経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

人生の8割は偶然でできている 〜プランド・ハプンスタンス理論に見る成功の秘密〜

西剛志

TAGS:

意思決定、行動、やる気から、集団心理に至るまで、私たちのあらゆる活動に深く関わっている「脳」。本コラムでは、最新の脳科学の見地から経営やビジネスに役立つ情報をお届けします。(写真=森モーリー鷹博)

筆者プロフィール

西剛志氏

(にし・たけゆき)脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。1975年生まれ、宮崎県出身。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年博士号取得後、知的財産研究所に入所。03年特許庁入庁。大学院非常勤講師の傍ら、遺伝子や脳内物質に関する最先端の仕事を手掛ける。現在、脳科学の知見を活かし、個人や企業向けにノウハウを提供する業務に従事。著書に『脳科学的に正しい一流の子育てQ&A』(ダイヤモンド社)がある。

Q:目標を実現する脳科学的な方法はあるでしょうか?

A: プランド・ハプスタンス理論を知ることが役立ちます。

プランを決めなくても業績は上げられる!?

 皆さんはプランド・ハプンスタンスセオリー(Planed Happenstance Theory/計画的偶発性理論)をご存知でしょうか?

 1999年にスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱したもので、数百人に及ぶ成功したビジネスパーソンを調査した結果、そのうちの8割が「自分のキャリアは予期せぬ偶然によるところが大きい」という事実から構築された理論です(*1)。

 昔から目標を決めてプランを作ることが大切だと言われてきましたが、最新の研究によって、ビジョンを掲げて具体的(理論的)なプランを遂行するだけではうまくいかないケースがあることが分かってきました。

 前回は経営者の直感力を扱いましたが、直感に今回の理論を組み合わせるとさらに相乗効果を得やすくなります。今回は一流の経営者のキャリア形成を通して、プランド・ハプスタンス理論の理解を深めていきたいと思います。

経営者の人生に見るプランド・ハプスタンス理論

 ZoE Enterprise(株式会社ゾーエ)代表取締役の土屋雅之氏は、名だたる著名人を顧客にかかえる日本でも著名なカリスマ美容家です(*2)。

 その流れるような素晴らしい技術はゴッドハンドとも言われ、東京銀座に「Aio-N GINZA」というヘアーコンシェルジュサロンを展開しながら、現在では美容を超えた健康ヘルスケア事業まで手がけ、通販事業にも進出して異例のヒットを飛ばす経営者でもあります。2000年には「名古屋巻き」を考案し、全国で一大ブームを巻き起こしたことで有名です。

 そんな土屋氏ですが、名古屋巻きを考案し大成功にいたった経緯が、まさにプランド・ハプンスタンス理論のお手本とも言えますので、彼のキャリア形成を遡ってみたいと思います。

 土屋氏は小さい頃から体が弱く、18歳のときに手に職をつけたいと思い、通信で美容師の資格も取りながら住み込みで岐阜県のある美容院グループ会社で働き始めました。

 2年間は下積みでカットはできず、1日40人ものシャンプーをしていたそうです。普通は下積みの期間は苦しいものですが、逆にお客様から「気持ちいい」と言われるのが楽しく、毎日幸せだったそうです。

 そのうち「お客様から言われる前に気持ちよいところを気づけるようになりたい!」と思い、常に先回りして顧客を喜ばせることに努めていました。

 するとそれを繰り返しているうちに、予想がまるで予言のように当たり始め、お客様からも「なんで伝えてないのに分かるの!?」「すごい!」と言われることが増えていったそうです(これは前回の記事でご紹介した「体験を積み重ねると直感を司る脳の部分が活性化する」現象とも言えます(*3))。

 こうしてシャンプーだけで指名が入るほどまで、その技術が評判になりました。

 「言われる前に気づけたら、それは感動につながる」

 当時のこの気付きが、その後の土屋氏の人生の大きな基盤ともなったと語っています。

 3年後に髪を切る担当になっても「言われる前に気づくこと」をとにかく大切にしたそうです。

 例えば「前髪を3ミリ切ってほしい」と言われる前にカットしたり、「技術以外のところでも顧客に感動を与えられるのでは?」と考えて、お店の動線まで考えてちょうどよいタイミングで上着を渡す場所まで意識したそうです。

 こうして人に感動を与えるしくみを現場で無数に学んでいきました。そうしていくうちに紹介が紹介を生み、人気美容師としての地位を築いていったのです。

業界を変える偶然の「ひらめき」が生まれる瞬間

 そんなある日、突然、社長から呼び出され、社運をかけた名古屋のトータル美容サロンビルの構想を手伝ってほしいと嘆願されました。将来的に独立を考えていたので一瞬迷いましたが、社長の思いに感動し引き受けることにしたそうです。

 そして、プロジェクトのマーケティングのために現地の名古屋に訪れたときのことです。そこは名古屋でも有名な繁華街でしたが、大通りなのに人があまり歩いていないことに気付いたのです。

 不思議に思って街の人に話を聞くと「百貨店やお店は地下で繋がって便利なので、表なんて歩かないよ」ということでした。そのとき、土屋氏にふとこんな想いが降りてきたそうです。

 「おしゃれして大通りを歩く人を増えれば、この街はもっと素敵になるのに」

 そして街行く人を観察していると、名古屋には裕福な家庭や上品な女性が多く、母親と買い物に出歩く人が多いことにも気づきました。若い女性は当時流行っていた清楚系のファッションが多かったのですが、髪型がやや派手で少し不釣り合いだなと感じました。本来であれば「ゆるい巻き髪」だったら、この街の女性はもっと美しくなるのにと感じたそうです。

 そこで土屋氏は、まずは自分自身の髪を胸まで伸ばし、日夜自宅で巻き髪をスタイリングするようにしました。そこで生まれたのが、たった6箇所に1分間ホットカーラーをまくだけでできる「名古屋巻き」だったのです。

 ここで土屋氏が素晴らしかったのは、美容院でお金をいただいてスタイリングするというよりは、自宅でもできるようにスタイリング法をお客様に教えたことでした。

 その結果、自分もできるようになりたいと沢山の女性が名古屋の新しいヘアサロンに殺到し、名だたる日本の有名女性誌『JJ(ジェージェー)』、『CanCam(キャンキャン)』など多数のメディアで特集が組まれ、全国にその名が広がっていったのです。

 土屋氏はインタビューでこんなことも語ってくれました。

 「全国から注目された結果、名古屋の女性が笑顔で表通りを歩くようになりました。オシャレなカフェやお店も増えて、名古屋は活気が出てきました。まさかたった1つのスタイリングで思ったことが実現するとは夢にも思っていませんでしたが、1つ言えることは名古屋の街と女性が輝いている姿を想像していたこと、そして常に3歩先を見ることを大切にしていたからかもしれません。

 “一歩先は目先、二歩先はもてなし、三歩先はおもてなし、4歩先はおせっかい”と言っていますが、3歩先のおもてなしとは本来“表も裏もない誠意、気づけないところに気づくこと”。それが人に感動を生み出すんです」

プランド・ハプンスタンス理論に見る「偶然が必然に変わる」法則

 プランド・ハプンスタンス理論は、目標を持つだけではなく、起きる出来事に柔軟に対応していくことで、予想もしない形で成果が得られるというものです。

 しかも、自己の利益でなく、他者の利益を考えるとき、脳が高度に活性化するため幸福度も上がります。米国のリサーチでは、幸福度が高まると創造力まで300%も高まる効果も知られています。

 直感や発想力も高まり、チャンスを掴む能力も高まることが期待できます。実際に蘭ラドバウド大学のデクスタハウシュ博士らの研究でも、意思決定のときに分析的な思考になる人ほど、自己の利益ばかりにフォーカスが向かいやすく、冷静さを失い正しい決断ができなくなってしまうことが示唆されています(*4)。

 今回はたまたま一人の経営者の事例を紹介しましたが、私がこれまで出会ってきた一流の経営者はほぼ同じようなことをおっしゃいます。

 プランド・ハプンスタンス効果は、プランを遂行するだけでなく、自分に起きていることを柔軟に認め、自分のためでなく社会や人の視点に立ったときに降りてくる感覚によって、より素晴らしい効果を発揮します。

 昔から「塞翁が馬」という諺がありますが、まさに幸運は人を想う気持ちからやってくるのかもしれません。

 今後の世界的な研究にも大いに期待したいと思います。

<参考文献>

(*1) Kathleen, E. Mitchell, S.AlLevin, John, D. Krumboltz, “Planned Happenstance: Constructing Unexpected Career Opportunities”, J. Counseling & Development, Vol.77(2), p.115-124, 1999

(*2) 美容家/土屋雅之について(株式会社ゾーエ公式HP:http://www.zoe-enterprise.com)

(*3) 西剛志, 『脳科学で鍛える一流経営者マインド 第9回:優れた経営者に学ぶ意思決定の秘密:「直感」と「分析的思考」はどちらが正しい?』https://net.keizaikai.co.jp/archives/47009