好業績が続いてきたスズキに、変調の兆しが見える。インド市場の成長が足元で鈍化しているほか、検査不正の発覚により国内販売の低迷も懸念される。さらに89歳の鈴木修会長の「老害」も指摘される。会社の内外に不安要素を抱えるスズキが成長軌道に戻れるかは不透明だ。文=ジャーナリスト/立町次男 (『経済界』2019年8月号より転載)
スズキの不正検査発覚と経営への影響
悪質性の高い不正が常態化
5月10日、東京都内で開かれたスズキの2019年3月期決算発表会見。18年に完成検査をめぐる不正が発覚してから、修会長が登壇するのは初めてで、会場には多くの報道陣が詰めかけた。冒頭、修会長は「完成検査業務における不適切な取り扱いについて、皆さまにご迷惑をかけ、心からお詫び申し上げます。全社一丸となり、再発防止に徹底的に取り組みます」と頭を下げた。
経緯を振り返ってみると、17年に日産自動車、SUBARU(スバル)で発覚した検査不正が、18年8月にスズキでも明るみに出た。
完成検査とは、新車製造の最終工程で、生産した自動車が指定された型式通りの性能を持っているかを調べるものだ。スズキは、燃費や排ガスの検査で不正を行っていたことを公表した一方、日産やスバルで発覚した「無資格検査」(完成検査を無資格者が行っていた問題)はないと強調していた。
そして4月、スズキは国土交通省から求められた調査の報告書を鈴木俊宏社長が提出。その中で、悪質性の高い不正の数々が常態化していたことが明らかになったのだ。
何とスズキも実は無資格検査を行っており、それを工場レベルで組織的に隠蔽していたことが判明した。
委託した法律事務所がまとめた調査によると、隠蔽は静岡県の四輪車3工場で、検査補助者が単独で検査していたり、他人の検査印を使用していたりしていた。3工場の課長級の管理職が連絡を取りながら、チェックシートを巧妙に書き換えるなどの工作も行っていたという。
生かされなかった過去の教訓
報告書は、一部の工程を省略していたことも指摘。既に判明していた抜き取り検査の燃費・排ガスデータの書き換えについても、当初報告していた件数から大幅に増えた。報告書はまた、不正の背景にある組織的な問題を指摘した。検査人員の不足や、検査部門が独立せず、発言力が弱かったことなどだ。
報告書受領後の記者会見で俊宏社長は、「危機感をもって厳粛に受け止めている」と述べて、頭を下げた。
データ改竄や不適切な試験は、08年4月から18年9月にかけて行われたことが確認され、約1万1千台が見つかった。ブレーキ制動力検査などでも不正が判明。不合格でも検査員が「これくらいなら大丈夫」などと裁量を働かせ、合格にしていたケースなどが分かった。
聞き取り調査では、不正が1981年に既に行われていたという証言もあったという。スズキは品質や安全の向上のため、今後2年間で検査員約200人を育成するほか、5年間で1700億円規模の投資を行うなどの再発防止策を示した。
スズキは2016年にも燃費測定での不正が発覚し、修会長がCEO(最高経営責任者)職を返上した経緯がある。さまざまなチェック体制や社内教育を進めてきたはずだが、教訓は生かされなかった。修会長は、「トップの責任は16年より重いと考えている」と神妙な表情で話した。
ブランドイメージの低下は避けられず
スズキは、約200万台を対象にリコールを実施すると発表し、必要な費用約800億円を19年3月期決算に特別損失として計上、業績予想を下方修正した。リコールの対象は、同社が16年4月頃より後に製造し、まだ初回の車検を受けていない車両。具体的には、軽自動車「スペーシア」など約40車種で、相手先ブランドによる生産(OEM)供給の15車種も含まれている。
同社の国内販売は、19年3月期に前期比8.5%増の72万5千台と順調に伸びていた。軽自動車の「スペーシア」や「ジムニー」といった軽自動車に加え、登録車も「クロスビー」などが好調だった。
しかし、スズキ首脳は今回の検査不正の影響を懸念し、20年3月期は前年比で横ばい程度とみている。
検査不正で、「コンプライアンス(法令遵守)への関心が低い企業だ」と、ブランドイメージが低下する可能性は高く、鈴木修会長は決算会見で、「増加は考えられない」と、悲観的な見方を示した。消費税増税も、国内販売を下押しする見通しだ。
シェア5割を誇るインドでも変調の兆し
5割のトップシェアを誇り、右肩上がりでスズキの成長を牽引してきたインドはどうか。
19年3月期は前期比6.1%増の175万4千台と過去最高を更新した。特に小型のスポーツタイプ多目的車(SUV)「ビターラ ブレッツァ」の人気は高く、16年3月の発売以来、インドの小型SUVで史上最速の40万台を達成したという。しかし、インドやパキスタンのルピー安・円高などの為替変動が営業利益で331億円の下押し要因となった。
決算会見では、今年1~3月の四輪車販売が42万9千台と、前年同期比0.4%増にとどまっていたことも明らかにされ、鈴木俊宏社長は、「お祭りシーズンも盛り上がりに欠け、それほど良くなる状況は聞こえてこない。右肩上がりだったが踊り場にきており、総選挙後も販売回復は鈍そうだ」と話した。
19年3月期連結決算全体をみると、売上高は3.0%増の3兆8714億円。営業利益が前期比13.3%減の3243億円、純利益は17.1%減の1787億円とすべての利益項目で4期ぶりの減益となった。
20年3月期の連結業績見通しは、売上高が0.7%増の3兆9千億円、営業利益が1.7%増の3300億円、純利益は11.9%増の2千億円。増収増益予想を見込むが、前の期にリコール費用を計上した反動で増える純利益はともかく、売上高、営業利益の増益率は低水準にとどまる見通しだ。世界販売見通しも0.4%増の334万台で、成長が急速に鈍化した印象だ。
インドに減速感が出る中、インド頼みの収益構造から脱する必要もある。決算会見で修会長は、「インドをしっかりさせながら、それに次ぐ柱をつくることが必要で、それを考えて商品計画や設備投資をする」と話したが、なかなか進んでいないのが現状だ。
鈴木修会長の去就と今後の経営体制は?
記者会見で露呈した修会長の「衰え」
そして、スズキのもう一つの不安要素は、修会長本人だ。会見では、米中貿易摩擦についての質問に「米国と中国がケンカすると世界が不幸になる」と話したが、その後、話は大きく脱線。「会社の風通しがよくなっていない」と反省したり、5月の10連休について「4日間は仕事に出ていた」と、質問とは懸け離れた回答になってしまった。
検査不正の責任に関しては、「重く受け止めている」と話した一方で、「生産本部がこのようなことをしでかしたことに驚いた。『大丈夫か』と聞いたら『大丈夫ですよ』ということだったので鵜呑みにしてしまった」と、不正にかかわった従業員を指弾する態度が目立った。
徹底的な原価低減により、「アルト」などの軽自動車を低価格で投入し、ヒットさせた修会長の手法との関連も否定した。「常識に外れ、法律に違反してまでも(コスト抑制を)やろうとするのは国賊、泥棒だ」と強調。責任を感じるとしながら、スズキの経営方針や会社の風土に問題があり、それをトップ自ら正していくという意欲を感じさせることなく、会見は終わった。
そして5月下旬、スズキは検査不正を受けた役員の処分を発表した。7月分からの月額報酬を、俊宏社長は6カ月間にわたり50%減額し、修会長は本人の申し出により1年間無報酬とする。生産本部長の松浦浩明取締役常務役員は6月下旬の定時株主総会で取締役を退く。
ただ、その他の役員や管理職も処分はしたが、詳細は明らかにしていない。再発防止に向けた取り組みを策定する「検査改革委員会」を6月1日付で設置したが、情報公開が不十分で、スズキの本気度に疑問符がつく内容だった。
問われる修会長の決断
確かに、スズキを世界的な企業に育てた「中興の祖」としての修会長の功績は、誰もが認めるところだ。特に、インドにいち早く進出し、同国の国民車構想という好機をとらえ、成長市場で堅固な足場を築いたことは、高く評価されている。
それでも、89歳の鈴木会長の質疑の内容を目の当たりにすると、経営の第一線から退くべき時期がきたと指摘する声が出てくるのも肯ける。
高齢の会長が大所高所から時々、社長にアドバイスするというのなら健全だろう。しかし、現在も他の役員が到底、意見できない「カリスマ」として、事実上のトップに居座り続けているように見える。
俊宏社長も、リーダーシップを発揮しているようには見えない。決算会見では「社長がもっと前に出るべきではないか」との質問に対し、「(修会長がトップとして君臨してきた)40年と、(俊宏社長の在任期間である)4年の差は大きい。現場に近い人の話を聞きながら進める」と、修会長の経験の豊富さを指摘するのが精いっぱいだった。
修会長に同情する余地があるとすれば、当初、後継者として期待していた娘婿で経済産業省出身の小野浩孝専務が52歳で急逝したことだろう。その後、修会長は「生涯現役」の覚悟を決めたとも言われる。
しかし、既に俊宏社長に経営トップを譲り、CEO職も返上したのだから、名実ともにトップにさせるために、決断することも重要な役目だろう。
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