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「米大統領選後に日本が進むべき道とは」―寺島実郎(日本総合研究所会長)

寺島実郎

新型コロナウイルスの世界的流行、米中対立の激化など、例年にも増して緊張感の高まった2020年の国際情勢。そうした中、日本では菅義偉内閣が発足し、新政権が国際社会にどう向き合うかが問われている。米大統領選挙の開票作業真っただ中、政治、経済の両面で日本が目指すべき方向性について、日本総合研究所会長の寺島実郎氏に聞いた。(本インタビューは2020年11月4日に実施した)聞き手=吉田 浩 Photo=山田朋和(『経済界』2021年2月号より加筆・転載)

寺島実郎・日本総合研究所会長プロフィール

寺島実郎
(てらしま・じつろう)1947年生まれ、北海道出身。73年早稲田大学大学院政治経済学研究科修士課程修了、三井物産に入社。米国三井物産ワシントン事務局長、三井物産業務部総合情報室長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長などを歴任。2009年多摩大学学長、16年一般財団法人日本総合研究所会長に就任。

米中対立のまっただ中で日本が果たすべき役割

米大統領選挙が日本に及ぼす影響

―― 米大統領選挙の結果がいよいよ出そうですが、日本にはどのような影響があるでしょうか。

寺島 まず考えなければいけないのは、次期大統領がトランプ氏になろうがバイデン氏になろうが、日本が「どうなるか」ではなく「どうするべきか」という視点を持つことです。米中対立の中で大統領選挙が行われているわけですが、日本としては米国と中国に向き合うための基本的なファクトを押さえておく必要があります。

―― 基本的なファクトとは。

寺島 新型コロナ禍まっただ中の2020年1~8月、日本の対米貿易額のシェアがそれまでの15%台から14・6%まで落ちた一方、香港、マカオを含む対中貿易の比率が26・0%になりました。コロナ禍を先に抜け出した中国との貿易が徐々に増えています。数字に表れているように、日本経済は中国との貿易を増やしながら生き延びようとしていることが分かります。

 その一方で、政治面では日米同盟の強化によって対中国の問題に向き合おうとしています。政経分離という言葉がありますが、政治を上部構造、経済を下部構造とするなら、日本の現状は上部構造と下部構造が食い違ってきているわけです。経済の実態は中国との貿易で生き延びようとしている構造がはっきりしているのに、政治の力学においては米国との同盟を強化して中国を封じ込めようとしています。

 この米中二極論に吸い寄せられてしまえば、日本の選択肢は議論する余地もなくなってしまいます。これまでの米国との同盟関係を考えると中国と連携して米国と向き合うような選択はあり得ないので、米国との連携を強化する流れに傾いていくでしょう。しかし、ここで考えるべきは、米中対立を制御しながら日本の役割を果たしていくという方向に視点を向けることです。

―― 新たな視点とは。

寺島 強権化する中国の危険性について世界の意識が向き始めて、「脱中国」の空気が世界を取り巻いています。19年10月に開かれた中国共産党第19期中央委員会の第5回全体会議(5中全会)で見えたのは、習近平が第三期に入り、毛沢東化と言われるほどの強権化に動いていることです。香港の問題に象徴されるように、こうした動きに最も警戒心と嫌悪感を抱いているのは、世界中に約7千万人おり、そのうち東南アジアに3300万人いると言われている在外の華人や華僑です。

 これまでは中国の成長を支える側にいたこれらの人々が、習首席の個人崇拝や強権化に失望を感じるとともに、世界中の投資家や経済人が中国への過剰依存の危険性を意識し始めています。そのため、日本も中国への過剰な依存より、中国を除くアジアとの関係強化が重要になってきています。中国を除くアジアとの貿易額シェアは27・9%にまで達し、日本にとってますます重要になっています。

日本の外交構想力が試される

―― 日本は具体的にどう行動するべきでしょうか。

寺島 米中対立によって引き裂かれたくないASEAN諸国からは、日本の役割に対する期待感が高まっています。

 それは、安定して成熟した民主主義国家として存在してほしいという期待感と、日本の非核平和主義に対する期待感です。例えば、ASEAN10カ国のうち9カ国が国連の核兵器禁止条約にコミットしていますが、米国との関係に気兼ねしてそこに参加しない日本に対して疑問を持っています。本来は民主主義と非核平和主義を掲げている国として、日本が中国とは一味も二味も違うところを見せていくことが求められているのです。さらに、高い技術を持つ産業国家としての日本への期待もあります。

 これは何も米国との同盟関係を解消せよというような話ではなく、米国に過剰依存することなく、例えばアジアから米国を孤立させないための役割を果たすなど、成熟した日米関係に向けて前に一歩出るということです。

 その意味で、今度の米大統領選挙の結果いかんにかかわらず、単純に日米同盟の強化の方向だけに進むべきではありません。強化ではなく進化させることが必要だと思います。日本の新しい外交構想力が試される局面に入ってきているのです。

寺島実郎
「日本の新しい外交構想力が試される局面に入ってきた」と語る寺島氏

大統領選後の米国と日本の指針

エネルギー政策の変更が重要なポイントの1つに

―― 仮にバイデン氏が勝利した場合、大きな変化はあるでしょうか。

寺島 大きく変わることのひとつは、米国のエネルギー政策です。公約に掲げているとおり政権のスタートと同時に米国がパリ協定に復帰すれば、石油から自然エネルギー重視へと政策の基軸が大きく変わることになります。

 菅政権は50年にCO2排出量をゼロにすると言っていますが、背景には当面は石油に頼りつつ原子力発電を生かしきるという考えがあります。しかし、米国のエネルギー政策の基軸がどう変わるかによって、日本の政策も大きく変わっていきます。

 今や米国は世界一の産油国であり、世界一のLNG産出国となっている化石燃料国家ですが、これが転換するとなると日本の対中東政策にも関わってきます。大統領がバイデン氏になったら、エネルギー政策のパラダイムをどう変えていくかがポイントになるでしょう。

―― 日本にとって、バイデン氏のほうがやりやすいわけではないということでしょうか。

寺島 トランプ大統領のほうが現状の延長線上にあり対応しやすいという見方もあります。

 ただし、これまで日本はトランプ政権に過剰に同調して、苦々しく思いながらも防衛装備品の購入やカジノを含む統合型リゾート施設(IR)導入などに対して最大限の配慮をしてきたわけですが、これからは自立自尊をかけて主張すべき論点を真剣に考えておかないと、ずっと押しまくられることになるでしょう。

 トランプ政権が継続した場合でも、どんな覚悟を持って日本の主張を組み入れていくかが問われます。先ほど述べた通り、日本にとってどちらが良いという話ではなく、日本がどういう覚悟を持って向き合うかの問題なのです。

日本が外交構想力を発揮できない理由

―― 菅政権は今のところ携帯電話料金の値下げや印鑑廃止などの政策は目立つものの、大局的な国家観のようなものが見えてきませんね。

寺島 日本の政治の欠点は、ポピュリズムに走って国民が拍手を送りそうなところに話題が集中するばかりで、外交構想力を含めて国家がどういう方向に進んでいくかという議論が与野党ともに不足しているところです。

 その背景には、日本経済の埋没があります。平成が始まったころ、世界GDPに占める日本の比率は16%でしたが、平成の終わりには6%にまで落ちました。このまま何もしなければ、25年には4%にまで落ちる見込みです。そうした埋没感の中で、内向きのことにしか国民は関心がなくなっており、世界の中で日本が果たす役割などと話しても実感が湧きません。

 そんなことよりも携帯電話の料金が下がれば嬉しいといった方向に、リーダーも国民も埋没し始めています。危機感の欠如は、現在の株高にも表れていると言えるでしょう。

「国民の安心・安全」の観点で産業を育成する

―― 経済成長に関しては、以前から観光産業の強化を主張されていたと思いますが、コロナ禍で当面は厳しい環境になってしまいました。今後日本は何に力を入れていくべきでしょうか。

寺島 日本の今後の成長戦略を問い掛けられているのが、今回のコロナ禍だと思います。今まではとにかくインバウンドを増やして、観光を産業力の基盤の1つにするという狙いがありましたが、コロナによって人の移動が一気に制約されるようになってしまいました。

 では、今後どうするかということですが、私が率いる日本総合研究所では今、医師会、歯科医師会、土木学会などと、医療・防災産業の基盤強化のためのプロジェクトに取り組んでいます。マスク、防護服、人工呼吸器のような医療を支える基幹資材について、日本はいつの間にか海外に依存する国になっていました。また、ここ数年は台風、水害、地震といった自然災害で日本は大きな被害を受けています。

 そこで医療・防災力を高めるための産業を日本に蘇生していこうという考えの下、日本総研がコーディネーターとなり、全国の道の駅に防災拠点を作るプロジェクトを始めています。移動可能なコンテナを使って、PCR検査や医療を行う医療ユニット、医療資材や防災関連品を備蓄するユニット、カプセルホテルのような住居ユニットなどを作り上げる試みで、埼玉県で最初のトライアルを行う方向で動いています。

 今までは日本を豊かにする産業プロジェクトを推進してきましたが、これからは「国民の安心・安全」という観点から幸福を実現するための産業を生み出すという方向に発想を変えていく必要があります。

―― 医療、防災以外にも強化するべき産業はありますか。

寺島 日本人にとって最大の安心・安全は食料です。日本はこれまで産業力で外貨を稼いで、食料を海外から買う構造を作ってきましたが、これからは基幹産業で培った技術を注入してでも、食料自給率を高めていく戦略を取るべきでしょう。日本の食料自給率は37%まで落ちていますが、先進国の中でもここまで食料を外国に依存している国はありません。

インバウンドを強化するなら、これら医療・防災産業や食料自給率の向上といったプロジェクトを推進する国として、例えば産業ツーリズムに力を入れるべきではないでしょうか。とにかく観光客の数を増やせばいいという発想から、日本の産業実験を視察に来るような人々がもっと増えるようにするなど、中身を進化させることが求められます。