プロ、アマを問わず、スポーツの世界で現役時代に目覚ましい活躍ができるアスリートは一握りだ。その中から、引退後に指導者や解説者といった職業に就けるケースはさらに限られる。華やかな世界の裏側では、夢を追い続けた代償として人生の指針を失う元アスリートたちが量産されているのが現実だ。
野球やサッカーといったメジャースポーツだけでなく、あらゆる競技の世界で深刻な課題となっているアスリートのセカンドキャリア構築。この課題解決に向けて立ち上がったある団体の姿を追った。(取材・文=吉田浩)
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引退後のアスリートと人材難の企業をマッチング
「元アスリートの多くは身体能力だけでなく、社会で生きていくために必要な力を高いレベルで身に付けています」
こう主張するのは、一般社団法人 S.E.A代表理事の中田仁之氏。同氏はアスリートのセカンドキャリア支援として、就職と企業への定着を目的とする教育機関「日本営業大学」を2020年4月に開講する予定だ。
経営コンサルタントして活動する中田氏が元アスリートの支援を始めたキッカケは、1つの出会いだった。
4年前、知人を通じて紹介されたのは、元甲子園球児でスポーツ推薦によって大学に進学したという青年。野球部に入ったもののレベルの高さについていけず、追いつくために猛練習したが故障で競技が続けられなくなり、大学も辞めざるを得なくなったということだった。
「『僕の人生は20歳がピークだった』なんて拗ねたことを言ってフラフラしていたので、社会で使えるスキルを教えて就職を手伝ってあげたんです。もともとアスリートだから基本を学ぶのが好きだし、ルールの中で頑張るということが身についている。どんどん吸収して、すぐに就職が決まりました」
中田氏自身も学生時代に野球に打ち込んだ経験を持つ。自らは卒業後に民間企業に就職できたが、社会人野球に進んだ同級生たちが、チームがなくなった途端に路頭に迷う姿も見てきた。その一方、クライアントである中小企業の多くが人材獲得に苦しんでいるのも知っていた。
「ここをマッチング出来たら面白いんじゃないかと。就職のあっせんが成功したのをきっかけに構想を練りました」と語る。
企業との提携で元アスリートの負担を減らす
日本営業大学のスキームは、会員企業の協力の下、元アスリートたちに営業スキルを学べる講座を3カ月間受講してもらい、修了後はこれら企業への就職をはじめ継続的なサポートを行うというものだ。
入学金5万円を最初に支払い、あとは就職後に給与から毎月5千円を3年間の分割払いとすることで受講生の負担を軽減。一方、企業側は会費に応じて、元アスリートを採用したり、経営相談や社員教育などのサポートを受けたりすることができる。
講座の内容は、営業の基礎から応用、財務、ITスキル、ビジネス心理学、コーチングなど多岐にわたる。
「まず講師を集めようと考えましたが、4年前にやろうと思ったときは自分自身の影響力も人脈もなかったので、経営者向けの講座を開いたり本を出版したりして知名度を高めていきました。2019年2月に講師やスタッフを集めるための説明会を開いたら200人ぐらい来ていただいたので、その中から講師を30人ほど選抜させていただきました」
会員企業は既に30社程度集まっている。元アスリートを採用できる特別会員企業も半数ほどいるという。
受講生のほうは、現状ではプロまで昇りつめたような人物だけでなく部活動レベルのスポーツ経験者も対象としているため、どのような人材が集まるか未知数な部分もある。
「レベルの差がかなりあるので、どの層から何人くらい選抜するかが今後の課題」と、中田氏は語る。
開講から1年後には200社の会員企業と200人の受講生をイメージして、進んでいくとのことだ。
企業が元アスリートに期待する能力とは
企業にとって、元アスリート人材のどこが魅力なのか。
中田氏は経済産業省が社会人基礎力として挙げた「前へ踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」といった「非認知能力」こそ、多くのアスリートが備えている能力だと説明する。
「アスリートは自己の能力強化やチーム力強化のために、日々当たり前のようにPDCAを回しています。その能力は一般的なビジネスマンをはるかに上回るものです」
日本営業大学で教えるのは主に営業スキルだが、必ずしも営業マンを雇いたいという企業ばかりではないという。
「会員企業の業種はバラバラで飲食系や福祉系やIT系もあります。例えば、PCのスキルは低くても、SEを束ねてチームマネジメントができる人材が欲しいというIT企業もあります。即戦力のエンジニアは新卒から採用すればよいですが、リーダーシップを発揮できる人材はなかなかいないからです」
セカンドキャリアで元アスリートの埋もれた能力を引き出す
まだ本格的な活動がスタートしたばかりとあって、今後の課題は各スポーツ関連団体との連携や知名度の向上だ。アスリート自身でつくる選手会のような組織をはじめ、所属チームや運営企業との連携をどれだけ深められるかもカギとなるだろう。
アスリートのセカンドキャリアに対する問題意識をさらに高め、日本営業大学についてもっと知ってもらうことが重要だと中田氏は考えている。
東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年は、例年にも増して日本全国でスポーツ熱が高まることだろう。その陰で、企業とのスポンサー契約を切られたり、引退を余儀なくされたりする選手たちは今後も存在し続ける。
「趣味ではなく1つの道を極めようと頑張ってきた人ほど、スタート地点が後ろになってハンデを背負う現状を変えないといけません」
アスリートは引退時期が遅れれば遅れるほど、その後のキャリア形成が不利になる。競技を離れた途端に貧困に陥るケースも多い。
自己責任と切ってしまうのは簡単だが、セーフティネットの面だけでなく、社会で埋もれている力を活用するという意味においても、注目される試みだ。
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