「働きがいのある会社ランキング」にて6年連続で好成績を残しているサイボウズ。働き方の多様さばかりが注目されるが、株主との関係性もユニークだ。労働市場の流動化や、副業の拡大など、企業と社員の関係が変化する昨今、会社は一体誰のものなのか。文=和田一樹
日本における企業と株主との関係
「歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない」。
ピーター・ドラッカーはその著書『明日を支配するもの――21世紀のマネジメント革命』(ダイヤモンド社)の中でそう記している。
会社は株主のものなのか。この問いは絶えず日本社会に議論を巻き起こしてきた。中でも印象深いのは、2005年に堀江貴文氏が率いるライブドアがニッポン放送の株式を大量購入したことに端を発する一連の騒動。ライブドアが筆頭株主となり、ニッポン放送と当時その子会社であったフジテレビの経営権をめぐって激しく争った。
「株式持ち合い」という独特の慣習が定着していた日本では「株主」はさほど重視されず、会社は社長や従業員のものだという考えが根強かった。
株式持ち合いとは、ある企業同士が互いに株式を保有しあうことによって相互に主要株主となること。持ち合いをしていれば、別の企業から株式を買い占められるリスクを気にする必要はなくなる。そのため経営陣は株主の意見に左右されることなく経営に集中することができた。
持ち合いによって買い占めのリスクを排除した裏返しとして、「一般株主のために利益をあげて、配当を多く出す」という発想も希薄になっていた。だからこそ「会社は当然株主のもの」という意見を投じた一連の出来事は、大きな論争を引き起こしたのだ。
さらにさかのぼれば、平成の幕開け直後、1989年3月末には、米国人投資家ブーン・ピケンズ氏によるグリーンメーラー騒動があった。ピケンズ氏は、トヨタ自動車系の部品会社、小糸製作所の株式20%を取得し筆頭株主となると取得した株式をトヨタに買い取らせようと試みた。
このように、株式を大量に買い占めて、その株式を発行する企業の経営陣や関係者に高値で買わせる投資家をグリーンメーラーと呼ぶ。グリーンメーラーは経営権の取得ではなく、多額の売却益獲得を目的として株式を買い占める。一連の騒動は裁判にて小糸製作所が全面勝利という決着となったが、当時の日本経済全体を巻き込む大騒動となった。
確かに、法的には企業の所有者は株主である。会社の所有者は出資者、すなわち「株主」というわけだ。しかし、「会社は誰のために存在するのか」という論点になった場合、話は変わってくる。
サイボウズが目指す企業と株主との共犯関係とは
経営陣と株主がひな壇に上がる異例のイベントを開催
3月30日、ソフトウエア開発会社のサイボウズが「カイシャと株主」の距離を近づけるためのスペシャルセッションを開催した。会場のBGMはケイト・ブッシュの「嵐が丘」、スクリーンには「株主のから騒ぎ」の文字。
誰がどう見ても某人気トーク番組を連想してしまう。やがて指示棒を持った司会者が登場し、会場が湧いた。司会はもちろん明石家さんま……ではなく、サイボウズ副社長・山田理氏。
壇上にはその他に青野慶久・サイボウズ社長や、「から騒ぎ」を行う7人の株主が上がっていた。
97年に設立されたサイボウズは、グループウェア「サイボウズ Office」シリーズなど、ビジネス向けWebサービスの開発、販売などを手掛けており、2006年には東証一部に上場を果たした。
そんなサイボウズが今回仕掛けたのは「恋のから騒ぎ」のパロディである、株主向けスペシャルトークセッション「株主のから騒ぎ」。冒頭、山田副社長から「株主のから騒ぎ」の趣旨が説明された。
「株主総会って、これまではひな壇に経営陣が立って、株主と対峙する形だったんですよね。そこで今回は、株主の方もひな壇に上がってもらって、経営陣も株主もみなさんで、サイボウズの課題について語ってもらおうというわけです」
サイボウズについて経営陣と株主が同じ高さ、同じ目線で何でもありのトークを繰り広げるという構図だ。
「株主のから騒ぎ」で株主たちに出されたお題は「どうしたらサイボウズ株が上がるか?」。この直球すぎるテーマに会場がざわつく。経営陣と株主がリアルなトークを交わしていく中、株主からこんな言葉が飛んだ。
「株価を上げるためには青野社長がTwitterをやめることじゃないでしょうか」(壇上の株主)
会場からはどっと笑いが起きた。このセッションの数時間前には第22回定時株主総会が行われており、客席の多くは株主だった。会場全体が盛り上がったところで、昨年、一時サイボウズの株価が急上昇した際の青野社長のツイートがスライドに映し出される。
「しつこくサイボウズの株価が上がっている。バブると経営上マイナス面が強くなるので、経営者としては対抗手段を考える必要が出てくる。ただひたすらに理念に沿って行動していきます」(ツイッターから引用)。
内容は厳しくも雰囲気は和やかに
一見すると株式市場を敵視するかのような発言であったが、このツイートも訳があってのこと。
「サイボウズは一回、株価が急激に上がった時代を経験している。05年夏ごろから、一気に上がっていって13倍になった。もちろん実態がともなっていませんから、必ずどこかで落ちるわけです。でもね、対抗手段は何にもなかった(笑)」(青野社長)
青野社長の弁明に株主たちはすかさず突っ込みを入れた。加熱するやり取りに、たまらず山田副社長が悲鳴を上げた。
「ほらー、やっぱり株主総会みたいになってきたじゃないですか。もう『サイボウズを糾弾する会』になってるやん。総会は終わったはずなのに、総会よりやられているって、どういうこと!?」
この一連のやり取りに会場はさらに笑いに包まれた。交わされている内容が厳しいことであっても、株主と経営陣の間には終止和やかな空気が流れていた。
そして2つ目の議題として選ばれたテーマは「新しいカイシャの株主の役割」。これに対し株主からは「それはわれわれ株主も働けということですか?」など厳しい指摘が飛んでいた。山田副社長は「なんで分かったん!? オブラードに包んで言ったつもりやったのに……」などとおどけて見せ、またも笑いを呼ぶ。
あっという間のイベントだった。最後に青野社長がこう語った。
「今までにない新しい会社のかたちをつくりたい。もしそれができたら、ほかの会社にも広がり、もっともっと面白い会社ができていく。そうした流れが、私たちがイメージする『チームワークあふれる社会』をつくると思います。サイボウズは、社員約700人の会社ですが、1万名弱いらっしゃる株主のみなさんにご参加いただければ、一気にチームの人数が10倍になります。そうすれば世界は変えられるかもしれないという気持ちでいます。引き続き応援よろしくお願いします」
サイボウズのスタンスに対する株主たちの声は?
副社長の山田氏は以前、本誌の取材に対し、これからの企業組織の在り方をキャンプファイヤーに例えていた。広場の真ん中で火を囲み、踊りたいように踊り、歌いたいように歌う。それを面白がる人間が集まってきて一緒に踊り、一緒に歌えばよいのだと。
火を囲んで踊るのに社員も株主も関係ない。今回のスペシャルセッションの試みは、株主を巻き込んでキャンプファイヤーをすることなのだろう。
株は配当金や売却益による儲けだけを追求するものかもしれない。そう考えるならば、会社や経営陣と株主の関係は、互いに損得という関係性でとらえられがちになる。そうではなくてサイボウズはここに共犯関係をつくろうとしているのだ。同じ目標に向かって踊って歌える関係を株主との間に構築しようとしている。
実際に当日株主たちからは、「株主になったことでワクワクしている」、「配当をそれほど気にしていない」、「今期で22期ですが、100年、200年続く会社となってほしい」などの声があがっていた。
株というのはどうしても儲けという話に直結して考えてしまうが、サイボウズの株主たちが示したリアクションというのは、株式会社の理想的な姿かもしれない。もちろん配当は少ないより多い方がいいという株主が大多数だとは思う。しかし、単純に金銭的なリターン以外にも、理念を共有していることを実感できるようなコミュニティへの参加など、さまざまなリターンがあっても良いだろう。
令和時代の企業経営は、経営陣と株主の共犯関係が当たり前になるかもしれない。
【マネジメント】の記事一覧はこちら
経済界 電子雑誌版のご購入はこちら!
雑誌の紙面がそのままタブレットやスマートフォンで読める!
電子雑誌版は毎月25日発売です
Amazon Kindleストア
楽天kobo
honto
MAGASTORE
ebookjapan