経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

早々にベア断念のメガバンク 「賃上げムードに水を差す」と“集中砲火”

三菱東京UFJ、三井住友、みずほの3メガ銀行の労働組合は、今春闘でのベースアップ(ベア)を3年ぶりに要求しない方針を早々と打ち出した。政労使は2015年を上回る賃上げを目指すが、「3メガ銀のベア断念で出ばなをくじかれた」と“集中砲火”を浴びている。 文=ジャーナリスト/工藤貴志

3メガバンク賃上げ離脱 連合会長も異例の批判

 「経団連副会長、全銀協会長が内定している三井住友の労組が真っ先にベアを断念してしまうなんて」

 3月上旬、ある財界幹部はこう不満を漏らした。

 三井住友労組のベア要求断念の一報が流れたのは2月23日のことだ。労組執行部が同日、経営側への要求案を組合員に伝え、マスコミ各社は一斉に報じ始めた。

 今春闘では、経済の好循環を掲げる安倍晋三首相が企業に賃上げを強く要請した。

 経団連の榊原定征会長も「脱デフレはあと一息。賃上げでも経済界として好循環実現に役割を果たす」として、加盟企業に発破を掛けた。ベアのみにこだわるわけではないが、15年を上回る賃上げを目指す方針を示したのだ。

 三井住友の国部毅頭取は2月上旬、経団連の新しい副会長に内定したばかり。6月2日の定時総会を経て就任する手はずで、4月には銀行の業界団体である全国銀行協会の会長にも就くことになっている。

 財界や銀行業界をリードすべき三井住友が「早々とベアをあきらめた」と受け取られたため、経団連内部からは「賃上げムードに水を差す」と不満が渦巻いている。

 三菱東京UFJとみずほの労組も追随する方針を明らかにしている。3メガ銀の労組は一時金を前年度比1%増やすよう求める方針だ。

 「憤りすら感じる」

 3月3日、3メガ銀労組に舌鋒鋭く苦言を呈したのは、労組の中央組織である連合の神津里季生会長だ。

 連合に加盟していない3メガ銀労組への批判は異例だ。神津氏は東京都内での記者会見で、「開いた口がふさがらない」「月例賃金(月給)をどうやって引き上げるかが労組の根源的な在り方。ボーナスを増やせばいいというのは極めて問題がある」とも指摘した。

 連合は月給の引き上げが個人消費の拡大とデフレ脱却につながると強調してきた。

 主な自動車、電機大手では3年連続のベアが見込めそうだが、春闘中盤戦でのメガ銀労組のベア要求闘争離脱に、連合幹部からは「気勢をそがれた」との恨み節も聞こえてくる。

 神津会長は会見で「大銀行なので経営基盤はしっかりしている。訳が分からない」と最後まで厳しい口調だった。

 経団連の榊原会長も翌4日の「官民対話」後、「金融市場の動きは実体経済を反映したものではなく、賃上げで後ろ向きになるのはよく考えてほしい」と、記者団に対し語り、賃上げムードの停滞にクギを刺した。

政府・日銀からも反感を買うメガバンク

 3メガ銀労組がそろってベア要求断念の方針を打ち出したのは、日銀の「マイナス金利政策」で収益環境が悪化しているのを踏まえたためだ。

 マイナス金利は、銀行が日銀に預けているお金の一部に0・1%の手数料を課す仕組みで、お金を預ければ損をしてしまうことになる。

 ただ、日銀は銀行から預かるお金の大部分にはこれまで通り0・1%の金利をつけることで、「金融機関の収益圧迫への懸念は相当程度回避される」(黒田東彦総裁)との立場だ。

 実は3メガ銀も新政策そのものが収益を大きく下振れさせるとはとらえていない。

 それよりも、新政策の導入決定後に市場金利が大幅に下がったのが響いた。長期金利の指標である10年物国債利回りは2月上旬、「マイナス圏」に突入したが、世界ではスイスに次いで2カ国目の珍事だった。

 これを受け、3メガ銀は普通預金の金利を過去最低水準の年0・001%へ引き下げ、定期預金の金利も預け入れの金額や期間にかかわらず、一律で0・01%まで下げた。

 大手銀幹部は「預金者の利息収入を減らしておきながら、行員にベアで報いれば、批判を招きかねない」と打ち明ける。

 これに対し、ある日銀幹部は「3メガ銀の反応はエキセントリック。アベノミクスによる円安・株高の恩恵を受けてきたにもかかわらず、マイナス金利政策を“悪者”にしようとしている」といぶかる。

 そもそも、マイナス金利政策は企業の設備投資や賃上げを促すのが狙いだ。ところが、3メガ銀は「日銀のメッセージを踏みにじった」(エコノミスト)。

 日銀の政策委員会メンバーの石田浩二審議委員(三井住友銀出身)は6月末に退任する。その後任として、新生銀行の女性執行役員の名が取り沙汰されているが、1998年の新日銀法の施行後は、現在の3メガ銀出身者が4人連続で占めてきたポストだけに、極めて異例だ。

 「3メガ銀のベア見送りに対する政府・日銀の報復ではないか」

 市場関係者の間では、こんなうがった見方すらささやかれている。

 15年3月期には三菱UFJフィナンシャル・グループの純利益が邦銀グループで初めて1兆円を突破。他の2行も高水準の利益を確保し、「わが世の春」を謳歌したが、それからわずか1年で3メガ銀は窮地に追い込まれつつある。

 
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