消費税10%時代に突入した。今のところ過去の増税→消費減退を教訓に、軽減税率、ポイント還元といった緩和策によって、前回ほどの消費低迷にはいたっていないように見える。同時に10%とともに到来したのが、キャッシュレス時代だ。現金至上主義だった日本が大きく変わりつつある。文=関 慎夫(『経済界』2019年12月号より転載)
消費増税のインパクトはどうだったのか
増税対策が奏功し消費減退が緩和
ついに消費税が10%になった。延期されること2度、しかも世界的に景気減速が懸念される中での増税とあって、消費への影響が心配された。
消費税の税率アップは今回を除き過去2回あったが、いずれも駆け込み需要があった。
例えば前回の引き上げは2014年4月だったが、その前月の全国百貨店の売上高は、日本百貨店協会の調査によると、前同月比25.4%増と高い伸びを記録した。一方今回は、大手百貨店4社が10月1日に発表した9月の既存店売上高は、高島屋が前年同月比(以下同)33.2%増、J.フロント リテイリング(大丸・松坂屋)が30.8%増、三越伊勢丹ホールディングス23.7%増、そごう・西武は20.2%となった。
伸び率は前回とほぼ同じだが、昨年の9月は北海道胆振東部地震や台風上陸の影響で売り上げが大きく落ち込んでおり、それを考慮すれば、前回ほど駆け込み需要は大きくなかったという。
問題はその反動だ。三越伊勢丹ホールディングスの10月1日からの1週間の売り上げは、前年比2割減だったという。大きな落ち込みに見えるが、あくまで最初の1週間の数字だ。
前回は14年4月は、1カ月の売り上げが前年比12%減だった。今回はそれに比べてどうかが焦点だ。 では日用品の消費はどうか。コンビニ大手のファミリーマートでは10月1日の前後を比較しても売り上げはほとんど変わらなかったという。
統計が出そろうのはまだ先のため、現段階では消費増税の消費に対する影響を正確にはかることはできない。しかし、大方の見方は、前回よりも落ち込みは少ない、というものだ。
前回までとは違い、今回は食料品の税率を据え置く軽減税率が適用されたことに加え、支払いをキャッシュレスで行った場合、2~5%の還元が受けられること、さらには決済会社によってはそれ以上の還元サービスを行ったことで、増税のインパクトはかなり小さくなった。
キャッシュレス各社の会員数が増加
それは、キャッシュレス決済各社の会員数の増加を見ればよく分かる。
JR東日本のSuica(スイカ)は交通系カードとしては最大の約8千万枚の発行枚数を誇る。電車に乗る時だけでなく、コンビニや自販機、ファストフードなどのキャッシュレス決済にも対応しているが、今まではコンビニなどでの買い物で利用してもポイントはつかなかった。しかしこの10月1日から、ポイント還元対象店舗でスイカで買い物をすると、最大5%のポイントがつくようになった。
ただしそのためにはスイカを持っているだけではなく、ウェブサイトを通じて新たに登録しなければならないが、9月の登録者数は8月の14倍と大きく伸び、登録者数の合計は1400万人となった。それほどまでにポイント還元の魅力は大きいということだ。
スマホ決済のPayPay(ペイペイ)は、昨年10月からサービスを開始した後発組。しかし同年12月に10万円を限度に支払い金額の全額が還元される可能性のある「100億円キャッシュバックキャンペーン」を展開した結果、急速に加入者を増やし、今年8月初めにユーザー数は1千万人を突破した。
しかも、加入者増は10月を目指してさらに加速、残り約2カ月間で500万人を積み上げた。これは10月に入り、サービス開始1周年のキャンペーンと、消費増税が相乗効果を生んだ結果だ。ペイペイはユーザー数では先行するLINEペイにはまだ届かないが、消費者の認知度や、利用実績では、既にペイペイが首位に立ったとの調査結果も出ている。これなどは、消費増税をビジネスチャンスにつなげた好例といえるだろう。
キャッシュレス化を取り巻く現状と今後の見通し
目標は2025年にキャッシュレス比率40%
これまで日本は、世界でも例のない「現金大国」と言われてきた。クレジットカードの保有率は9割に迫り、電子マネーも世界で最初に普及した国だ。
それにもかかわらず、日本のキャッシュレス決済比率は21.3%にとどまる(17年当時)。これでもその5年前の15.1%からは6ポイント以上伸びているのだが、キャッシュレス大国の韓国96.4%やイギリス68.6%、中国65.8%には遠く及ばない(いずれも16年のデータで、この年の日本は19.9%)。
キャッシュレス決済が普及しない理由としては、「他国より高齢化が進んでおり、新しい決済手段に二の足を踏む」「日本では現金取引の場合、偽札をつかまされるリスクが小さく、現金への信頼が厚い」「日本人は目に見えないものは信用しない」等の説明がなされているが、多くの人にとっては、「現金決済で特に不便がない」と、キャッシュを使い続けてきた。
また、個人商店などでは、キャッシュレス決済を導入するには設備投資が必要なだけでなく、決済ごとに手数料を取られることが導入をためらわせる理由になっていた。
この普及しないキャッシュレス決済に対し、経済産業省は18年4月に「キャッシュレス・ビジョン」を発表、日本もキャッシュレス時代を迎えるべきと提言した。同ビジョンの中には、「支払い方改革宣言」も盛り込まれており、25年までにキャッシュレス決済比率を40%とするとの目標が提示された。
経産省のビジョンが発表された2カ月後には、内閣官房が「未来投資戦略2018」を発表したが、ここでも、人手不足や地域活性化、生産性向上などの社会課題の解決のための手段として「キャッシュレス化の推進」がフラッグシッププロジェクトのひとつと位置付けられた。
政府がキャッシュレス化を急ぐ理由
なぜ政府はキャッシュレス化を急ぐのか。
ひとつは消費者の利便性だ。スイカやPASMOなどの交通系電子マネーが普及した結果、券売機で切符を買う人は大幅に減少した。券売機を使わなくても改札を通ることができるようになったため、電車に乗るための手間と時間は大幅に軽減された。
また、最近ではスーパーでクレジットカードをサインレスで利用する人が増えているが、以前のように小銭を準備する必要もなくなり、レジで支払いする時間も短くなった。
こうした利便性とともに、内閣府の未来投資戦略にも出てくるように、キャッシュレスに移行することで人手不足を多少なりともカバーできる。ローソンなど一部のコンビニでは無人レジを導入し始めているが、これはキャッシュレス決済が前提となっている。さらにはキャッシュレス決済なら消費行動がデータとして蓄積されるため、それを活用することで、次のビジネスチャンスが生まれることも期待できる。
キャッシュレス化の絶好のチャンスだった消費増税
そこに消費増税という絶好のチャンスが転がり込んできた。過去の増税局面においては、いずれも消費低迷という副作用が起きているため、今回は緩和策を導入することが既定路線だった。そこでキャッシュレスの場合に限り、ポイント還元することで、普及に弾みをつけようと考えた。
「人手不足対応」「データ活用」といったお題目だけでは人はなかなか動かない。一方で「金銭的損得」に人々は敏感だ。事実、多くの人が、ポイント還元につられて、現金決済からキャッシュレス決済に舵を切った。
例えばファミリーマートでは、従来、20%前後だったキャッシュレス比率は10月以降、25%程度に増えたという。スマホや電子マネーで決済する客は、以前と比較して大きく増えた。
消費増税に伴うポイント還元は、来年6月まで続く。恐らくキャッシュレス人口も、そこまでは伸び続けていくはずだ。それと同時に、これまでキャッシュレスを受け入れていなかった小売店も対応していく。
来年7月には東京オリンピック2020が開幕し、キャッシュレスが当たり前の外国人が多数来日する。
リクルートのテレビコマーシャルではないが、その頃までには、「うちは現金のみ」と言って、客に逃げられるケースも少なくなるのではないか。日本のキャッシュレス時代が、遅ればせながら始まった。
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