経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

創業100周年のマツダが直面する危機と経営課題とは

マツダ

1920年に東洋コルク工業として産声を上げたマツダは、今年で設立100周年を迎える。その記念すべき年を、マツダは新車の販売拡大で祝うはずだった。ところが新型コロナウイルスにより販売台数は急降下。経営の独立性にも黄信号が灯っている。文=ジャーナリスト/立町次男 『経済界』2020年7・8月合併号より加筆の上転載】

 

過去に何度となく危機を乗り切ってきたマツダだが

マツダが業績悪化に苦しむ背景

経営戦略の修正が必至な状況に

 今年、設立から100周年を迎えたマツダが、新型コロナウイルスの感染拡大で苦境に立たされている。感染は世界に広がっているが、マツダの主戦場である欧米、中国の市場が特に冷え込んでいる。国内外での自動車生産にも影響が出ており、需要・供給の両面から打撃を受けた格好だ。

 2012年から本格展開を始めたエンジンなどの「スカイアクティブ」技術は、当時、販売不振にあった同社を復活させたが、今回は全く異なる種類の試練だ。社運を賭けて投入した次世代スカイアクティブ技術搭載車の販売を本格的に拡大していくはずの重要な年だったが、戦略の修正は必至。ただでさえ先行投資が膨らみ、厳しい経営環境にあっただけに、総合力が問われる局面だ。

 1月30日、広島県安芸郡府中町のマツダ本社講堂。創立100周年記念式典で壇上に立った丸本明社長兼CEO(最高経営責任者)は、「次の100年に向け、私たちは人を第一に考えた『人と共に創る独自性』を大切にしてまいります。お客さまに愛着を持っていただける独自性あふれる商品・技術・顧客体験の創造に、今後も挑戦し続けてまいります」と決意を述べた。

 100周年特別記念車としてマツダは、1960年に発売した同社初の乗用車「R360クーペ」の色や特別装備を取り入れた既存車種を発売すると発表。R360クーペは赤色の屋根と白い車体が特徴で、フロアカーペット、フロアマット、シートなどのインテリアには、「マツダ3」で導入したワインレッド色「バーガンディ」を採用した。

 さらに、100周年のスペシャルロゴをあしらった特別な装備も内外装に施される。今年6月以降に、マツダ3など3車種、7月以降にスポーツタイプ多目的車(SUV)の「CX‒5」や「ロードスター」など4車種、9月以降に「マツダ6」(旧アテンザ)が発売される。4月3日に予約受注を始めた。

マツダの主戦場で猛威を振るう新型コロナ

 しかし、100周年記念式典が終わった後、新型コロナウイルスの感染拡大は世界で加速した。最初に感染が広がった中国も、ニューヨークを中心に感染者が急増した米国も、マツダの“主戦場”だ。

 4月28日に発表されたマツダの3月の生産・販売・輸出実績によると、世界販売は10万3416台で、前年同月から実に32・8%も落ち込んだ。地域別にみると、欧州が54・3%減の1万5126台と半減し、最も減少率が大きかった。米国は41・8%減の1万5664台。2月は19・0%増と好調だっただけに、新型コロナによる急速な需要減は痛手だ。

 中国は28・3%減の1万2958台。79・0%減の2430台だった2月よりは回復したが、依然として低空飛行が続いている。国内販売は8・1%増の3万516台とプラスだったが、緊急事態宣言が出された4月は大幅な減少が予想される。新世代商品の第1弾であるマツダ3の世界販売は38・1%の1万8765台にとどまった。

 世界生産は20・2%減。日本からの輸出は30・2%減の5万229台だった。世界販売の8割に相当する量を日本から輸出するため、国内生産規模はトヨタ自動車に次ぐ。減産が続けば雇用などへの影響も大きく、広島県などの地域経済を下押しする懸念もある。

自然災害、円高も打撃に

 マツダの業績は新型コロナの問題が本格化する前に、既に悪化していた。昨年11月に、2020年3月期決算の業績見通しを大幅に下方修正。売上高見通しは期初予想から2千億円引き下げて3兆5千億円に、本業のもうけを示す営業利益見通しは500億円引き下げ、600億円に下方修正した。マツダは減益の主な要因について、為替相場がドルやユーロなどの主要通貨に対して円高傾向で推移したためだとしている。

 一方で、世界販売台数も162万台から155万台に落ちる見通しだ。北米、欧州、中国、日本という主要市場で軒並み、減少する。19年3月期は、生産拠点のある広島県などを襲った西日本豪雨(18年7月)の影響が直撃しており、2期続けて思わぬ経営環境の悪化に見舞われたことは、不運ともいえる。

 21年に米アラバマ州で稼働させる予定のトヨタとの合弁工場の建設費や、新世代商品の開発費など、投資の費用がかさんでおり、今は耐え忍ぶ時期を迎えている。そこに新型コロナウイルスの問題が痛烈な打撃を与えた。

マツダが直面する課題と今後の展望

株式市場も厳しい視線

 新型コロナウイルスで多くの会社の株価が下落する中、マツダも例外ではない。1月20日は1030円だったマツダの株価は4月上旬には505円と、半値以下に下落し、年初来安値をつけた。株式市場はマツダの経営状況に、厳しい視線を注いでいる。

 マツダにとって今年は、重要な年だった。昨年、デザインを一新し、基本性能を大幅に引き上げた新世代商品群の投入を始め、その拡販を本格化するはずだったからだ。

 第一弾は、前モデルまで日本では「アクセラ」の通称名で販売されていたマツダ3。ハッチバックとセダンが18年、米ロサンゼルスで開催されたオートショーで世界初公開された。「日本の美意識の本質を体現する」という同社の「魂動(こどう)デザイン」を強く打ち出した。そして、主力SUV「CX‒5」と小型SUV「CX‒3」の中間のサイズのSUV「CX‒30」を新世代商品の第2弾として投入した。

 さらに、マツダは新世代商品群で、世界初の燃焼方式を採用したガソリンエンジン「SKYACTIV‒X(スカイアクティブX)」の搭載を始めた。その中核となる新型ガソリンエンジンは、マツダ独自の燃焼方式「SPCCI」の採用により、世界で初めて、量産車での「圧縮着火」を実現。従来のガソリンエンジンとディーゼルエンジンのそれぞれの利点を融合させ、燃費を節約しながらディーゼルの持つ力強いトルクをガソリンエンジンでも提供する。

 また、スカイアクティブXは運動性能が向上しており、同社のスローガンである「人馬一体」を体現する。人が思うままに操る喜びを得られるスムーズな動きが特徴とされている。マイルドハイブリッドシステムを組み合わせることにより、従来のガソリンエンジンと比べて2~3割の燃費向上に成功したという。

ブランド力向上はままならず

 しかし、新世代商品群は、デザインや性能が高く評価された割には、大ヒットしたとまでは言えない状況だ。要因の一つには前モデルとの価格差がある。マツダ3は日本でアクセラとして販売されていた前モデルと比べて、約1割の値上げとなった。さらに、スカイアクティブX搭載モデルは一般のガソリンエンジン搭載モデルと比べて約70万円高い。

 値引きをせず、ドイツのBMWやアウディなどとの競合を視野に入れたマツダの強気の姿勢は、ブランド力向上を急いでいることを印象づけている。

 「マツダを高級路線に導こうとしているわけではありません」。昨年11月の決算会見で、藤原清志副社長はこう、火消しに追われたほどだ。

 かつてブランド力不足と、多チャネル化などの販売戦略の失敗で苦しんだ苦い経験があるマツダにとって、ブランド力の向上は“悲願”と言える。自信をもって販売できる商品を開発し、生産したところでその思いが前面に出たが、一朝一夕にはいかない。十分に認知されていない中で、「これはいい商品だから買ってください」と訴えても、限界があったということだ。

 この点でも軌道修正は不可避だが、新型コロナウイルスの感染拡大は、それを吹き飛ばすほどのインパクトだ。

経営の独立性にも黄信号か

 もっとも、マツダは一方で、経営資源を抑えながら環境変化に対応するための施策を推し進めてきたのも事実だ。トヨタなどと電気自動車の基幹技術を開発する会社を設立し、スズキやSUBARU(スバル)もこれに参加した。

 また、車両全般の開発でも5年から10年の期間を見据え、将来導入する車種を車格やセグメントを越えて一括企画する手法も取り入れた。コンピューター上のシミュレーションなどで試作回数を減らし、コストを削減する車両の開発手法「モデルベース開発」の活用も積極化している。

 新型コロナウイルスの問題に関しては、各企業の対応には限界があり、収束を待つしかない。しかし、マツダにはこの他にも課題が山積している。

 例えば通商政策。NAFTA(北米自由貿易協定)が、米国のトランプ大統領の強い意向で見直され、「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」になった。USMCAの発効に関しては、新型コロナウイルスの影響で見直される可能性も指摘されていたが、米通商代表部(USTR)は4月24日、7月1日に発効させると発表。米国市場への無税での輸出に関して、部品などの原産地規則が厳格化するため、メキシコから米国に輸出しているマツダにとってはコスト増の要因となりそうだ。

 新型コロナウイルスはすべての自動車メーカーに影響を与えるが、中堅で比較的体力が小さく、投資先行で経営の厳しいマツダにとっては特に、強い逆風となる。事態が深刻化すれば、既に資本提携しているトヨタとの関係を強化せざるを得なくなるなど、経営の独立性が危うくなる懸念も否定できない。

 新型コロナウイルスが収束すれば、自動車需要は急激に回復していく公算が大きい。その時に再び、新世代商品群を拡販しつつ、ブランド力を少しずつでも着実に上げていくことが重要になりそうだ。今回の感染症拡大により、ライドシェア(相乗り)サービスなどの新しい車の使い方の勢いがしぼみ、空間ごと自由に移動できるという車のパーソナルな使い方に脚光が当たる可能性もある。
 “試練”を乗り越えつつポスト・新型コロナウイルス後の新しい需要を開拓できるかが重要になりそうだ。