日本の有料放送の草分けであるWOWOWは、昨年度まで13期連続で加入者を伸ばし続けてきた。しかし今期は残り2カ月の段階で、加入者は前年を大きく下回る。普及してきた有料動画配信がWOWOWの経営を圧迫し始めた。窮地に追い込まれたWOWOWに打開策は果たしてあるのだろうか。文=関 慎夫
事業環境の変化で苦境に立つWOWOW
増収増益ペースも加入者はマイナスに
「大変厳しい状況であることを受け止めております」
こう語ったのはWOWOWの田中晃社長。1月31日に開いた第3四半期決算発表の席上でのことだった。
決算の数字は悪いものではなかった。2019年4~12月の9カ月間の売上高は616億4千万円で前年同期比0.4%増、営業利益は77億5500万円で同14.7%増の増収増益だった。通期でも売上高835億円(前期比1.1%増)、営業利益76億円(同12.1%増)の増収増益を見込んでいる。
特に売り上げに関していえば、過去10年間で減収となったのは一度だけ、ほぼ右肩上がりで業績を伸ばし続けている。
この成長を支えてきたのが加入者の増加だ。前3月期末の加入者件数は290万1493件で、前年より3万5千件ほど増加した。これで加入者増は13期連続となった。
ところが、今期はこの連続記録がとだえるかもしれない。昨年末時点の加入者数は285万6762人で3月末より4万5千件ほど減少した。昨年8月までは約5千件減と微減でおさまっていたが、9~11月の3カ月間で5万5千件以上加入者を減らし、12月には若干増やしたものの、挽回するにはいたらなかった。
それは年が改まっても変わらなかった。2月5日に発表した1月末時点の加入者数は、285万7693件と、12月末より931件増えるにとどまった。加入者増の連続記録を続けるには残り2カ月間で4万3800件増やさなければならない。
選択肢の増加で顧客を奪われる
冒頭の田中社長の発言は、こうした状況を踏まえてのもの。これは今期の加入者目標の「3万人増」がむずかしくなっているという意味での発言だが、3万人どころか純増できるかどうかの瀬戸際である。
同情すべき点もある。
一昨年9月は全米オープンテニスで大坂なおみ選手が優勝を飾った。同大会を中継したWOWOWには10万件を超える新規加入があり、9月だけで加入者を5万7千件も増やしている。
しかし昨年はベスト8止まりだったため、加入者獲得のエンジンにならなかった。それは今年1、2月に開かれた全豪オープンテニスでも同様で、大坂選手は3回戦で15歳の選手にストレート負けを喫し、男子の錦織圭選手はケガにより出場自体を取りやめている。これもWOWOWにとっては誤算だった。
しかし問題の本質はそこではない。田中社長は次のように語っている。
「やはり有料動画配信サービスの普及によってお客さまの視聴の選択肢が大幅に増えていることに間違いなく影響を受けている」
ネットフリックスやHulu、アマゾンプライムビデオやdTVなどの定額制の有料動画配信は既に市民権を得た。ネットフリックスなどが日本に上陸し、「黒船襲来」と騒がれたのは15年のことだった。安い料金で数千ものコンテンツを見ることができる動画配信により、既存のテレビ、とりわけ有料放送は大打撃を受けると予想された。
実際、有料CS放送のスカパーは、15年度の加入者348万3千件をピークに加入者が減り続け、18年度の加入者数は324万8千件と20万件以上減少した。それを考えると、15年度以降もWOWOWが加入者を増やし続けてきたことは、むしろ大健闘と言えるのかもしれない。しかしここに来て、いよいよ危機が現実のものとなろうとしている。
浮き沈みを繰り返したWOWOWの変遷
デジタル時代に通用しなくなった手法
WOWOWが有料放送を開始したのは1991年4月のことだが、その前年の11月30日にサービス放送を開始しているため、WOWOWでは今年を開局30周年と位置付けている。
この30年の間に、WOWOWは何度か危機を迎えている。最初は開局直後で、加入者が増えないだけでなく、視聴に必要なデコーダーを高値で仕入れ安く販売したため、加入者が増えるほど赤字が膨らんだ。この危機は、松下電器(現パナソニック)元副社長の佐久間曻二氏を社長に迎えることで乗り切った。
佐久間氏のもとWOWOWはデコーダーの逆ザヤを解消するとともに加入者を増やし利益を出す体質に生まれ変わった。しかしそれも束の間、2002年度に加入者が減り、そこから4期連続で減少した。
デジタル放送の普及期と重なるが、デジタル対応テレビにはWOWOWのデコーダーが最初から内蔵されている。それまでは、加入者を増やすこととデコーダーを売ることは同義だった。そこで家電業界出身の佐久間氏の手腕が役立った。ところがデジタル時代にその手法は通用しない。
浮上のきっかけはオリジナルコンテンツ
そこで06年に会長に招かれた(07年に社長)和崎信哉氏が選んだのは、放送局としての原点に立ち返ることだった。
和崎氏の登場までWOWOWには1人も放送業界出身社長がいなかった。初代の元官僚に始まり、電機、銀行、IT出身者へ引き継がれた。
和崎氏は元NHK理事で、「シルクロード」などをプロデュースしたテレビ屋だ。その目には、WOWOWはテレビ局ではないと映った。立て直すためには、1にも2にも番組の魅力を上げることだと考えた。
当時のWOWOWのキラーコンテンツといえば、圧倒的に映画だった。今も映画が重要なのは変わらないが、和崎氏は同時にドラマなど、WOWOWでしか見られないオリジナルコンテンツの充実に力を入れた。
この戦略が奏功し、07年度に加入者は増加に転じる。この戦略は15年に社長に就任した日本テレビ出身の田中氏にも引き継がれ、WOWOWは加入者を増やしていった。
優れたオリジナルコンテンツを制作するには優秀なクリエーターの存在が不可欠だ。WOWOWの最大の強みは、スポンサーの意向を気にしなくていいということだ。
地上波では制約のあることでも、WOWOWなら自由に制作できる。これがモチベーションとなり、「WOWOWと仕事がしたい」というクリエーターが増加、それがコンテンツの魅力をさらに増すという好循環が生まれた。
WOWOWの強みは放送と配信の両立
しかし、それもWOWOWの独壇場ではなくなった。有料動画配信でも、スポンサーの意向を気にせず番組づくりができるからだ。
昨年、ネットフリックスが制作・配信した「全裸監督」は大きな話題を呼んだ。このドラマを見るためにネットフリックスに加入した人も多い。ネットフリックスはこの番組をつくるために1年半を費やした。世界に1億3900万人の加入者がいるネットフリックスは資金も潤沢で、贅沢な番組づくりを可能にする。
このような強力なライバルを相手に、WOWOWは今後も加入者を増やしていくことができるのか。
田中社長は「オリジナルコンテンツの強化と新ジャンルの開発こそが一丁目1番地、一番重要な課題だ」という。新ジャンルの中身は現段階では不明だが、オリジナルコンテンツ強化は従来路線の延長のようにも見える。果たしてそれで戦えるのか。
「オリジナルコンテンツをつくるにあたってはWOWOWが30年積み上げてきた製作者さんたちとの関係や権利者団体との良好な関係をより強固にすることで強みを発揮して戦っていける。われわれは自分たちの持っている強み、アセットを十分に生かしきっていない」(田中社長)
それと並行する形で「配信に強い軸足」をつくっていくという。既に「WOWOWオンデマンド」としてWOWOWで放送したものをネットで見ることができるが、それ以外にも従来のCASカードの登録なしでもウェブIDで加入できるシステムを年内にスタートさせるなど、放送と配信の融合にも力を入れる。
「動画配信は配信だけだが、WOWOWには放送と配信の両方がある。これをやっていくことは間違いなく強みがある」(同)
今期が終わるまで約1カ月。過去には2月末時点まで加入者が減っていたものを3月に一気に3万件以上の純増を果たし、年間での加入者増を継続したこともある(12年度)。そのため今期、記録がとぎれるかどうかは不明だが、有料動画配信の攻勢は今後も強まっていく。30周年を迎えるWOWOWに、過去最大のピンチがやって来た。