ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田美佐子
目次 非表示
観光、出張、通勤客減で苦境の地下鉄
コロナ危機による鉄道利用の激減でJR東日本などの業績悪化が報じられているが、ニューヨークの公共交通機関も未曽有の経営難にあえいでいる。
ニューヨーク市では、遅まきながら6月8日にロックダウン(都市封鎖)が解除された。
だが、マンハッタン商工会議所が毎週金曜日に発表する同市の経済指標によると、7月末の時点でも、地下鉄の利用者数はコロナ禍前に比べ65.3%減、市バスは45.2%減だった。利用者数は増加傾向にあるが、テレワークによる通勤客の大幅減などが響いている。
ジョン・F・ケネディ(JFK)、ニューアーク、ラガーディアの3空港を合わせた飛行機の利用者数は昨年5月と比較し、国内線が96%減、国際線が98.8%減。観光客や出張客の消滅も、地下鉄の苦境に拍車をかけている。
ニューヨーク・ニュージャージー港湾管理委員会を率いるリック・コットン氏は経済紙『クレインズ・ニューヨーク・ビジネス』のインタビュー(7月23日付)で、「途方もなく困難かつ大変な状況にある」と語っている。ニューヨーク州とニュージャージー州の通勤列車の利用者数はコロナ禍で85~90%落ち込み、売上高の損失は向こう2年間で30億ドルに達する見込みだという。
列車や地下鉄、バスの運行に当たるニューヨーク州都市交通局(MTA)も、史上最大の財政危機に見舞われている。
路線数半減の可能性も
MTAのパトリック・フォイエ会長兼最高経営責任者(CEO)はニューヨーク市ブロンクス区の地元紙『ブロンクス・タイムズ』への寄稿文(7月28日付)で、連邦政府の追加支援金がなければ、運賃の値上げなど、あらゆる選択肢が俎上に上る」と、危機感をあらわにしている。
同氏によると、運賃や道路の通行料の売上高減に加え、パンデミック対応の経費がかさみ、MTAの損失は週2億ドルに上る。2020~24年の負債は160億ドルに達する見通しだ。
今年3月、2兆2千億ドルの大型景気対策が成立したことで、MTAには、連邦政府から39億ドルが支給された。だが、公共交通機関のサービス向上を求める利用者支援団体「ライダーズ・アライアンス」(本部ニューヨーク市)が7月に発表した報告書「MTA崩壊」によれば、MTAは6月後半までに、その73%を使い果たした。
5月には、米下院が3兆ドル規模の新コロナ対策法案を可決。下院多数派を占める民主党による同案では、MTAが再度、約39億ドルを手にすることになっていた。
一方、共和党が制する上院は1兆ドル規模の財政出動案を提示。8月3日現在、決着はついていない。39億ドルの追加支援を得られなければ、MTAは大胆な破綻回避策を余儀なくされ、路線数の半減もありうるという(前出報告書)。
ここ3年ほど、米ライドシェアの台頭でニューヨーカーの地下鉄離れが進んでいた。そして今、「眠らない街」を支えてきたMTAの将来に、さらなる暗雲が垂れ込めている。(『経済界』2020年10月号より転載)
筆者紹介―肥田美佐子 ニューヨーク在住ジャーナリスト
(ひだ・みさこ)東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て渡米。米企業に勤務後、独立。米経済・大統領選を取材。スティグリッツ教授をはじめ、米識者への取材多数。IRE(調査報道記者・編集者)などの米ジャーナリズム団体に所属。『週刊東洋経済』『経済界』に連載中。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト(「NY発米国インサイト」)。『フォーブスジャパン』などにも寄稿。(mailto: info@misakohida.com)