金融機関にとって経営上の重要な指針となるのが金融庁が発表する「金融行政の基本方針」。この発表が、例年に比べ遅れていることがさまざまな憶測を呼んでいる。中でも保険・証券・地銀各社は、厳格な方針が打ち出されないかと戦々恐々だ。文=ジャーナリスト/山本一朗
追いつめられる地方銀行
「一体、どうなっているのか」
今夏、銀行、証券会社などの経営陣が一様に戦々恐々としている。金融庁が毎年夏に行っている「金融行政の基本方針」の発表例年に比べて遅れているからだ。同基本方針は、その先の金融行政の重点ポイントなどが策定されている。金融機関の経営陣にとって「極めて重要な指針」であるだけに、公表の遅れに伴って、彼らのイラつきは日ごとに増している。
「金融行政の基本方針」はかつて、「金融・検査のモニタリング方針」と名付けられていたもの。この内容を新たにするとともに、「金融行政の基本方針」という、より間口を広げたタイトルに変更したのは、現在の金融庁長官、森信親氏の発案による。これによって、同方針は過去に比べて数段重要性を増したと言っていい。例えば、昨年の場合には、その前年に初めて盛り込んだ「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」をより明確化し、金融商品の製造、販売、管理に携わる金融機関に対して、「顧客利益追求の徹底」を明記し、以後の金融行政の主柱に据えた。
いわば、金融庁のスタンスを具体的に示すものなのだが、今夏、金融関係者が戦々恐々としているのは、たんにその公表が遅れているからだけではない。ある地方銀行の幹部はその心境をこう吐露している。
「いよいよ、われわれを追い詰めるような超ド級の施策が出てくるのではないか」
森氏は、今年夏の官僚人事では予想どおりに留任し、長官2年目に突入した。同氏は監督局長時代から一貫して、金融行政の刷新とともに、金融機関経営にも発想の転換を求めてきた経緯がある。具体的には、少子高齢化などの経営環境の激変に対応した地銀業界の再編やコーポレートガバナンスの徹底などである。これに対して、地銀業界の動きは鈍く、経営統合しても、持ち株会社方式の下で、当事者銀行がそのままの形でぶら下がるという生煮え統合にとどまるケースばかりとなっている。
この状況に「森長官は強い不満を抱いている」という情報が金融庁から漏れ伝わっているだけに、地銀業界は「より明確な再編促進施策が打ち出されるのではないか」とおびえているのだ。
生保、証券会社なども地銀と同様の心境を抱いている。こちらは、金融商品の販売の在り方をめぐってびくついている。生保業界の場合、今年5月、森長官がある総合雑誌のインタビューの中で、外貨建ての貯蓄性保険商品に関して、その販売手数料の突出した高さを問題視する発言をしたことがきっかけとなっている。
その後、金融庁は販売手数料を業界が独自で開示すべきという姿勢を明らかにしたものの、生保業界とその商品の販売を行っている銀行が難色を示して、いまだに実現していない。
その実情をある生保会社の役員はこう説明する。
「われわれの業界は、自主ガイドラインによって開示するという基本方針を固めたのだが、おもに地銀業界が難色を示して足踏み状態になってしまった」
生保業界にしてみれば、地銀は自社製品を販売する重要な提携先である。その意向を無視して開示することはできないというわけだが、その一方で、金融庁は「フィデューシャリー・デューティー」の観点から製造会社の「顧客利益追求」姿勢を注視している。生保業界は金融庁と地銀など販売会社の間の「また裂き状態」になっていると言える。
金融機関を飛び越え顧客にヒアリング
証券業界のムードも重たい。こちらは、最近の人気商品であるファンドラップの手数料開示問題を抱えているからだ。開示レベルに対して、金融庁が不満を抱いていることは明らかだ。
「販売数量、管理手数料を分けて、開示すべきであるというプレッシャーを受けている」と大手証券幹部が漏らすが、証券業界の動きも鈍重だ。
つまり、銀行、生保、銀行などの各業界が身に覚えがある理由で、金融庁の次の出方を注視している中での「金融行政の基本方針」の公表の遅れなのだ。しかも、森長官の下で金融庁が姿勢を緩和することはなく、必ず、より厳格な方針を打ち出してくることも想定内である。
それだけではない。金融庁は最近、「顧客利益追求」の一環として、金融機関を飛び越えて、金融機関の顧客先である企業や個人にまでもヒアリングし、金融機関の弁明と顧客の感想の相違点などを浮き彫りする手法も取り入れた。これは、金融機関側の弁明の逃げ道を塞ぐことにもなっている。
「いずれにしても、われわれは金融庁に追い詰められていく」
ある地銀役員は観念した様子でこう語るが、その一方では「どこまで覚悟すればいいのか」(別の地銀幹部)という苦悩の声も漏れ伝わってくる。かつてのような不良債権摘発型の金融行政を一新し、「顧客利益」の追求を柱に金融機関の自主的な経営刷新を旗印したのが森・金融庁である。その姿勢の下で打ち出されるこの先の基本方針を見極めようとする金融業界関係者には、震えが止まらない夏である。
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