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経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「『努力を成果に結び付ける仕組み』を つくれば日本経済の復活にもつながる」--松井忠三(良品計画会長)

松井忠三氏(良品計画会長)

 「わけあって、安い」をキャッチフレーズに、安くて良い品として開発された無印良品。1980年、西友のプライベートブランドとして誕生した。89年には(株)良品計画として西友から独立し、「無印神話」といわれる奇跡の成長を成し遂げてきた。しかし、2001年8月中間期決算で38億円の赤字を計上。まさにその年に良品計画社長に就任したのが松井忠三氏。松井氏は、「MUJIGRAM」という無印良品の店舗で使っている1994ページにも及ぶ膨大なマニュアルによって赤字からV字回復を実現した。その回復に至るストーリー、成果を出す仕組みの作り方、実際の無印良品のマニュアルも書籍で初公開する。

【まつい・ただみつ】

【まつい・ただみつ】
1949年静岡県生まれ。73年東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現・西友)入社。92年良品計画に移り、総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001年社長に就任。赤字状態の組織を“風土”から改革し、業績のV字回復、右肩上がりの成長に尽力。07年には過去最高売上高(当時)となる1620億円を達成。08年から会長に就き、組織の「仕組みづくり」を継続している。

―― 今回、初めて著作に至った経緯を。

松井 私もサラリーマンを長くやってきたので、人や組織の課題をどう解決していくかということには真剣に向き合ってきました。ホワイトカラーの生産性をどうやって上げるか、商品開発、店舗のオペレーション、海外展開をどうやるかなどの課題を一つひとつ解決する過程には、業種は異なっても不変的なニーズがあるのではないかと思いました。

 会長となり、私の活動の半分くらいは対外的なものになっています。経済同友会や日本生産性本部などの活動にかかわっていますが、例えば後者ではサービス産業生産性協議会の副代表幹事を務めています。ここで行っている日本の競争力を向上させるための活動は、アベノミクスの3本の矢とイコールで、私の考えを本にまとめることでお役に立てるのではないかと思いました。

―― 膨大なマニュアルを書籍では初公開されましたね。

松井 1994年に営業本部長となり、管理部門から初めて良品計画の営業のトップに立ちました。その時、千葉県柏市で新しい店がオープンすることになり、開店前日の夜の12時になっても作業が終わらなかった。準備のために優秀な店長が応援に馳せ参じてくれていたのですが、それぞれ自分独自の流儀があり、基準がバラバラだったためです。スタッフは、できる店長を見て育ちます。その店長のやり方が標準化されていなければ競争には勝てません。これを変えないとダメだと思ったのがマニュアル作りに取り組んだ理由です。100人の店長がいれば、2~3人くらいは卓越した売り場づくりができて、欠品も無くオペレーションできる人がいる。しかし、その他は6割くらいの水準で仕事をする店が大半でした。そこで全体を8~9割の水準まで引き上げようと。

―― マニュアルは他社を参考にしたのですか。

松井 しまむらさんに学ばせていただきましたが、やはりそれをそのまま使っても適応できないことがすぐ分かりました。米国のスーパーマーケットも参考にし、サングラムという名前のマニュアルがありました。マニュアルというと、日本ではあまりいいイメージがないので、私どもではMUJIGRAMとしました。当初は主管部が書きましたが、それでは現場での使い勝手が良くないので、店のスタッフが書くようにしました。その後、声ナビというイントラネットを作り、この中にお客さまの声と社員の声を両方取り入れるようにしました。仕組みを作ったところがスタートなので、常に更新をして書き換えています。

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