飛ばない日本の違い

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 現在、宇宙に滞在する野口聡一氏を運んだのは米ベンチャーが開発した「クルードラゴン」で、会社設立からわずか18年での快挙だった。翻って日本では、ベンチャーによる宇宙開発は遅々として進まず、大企業によるジェット旅客機事業まで頓挫した。この差はどこに起因するのか。文=ジャーナリスト/立町次男(『経済界』2021年2月号より加筆・転載)

スペースXの快挙が拓いた民間主導の宇宙ビジネスの可能性

民間の有人宇宙船として初の偉業

  2020年11月15日(現地時間)、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから民間宇宙船「クルードラゴン」が打ち上げられた。

 日本では宇宙飛行士の野口聡一氏に注目が集まったが、今回の打ち上げの意義は何といっても、宇宙を商業利用する時代の幕開けということだ。そして、それを実現したのは、電気自動車メーカー、テスラのCEO(最高経営責任者)として知られるイーロン・マスク氏が共同設立したベンチャー企業「スペースX」だった。

 日本でも実業家の堀江貴文氏らがロケット打ち上げに乗り出しているが、宇宙関連ビジネスで米国に大きな差をつけられているのが現状だ。「GAFA」と言われるIT大手に続き、宇宙ビジネスでも米国勢に独走を許せば、日米の経済力の差がさらに開きかねない。

 3度目の宇宙に飛び立った野口氏を含む4人の宇宙飛行士は国際宇宙ステーション(ISS)に半年間滞在する予定だ。ISSへのドッキングを成功させたクルードラゴンは、スペースXが米航空宇宙局(NASA)の支援を受けて開発した。民間企業が開発を主導した有人宇宙船のISSへの接続は初めてになる。

民間主導の宇宙ビジネスとは

 民間主導の宇宙ビジネスとは何か。将来的な可能性はさまざまな方向に広がるとみられるが、当面は機体を所有・運用するスペースXが、富裕層に宇宙旅行を提供する事業が考えられる。

 今回、宇宙船に搭乗したのは宇宙飛行士だけだが、スペースXはNASAと契約している座席以外は他の顧客に販売できるという。クルードラゴンには7人まで搭乗できるが、NASAが使うのは最も多くても4人分。残りは宇宙旅行者に販売できる状況だ。

 現在は1人当たりの打ち上げ費用は日本円で57億円、ISSへの滞在は1日当たり365万円かかるという。高額なうえに訓練を受けるなどの必要があるが、富裕層の中には十分に、宇宙旅行の需要がありそうだ。

 現に、ISSより遠い月への周回旅行に関して、ZOZOの創業者、前澤友作氏は2023年にスペースXの宇宙飛行船に乗ると表明している。スペースXとともにNASAと契約した米ボーイング社の有人宇宙船開発も進んでおり、宇宙というフロンティアをめぐる競争が激しくなっていくのは確実だ。これに伴い、コストも徐々に下がり、消費者にも利用しやすくなっていくと考えられる。

 ISSに担当者が滞在しながら、宇宙開発に必要な技術や製品をメーカーが研究開発することも考えられる。また、米俳優のトム・クルーズ氏がISSで映画を撮影するという構想を公表しているように、エンターテインメントビジネスも想定される。

イーロン・マスクはいかに宇宙ビジネスを育ててきたか

スペースXを躍進させた技術の蓄積

 将来有望なビジネスのメインプレーヤーとして躍り出たスペースX。現時点での成功への道のりは、マスク氏の実行力を抜きには語れない。

 マスク氏は大学生の時に、「インターネット」「クリーンエネルギー」「宇宙」が、今後の世界を大きく変えると直感。経営陣同士の対立で00年に米決済大手ペイパルを追われると、火星への人類の移住を視野に、ロボット探査の実現を模索した。ロケットの開発を目指し、02年にスペースXを設立。ロサンゼルス市郊外の倉庫で事業を始めた。

 同社は08年、4度目の打ち上げで初めて成功する。資金調達の天才と言えるマスク氏だが、過去の失敗で資金は尽きかけていたという。

 当時のロケットは、1回限りの使い捨てが常識だったが、マスク氏は創業当初から、同じロケットを繰り返し使うことを基本思想に据えるなど、将来の事業拡大を強く意識して研究開発を推進した。

 この再利用技術の蓄積がその後のスペースXの躍進につながる。構造が簡単なカプセル型の採用でもコストを圧縮したほか、操作盤も使いやすいタッチパネル式にした。

 一方で、公的な予算を使うため失敗の回避を優先するNASAとは異なり、民間企業であるスペースXは、失敗を恐れずに何度も試作と改良を繰り返し、技術力は目覚ましく向上した。

 その過程でロケットなどが爆発してしまったこともあるが、同社はそうした動画をインターネットにアップ。宣伝効果とともに、一定の資金調達手段として活用するしたたかさがある。

 本格運用に先んじて20年6月、クルードラゴンの打ち上げに成功。米国の有人宇宙飛行は11年7月のスペースシャトルの退役以来9年ぶりだった。トランプ大統領は演説で「米国の希望の新たな時代が始まった」と賞賛した。

マスク氏が実行力を発揮できた理由

 マスク氏が行動力を発揮できた背景には、企業経営者の自由な発想の実現に適した米国社会が持つ環境もある。

 ケネディ大統領の計画が実を結び、1969年に米国はアポロ11号で月面に初めて人類を上陸させた。だが、宇宙開発競争は米国と旧ソ連の冷戦の一環でもあったため、ソ連崩壊後は米国もトーンダウン。高コストのスペースシャトルを使わなくなった米国はその後、打ち上げをロシアの宇宙船「ソユーズ」に頼ってきた。

 だが、独占市場となったことでコストは膨らんだうえ、ロシアに頼ることは外交関係の悪化リスクも抱えることになる。NASAは2019年に策定した方針で、ISSの商業利用を解禁した。

 有人月探査計画「アルテミス」でも、月面着陸機の開発をスペースXや、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が率いるブルー・オリジン、防衛宇宙企業ダインティックスという民間企業3社に競わせている。各社のチームにNASAの職員が合流。NASAを辞めて新興の宇宙開発会社に入る技術者も多く、ビジネス向けの技術力が急速に上がる要因の一つとなっているようだ。

 翻って日本はどうか。ロケットでは、堀江氏がベンチャー企業、インターステラテクノロジズを創業。数度の失敗を経て、日本の民間ロケットとして、初めて宇宙空間に到達させた。もっとも、同社は既に成熟した技術を活用し、安価にロケットを飛ばしてビジネスを拡大しようとしており、スペースXと比較する対象としては不適当だ。

 マスク氏も堀江氏も、その言動に注目が集まる事業家という点は共通しているが、ライブドア事件でつまずいた堀江氏に対し、マスク氏は、トヨタ自動車を時価総額で上回るテスラのCEOだ。それぞれの事情や個人の資質もあるとはいえ、トリックスターのようにみられる起業家が成否を分けた要因の一つに、日米の環境の違いがあることは否定できない。

米国の宇宙ビジネスとの比較で見える日本の問題点

 宇宙ではないが、日本では大企業の航空機開発も挫折している。三菱重工業が08年に開発を始めた三菱リージョナルジェット(現三菱スペースジェット)は、プロペラ機「YS11」以来、半世紀ぶりの国産旅客機として注目を集めてきた。

 しかし、初号機の納入を目指した13年から延期を繰り返した。米国での型式証明取得も思うようにいかず、20年10月30日、事業の事実上の凍結方針を発表した。

 凍結に至った直接の契機は、新型コロナウイルスの感染拡大による航空需要の激減だったが、その前から開発は難航していた。

 その背景にはさまざまな要因があるが、一つには日本人と外国人の技術者の不協和音があったようだ。開発の過程で外国人技術者が大量に採用され、日本人側には不満が募ったという。言語の違いもあり、現場のコミュニケ?ションがうまくいかなくなったとされる。

 こうした国籍の違う技術者の交流も、もともと多様な人種で構成されている米国との違いは大きい。日本企業もダイバーシティを掲げ、多様な人材を抱えてイノベーションを起こそうとしているが、社会の成り立ちの違いもあり、米国には遠く及ばない状況だ。マスク氏は南アフリカ人の父を持ち、少年期に同国で取られていた人種差別政策「アパルトヘイト」を嫌って米国に移住したという。

 また、もともとスペースジェットの開発が始まったのは経済産業省の肝いりだった。「日の丸ジェット」と囃され、日本のものづくりの復権が期待されたが、今振り返ると、民間企業の自由な発想から生まれたものではない官主導プロジェクトの弱さが出たともいえる。

 米国の宇宙開発でも、NASAが競争入札を避け、NASA出身者がいる企業と随意契約するなどの問題があった。しかし、マスク氏がその不公平さを批判し、世論を味方につけて競争原理の導入を強く求めると、その流れも変わってきたという。政府系の機関に公然と逆らう経営者は滅多に出ない日本とは大違いだ。

 テスラやスペースXのようなベンチャー企業に対しても、将来性が大きいとみれば、巨額の資金の投資に躊躇しない投資家が多いことも、米国の強みだ。スペースXの台頭も、グーグル(アルファベット)、アップル、フェイスブック、アマゾンの4社に代表される巨大IT企業が〝覇権〟を打ち立てたのも、新しい企業を育てる環境が整備されていることの証左といえる。

 もちろん、米国にも今回の大統領選でみられたように、人種差別や国民意識の分断といった大きな問題点がある。それでも、民間企業の自由な発想を重んじ、政府もそれを邪魔しないという点では日本が学ぶべき点は多いといえるだろう。 

 日本政府が6月に閣議決定した新しい宇宙基本計画は、国内の宇宙機器産業の遅れが目立つことを指摘した。民間企業がもっと宇宙関連ビジネスを展開しやすい環境整備を急ぐ必要がある。また、NASAのようにJAXA(宇宙航空研究開発機構)も民間企業に積極的に協力し、人材を供給できるような仕組みづくりも重要だ。