安売りの世界には重要な要件は一つもない
当たり前のことをしていては、士業も稼げない時代だと悟った税理士のSさん。いつでも携帯電話に出ます、相談に乗ります、と滅私奉公をアピールして顧客を開拓。年収1千万円を実現したが、ふと気付くと、ご飯もおいしくないし、睡眠も3、4時間という生活に。これではいけない、とケニアに逃げ出した。大事な携帯電話を机の上にほうり放したままでである。
で、ケニアに2週間滞在し、自然の中で孤独な時間を過ごした。その間、現地で1人の日本女性と知り合った。野生動物の保護の仕事をしている人だったが、収入はほとんどないらしい。それでも毎日が楽しそうだ。帰途、なぜ彼女はお金がないのに楽しそうなんだろう、と考えた。
帰国して携帯電話を見たら、当然、たくさんの着信がある。電池が切れるまで、昼夜を問わず、ひっきりなしに電話がかかっていたようだ。2週間前まで自分はこの電話にいちいち対応していたんだな、と思いながら、Sさんは一つひとつかけなおした。しかし意外なことに、どれ一つとして大した用事ではなかったのだ。
さらに、携帯電話に出ないから契約を切る、といったような、そういう話も全くなかった。むしろ、ケニアに行って留守をしてしまったと告げると、顧問先のだれもが珍しがった。
安売りの世界から抜け出す生き方とは
「ケニアの話を聞かせてくれ」ということになり、2週間の経験を話すと、その話で大いに盛り上がったのである。
Sさんが「いつでも電話に出ます」と営業していたのは、そうしなければ顧問契約を切られるのではないか、という恐怖心からだったのだが、この時から恐怖はなくなったという。というよりも、ケニアでほとんど無収入なのに、楽しく野生動物の保護をして生活している女性のように、もっとおおらかに暮らさなくては生きる意味がないとは分かったのだ。まさに、この逃亡は、Sさんの生き方を変える契機になったのである。
事実、翌日から、彼は顧問先の動向に左右される生活をやめた。自分自身の心から、携帯電話を捨てたのだ。そうして、自分の本当の強みとは何だろう、ワクワクと楽しく感じるようなことは、どんなことだろうかと、そういう生き方を探し出した。その結果、自分の生き方が徐々に見えてきた。
まず、父親が建設会社を経営していたので、自分にも事業のセンスがあるはずだと考えた。それなら何の事業をするのか。勉強して、M&Aをしようという結論になった。
安売りは一文の得にもならない
そこで入念なリサーチを行い、プロの意見も聞き、貯金をたたいて、倒産した呉服関係の会社を買収した。その後も不動産会社を手に入れ、今では複数の会社のオーナーとして活躍している。
彼から得られる教訓とは何か。一つは、「安売りは一文の得にもならない」ということだ。24時間対応するのは、すごいサービスのように見えて、実は安売りである。安売りは客の奴隷である。しかもケニアから戻ってみると、着信はたくさんあったが、重要な要件は一件もなかった。ということは、彼の出血サービスもお客様にとってはあまり意味のないものだったのだ。
本当のサービスは、お客様から喜ばれ、永続性があるはずだ。しかし彼の場合には、疲弊し中断した。時間を人に管理されずに、自分で管理できるようにならなくてはならないのである。
安売りの世界に入ってはならない。そのためには心を鋼のように強くして、Sさんが携帯電話を捨てたように、自分にとって大切なものを「捨てる」勇気が必要だ。ここから、新しい思考や生き方が生まれてくるのに違いないのだ。
[今号の流儀]
成功するためには、大切なものを捨てる勇気が必要である。
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