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「ウルトラマンへの情熱」を継承できなかった一族の無念-円谷英明(円谷プロダクション元社長)

円谷英明氏

 「特撮の神様」と呼ばれた故・円谷英二氏が設立し、「ウルトラマン」「ゴジラ」など、数々の名作を世に送り出してきた円谷プロダクション。日本中の子どもたちに夢を与えてきたその裏では経営をめぐる確執が続き、今では創業家一族は円谷プロから完全に追放された形となってしまった。カリスマ創業者を引き継いだ円谷家は、なぜ一族による経営を全うできなかったのだろうか。

円谷英明氏プロフィール

円谷英明

円谷英明(つぶらや・ひであき)
1959年東京都生まれ。中央大学理工学部卒業後、バンダイを経て83年円谷プロダクション入社。関連会社勤務の後、2004年円谷プロ社長に就任するも翌年退任。13年、『ウルトラマンが泣いている』(講談社現代新書)を上梓し、長年にわたるお家騒動の内幕を暴露。多くのファンに衝撃を与えた。

ウルトラマンにおける「円谷商法」の確立

 今回、取材に応じたのは円谷英明氏。円谷英二氏の孫にあたり、円谷プロの6代目社長を務めた人物だ。

 東宝の特撮監督だった英二氏が、同社の出資を受けて円谷プロの前身である円谷特技プロダクションを設立したのは1963年。直後にテレビ業界へ進出し、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」などの作品を手掛け、人気を博した。当時、TBS社員だった息子の一氏がこれらの作品の監督を務め、69年に英二氏が亡くなった後は、一氏が社長として事業を引き継いだ。

 その後は「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマンA(エース)」など全国ネットのレギュラー番組を多数手掛けるが、一氏は73年に41歳の若さで病死してしまう。長男の昌弘氏はまだ中学生だったため、叔父の円谷皐(のぼる)氏が社長の座を継いだ、これが後の混乱の原因となる。英明氏は言う。

 「皐さんが社長になった時、亡くなった父が保有していた自社株は兄の昌弘と私が相続するはずでしたが、皐さんがそれらを引き継いで筆頭株主になりました。当時、祖母は父の後妻と仲が悪く、後妻を家から追い出すための手切れ金をつくるため、われわれの株を皐さんに買ってもらったのです。結局、皐さんが22・5%、残りの株式を東宝が保有する形となり、最終的には皐さんが東宝からも株を一部買い取って、67%を保有するようになったのです」

円谷一族 家系図

出所:『ウルトラマンが泣いている』(講談社現代新書)

 皐氏の社長としての力量に対して、英明氏は一定の評価をする。最大の功績は、キャラクターグッズなどの著作権料で稼ぐ「円谷商法」と呼ばれるビジネスモデルを確立したことだ。皐氏の社長時代には玩具会社と協力し、著作権管理をしっかりと行うようになった。これが奏功し、やがて円谷プロの収益の柱に育っていく。

 だが一方で、著作権料の増加を狙うあまりキャラクターが乱立し、玩具会社主導の作品づくりが進むという弊害も生まれた。

 「祖父も父も基本的に職人でしたが、皐さんはフジテレビのプロデューサー出身とはいえ制作サイドの人ではなく、ドライだったことは確かです。皐さんのもとで円谷プロの制作部は何回か解体しました。著作権料である程度の金額が入ってくるので、無理に円谷プロで制作母体を持たなくてもよいという意識もあった。私の父がいた時、スタッフは親子同然の雰囲気でしたが、そこがガラッと変わって去っていく人も多くなりました」

円谷英明が考えるウルトラマンと仮面ライダーの違い

 制作費はほとんどのウルトラシリーズで赤字。特撮はもともとコストが非常に掛かる上、経費の管理も信じられないほどずさんだった。制作が赤字でも著作権料で挽回すればいいという甘えが、会社に蔓延していた。

 「ウルトラマンだから、金が掛かるのは仕方ないという考えがずっと社内にはありました。なぜ、仮面ライダーや他の戦隊ものなどがうまく続けられるかと言えば、制作で赤字を出していないからです。制作の赤字が出れば、著作権収入で穴埋めせざるを得ず、それを当てにしてどうしてもキャラクターが乱立する。または、パチンコ機向けにキャラクターを貸すといった部分に走っていく。円谷プロはずっとそれをやってきたんです」

 皐氏が社長を退いた後も、昌弘氏や英明氏に経営権がわたることはなかった。後を継いだのは皐氏の息子の一夫氏。皐氏が保有する円谷プロの株式は、一夫氏が相続した。この間、英明氏は関連会社の円谷エンタープライズや円谷コミュニケーションズに在籍し、円谷プロの傍流を歩かされていた。

 「皐さんも当初は良かったが、晩年は息子の一夫さんに継がせたいという方向に走り、役員を手なずけてイエスマンで周りを固めるようになった。一夫さんはそうした中で世代交代したので、高圧的な経営者になってしまいました」

 一夫社長の時代に混迷はますます深まり、会社は倒産寸前の危機に陥った。ついに、不満を持った役員たちによるクーデターが発生。英明氏の兄の昌弘氏が5代目社長として迎えられ、英明氏も円谷プロ本体に専務として復帰した。

 だが、昌弘氏も同時期に起こった著作権をめぐる裁判での敗訴や、過去のセクハラ行為が週刊誌に暴露されたことなどが重なり、わずか1年で社長を退任。6代目社長として英明氏が就任することになる。

円谷英明

円谷プロの6代目社長に就任した英明氏

円谷プロのお家騒動で失ってしまったウルトラマンへの情熱

 本体に復帰した英明氏が最初に取り組んだのは、経理の厳格なチェックだった。そこで驚愕の事実が判明する。支出に当たる制作費と収入に当たる著作権料を精査したところ、すべての番組で赤字を垂れ流していた。要するに、制作費のマイナスを著作権料でカバーするビジネスモデルは全く機能していなかったのだ。この他、皐社長時代の経費の私的流用、社員の経費横領など、ずさん極まりない実態が明らかになった。

 英明氏の社長就任時は、経理の厳格化や新たなウルトラシリーズの放送枠が取れたことなどによって、収益状況は一時的に改善した。だが、今度は会長職に就いていた一夫氏と英明氏の関係が悪化する。経営にタッチできずに不満を持っていた一夫氏と同氏に同調する役員によって、英明氏は就任わずか1年で社長を解任された。英明氏はこう振り返る。

 「私が社長になった時、祖母から相続した0・75%くらいしか株を持っていなかった。これでは、実質何もできない。だから、代表取締役を引き受ける時に一夫さんに株を譲ってくれと頼みましたが断られました。一夫さんは『僕が応援するから大丈夫』と言うので信じていましたが、結局は1年で飛ばされてしまいました」

 株式の過半数を皐氏、一夫氏に押さえられていたことが、ネックとなった格好だ。同じく、当時まだ大株主だった東宝との関係で、英明氏はこんなエピソードを明かす。

 「僕が社長時代に東宝から円谷プロ株を放出したいと打診されましたが、いずれは上場を目指しているからと言って待ってもらったことがあるんです。昔からの経緯で東宝に株を保有してもらう意味はあったし、東宝もそれで了承してくれました。そして、一夫さんに『これからは市場からお金を集めて、ウルトラマンを本気で支えてくれる人に支えてもらいましょう』と言ったら、少数株主に口を出されるのは嫌だと断られました」

 経営を独占することへの執着。英明氏の後に外部から招いた社長も結局は2年で解任され、一夫氏は再び社長に返り咲く。そして、そのわずか4カ月後に、資金繰りに行き詰った円谷プロは、外部企業に株式の過半数を握られ、その傘下に入ることになったのである。

それでも円谷プロはウルトラマンの輝きを求めて

 円谷プロを傘下に置いたTYOという会社は、コンテンツ制作の傍らM&Aも手掛ける企業買収のプロ。融資の条件として関連会社経由で円谷プロ本体の株式の過半数も取得し、まんまと会社乗っ取りに成功。間もなく、円谷プロの株式はバンダイとパチンコ機器メーカーのフィールズに売却されてしまう。一夫氏は代表権を奪われ、やがて表舞台から消えていった。

 円谷一族が会社から一掃されてしまったことについて、英明氏はこう感想を述べる。

 「同族経営自体は別に悪いことではないですが、経験不足のため言い寄ってくる人を選別できなかったのです。TYOはもともと円谷エンタープライズにいた人の紹介なので、すぐに信頼して、あっという間に株を取られてしまった。彼らはプロなので、子どもを手なずけるようなものだったのでしょう。本来なら、円谷プロが直接バンダイに株式譲渡の話を持って行っても引き受けてくれたかもしれない。でも、一夫さんはバンダイが経営に口を挟むのが嫌で、そういうことをやらなかった」

 過去を振り返って悔やまれることは何かと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「私が社長の座を追われたのは一夫さんとの不仲が一番の原因。02年に本体に復帰した時、一夫さんと仲良くするよう忠告してくる人間もいたが、円谷プロは世間一般の常識とはかなり懸け離れた会社だったので、仕事のレベルを下げてまで仲良くするつもりはないと言った。そうした部分で引っ掛かったようです。私が財務面をきちんとしなければいけないと一夫さんに指摘すると、関係にひずみができてしまった。そういう部分をうまくやっていれば、という思いはあります」

 円谷プロを離れた後の英明氏は、個人会社を立ち上げて中国でのウルトラマンビジネスに挑戦したがさまざまな事情で頓挫。それでもあきらめず、再チャレンジを考えているという。

 「日本では、もうウルトラマンは役割を終えたと思います。パチンコ機器メーカーと玩具メーカーが商売としてやっているだけです。子どもに夢を与えるという祖父・円谷英二の思いを、今度は海外で実現したい」

 かつて、日本の子どもたちをワクワクさせたウルトラマンが、再び輝きを取り戻す日は来るのだろうか。

(文=本誌編集長・吉田浩 写真=森モーリー鷹博)

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