官邸に乗り込んで行った時のニュース映像では、意を決した厳しい表情が印象的だった。公明党の山口那津男代表は現金給付の一律10万円を求め、安倍晋三首相に政策転換を強く迫った。後手に回る官邸主導の新型コロナウイルス対策に対して、幅広い国民から生きるか死ぬかの窮状を聞き取った公明党として意地を見せた。今後先の見えない新型コロナ対応は、これまでのような予算編成の在り方や行政組織、意思の疎通では対応しきれない。山口氏は、財政面では今後も予備費の在り方などを訴え、スピードのある対応を政府に求めて行くという。聞き手=鈴木哲夫 Photo=幸田 森(『経済界』2020年10月号より加筆・転載)
山口那津男・公明党代表プロフィール
(やまぐち・なつお)1952年生まれ。茨城県出身。東京大学法学部卒業後、弁護士を経て90年、公明党公認で衆議院初当選。細川内閣では防衛政務次官を務める。新進党副幹事長、新党平和を経て公明党再結成に参加。2001年参議院に鞍替え当選し、参院国会対策委員長、党政務調査会長を歴任。09年、公明党代表に就任。
10万円給付決定の舞台裏で公明党はどう動いたか
―― 官邸で一律10万円を安倍首相に迫った。どんな経緯だったのか。
山口 ずっと一律現金給付のアイデアだけは持ち続けていました。予算が成立した3月27日の翌日、安倍総理が政府に経済対策の指示を出したわけですが、そのときの指示の中に家庭単位で生活支援の現金給付をしようという枠組みが既にできていました。総理は財務省と話して進めていたんですね。
―― 安倍首相、麻生太郎財務相と事務方の4人で……。
山口 そう。その中身が一家族30万円だと総理から連絡がありました。しかし、まずもらえる対象が誰なのか条件がよく分からない。それからきわ際のところでもらえる人ともらえない人の分断が起きる。全体で救済される範囲も広くない。
そんな中で、4月7日に政府が緊急経済対策を決めると同時に、緊急事態宣言を出すわけです。この宣言の内容は人と人との接触を7割から8割減らすために、業種によっては休業要請をして仕事をするなということでした。そうなれば身動きはとれない、生活も仕事もどうなるか分からないということで社会の不安が一気に広がって行った。
もう堰を切ったように不安の訴えや非難などがメールや電話、ファクスでわが党にも殺到し、SNS上でも広がって行った。これは大変なことになると直感しました。だけど政府は1世帯当たり30万円給付を変える気配はなさそうだったので、ここはもう動くしかないと思い、4月15日に総理に「ご相談があります」と伝え官邸に行ったわけです。
―― どんな話をしたのか。
山口 最初に総理に言ったのは、今政府と与党の風通しが悪いと。国民と政権との呼吸も合ってないということを思い切って伝えました。
例えばマスク2枚の配布。もちろん感謝している人もいるんですけど、そう思っていない人も多い。あとは総理が家でくつろぐ仕草をネットに上げましたが、みんなが良しと思っているわけではないと。そういうズレがあるんじゃないか。国民は厳しく見ていますよと。
30万円を給付しても喜ぶ人の数は少ないし、申請を受けて実務を引き受ける自治体の職員もクレームが来たり大変なことになる。だから給付は所得制限なしで一律で行うべきだと申し上げました。
―― その場で安倍首相は10万円という提案を受け入れたのか。
山口 いや。会談では私が言ってそこまででした。その後、午後に総理から電話がかかってきて、自公の政調会長同士で検討させますと。
ただ、こういうことはトップの政治決断だと思い、「とにかく総理が今度の第1次補正予算で30万円給付を行うのはやめて一律10万円給付でやると決めればいい」とはっきり言いました。30万円を含む1次補正は閣議決定していて、本当ならもう間に合わない。じゃあ2次補正かというと遅くなりますよね。
一度閣議決定までして重い意思決定の手続きを踏んでいるわけですから、ここは政調会長などに押し付けてはいけない。自民党総裁、公明党代表のトップ同士で判断しなければダメだと思ったんです。そこで、私から総理に「今からやれば連休前に予算を入れ替えて、十分間に合う。2次補正では3カ月、4カ月先。だから1次補正でやるしかない」と厳しく迫りました。
―― 政権内にイエスマンだけでなく厳しい意見を言う人がいなければ誤ることもある。
山口 じくじたる思いもあるわけですよ。自分も閣議決定に至るまで、いろんなことを了承してきた公明党の最高責任者ですから。でも変えた方がいいと思ったときには、特に今回の新型コロナのような状況の中では、言うべきですよね。ちゃぶ台返しなんて言われましたが、それでも恥を忍んで変えなきゃいけないと判断しました。
―― 危機管理の場面でリーダーにはミスや間違いもあるが、重要なのは過ちをすぐに認めて頭を下げ、方向転換する勇気と覚悟ではないか。
山口 そういうことです。そうした経過をたどって最終的に総理から電話がかかってきて「10万円給付をやります。これでかえって自公が結束できるようになって良かった」とおっしゃっていました。
新型コロナウイルス対策は経済政策ではなく社会政策
―― 専門家会議の設置も早くから提案していたようだが。
山口 専門家会議をつくれと一番最初に政府に提案したのも公明党でした。医療について言えば、今後医療現場での第2波に備える対策として、例えばPCR検査能力の拡大、性能の良いマスクや防護服、フェースシールドといった機材の備え。
それから薬です。ワクチンや治療薬の開発をやる。日本で開発を進めながら、外国の開発状況も見て、しっかり連携する。それから既存の薬でもどんどん調べて効果が分かれば使えるものから使っていく、といったアプローチも大事だと思います。
―― 取材していて感じたのは、公明党はとにかくあらゆる現場の人たちから聞き取りをしていた。
山口 公明党というのは地域に根を張っていますから、全国の地方議員から具体的な現実の声が届くわけです。それに加えて、早い段階から各分野のいろいろな方、団体など連日ヒアリングをさせていただきました。最初は観光とか交通とか一番痛んでいたところでしたが、それからもっと広げて中小企業、農業、製造業とか、パートの皆さんや学生さんにも聞きました。
そこで悲鳴にも似た現場の実情っていうのがひしひしと伝わってきたので、それらを政府に対して強く言って1次補正に早速反映させました。小さな声を聞き、かなりきめ細かくやりました。
例えば持続化給付金をフリーランスにも行き渡るように提案しました。また、去年から開業して今年収入が減った人を対象にするというのが最初の考え方でしたが、今年開業の人も広く救済できるようにしようと。雇用調整助成金については、もともと経営者が申請するものですが、面倒くさいからやらないという人も中にはいる。そこで、経営者だけじゃなく、従業員の方から申請できる仕組みに拡大しました。
―― 広範な聞き取りが反映された。
山口 特別定額給付金は外国人にも適用する、DVで離れて住んでいる人にも届くようにする、戸籍がない人たちももらえるようにする。また、視覚障害者は文書で書類をもらっても読めず、点字で文書を作るのは手間がかかるので、障害者年金のところで音声コードが使われているのでそれを活用しました。一人親の家庭には児童扶養手当を大幅に増やしましたし、仕送りが少なくアルバイトで学費を稼いでいる学生に対して緊急支援として1人20万円を予備費で。
そういうきめの細かいところまで提案して実現できているのは、公明党のアンテナの高さが生かされたからだと思います。新型コロナ対策は経済政策ではないんです。とにかくみんなで乗り越えよう、これならみんなで一歩進めるという気持ちを共有する、いわば社会政策の一面もあるのではないでしょうか。
新型コロナ対策に予備費を活用する有効性
―― 予算の立て付けでも予備費という公明党方式が見られた。
山口 われわれの提案の財源の多くは、予備費から使いました。もちろん平時なら補正予算でいいかもしれませんが、今は少しでも早く手を打つことが最も重要です。自民党の中にはまず1次、でなければ2次補正でいいじゃないかという声もあったし、政府も同じことを言っていました。
でも、2次補正だと数カ月先延ばしになってしまう、予備費があるじゃないかとそこにねじ込んでやったんです。その結果、予備費が有効だと実証できました。
それが分かったから2次補正には予備費を10兆円積みました。野党は使い道が分からないことにこんな大金を積んでどうするのかと言っていますが、果たしてそうでしょうか。今回予備費でどれだけ助かった人がいるか。
これから予想される第2波が起きてから第3次補正を考えていたら、またすべてが後手に回ってしまう。だからこの予備費の10兆円は使わないで済めばそれにこしたことはないけれど、必要があればすぐに使えるように用意しておこうと公明党は推進したんです。
防災、減災の観点からも予備費の活用を
―― 10兆円の予備費の意味はそこにあると。
山口 さらに言えば、今回の予備費10兆円はもちろん新型コロナのためのものですが、同時に防災、減災という観点からも、実はこの予備費という考え方は、財政において極めて重要なんです。コロナもそうですが、ふってわいたような災害にスピード感を持って対応するには予備費しかないのです。
―― その理由は?
山口 今九州や岐阜などで豪雨災害が起きています。私も現地に行ってきました。これまでも梅雨の時期には災害がありましたが、いまや地球温暖化の影響もあって規模と被害が明らかに大きくなっています。しかも地震災害も頻発している。だからあらゆる種類の災害に対して、防災、減災が政治の主流という時代になっているんです。
国際政治でもそうです。大きく言えば、気候変動、温暖化を防止する対策が必要です。一方で防災、減災、国土強靭化というのも必要。それで政府は3カ年防災減災緊急対策予算を用意していたのですが、今年度が最終年度になっています。
ここまでは良かった。だけど来年以降どうなるか分からない。そんな中で、来年以降の骨太の方針が議論されたんですが、原案は防災に関して去年と同じ表現で書かれていたにすぎなかった。3カ年緊急対策はもう卒業しましたってそういう雰囲気だったんですよ。だから公明党は怒った。現状を何と心得るのかということですよ。
新型コロナで対策で示した公明党が与党にいる意義
―― 今後、新型コロナ対策はどんなステージに移っていくのか。政治の役割は何か。
山口 ある程度感染者が出てもそれをコントロールしながら社会が動いていく線を具体的に作っていかなければいきません。
重要なのは、きちんと国民の不安に対して説明していくことです。7月に入って感染者が増えていることに対して、政府の説明は「検査数が増えたから感染者が増えている」と同じことを繰り返してきた。
でも、国民の不安は、感染経路不明の人が増えていることや中高年の感染者も徐々に増えて重症化につながっていることなどです。それに対して、こうすれば大丈夫とか、どんな対策をしていますといった説明が一切ない。しかも、政府と東京都などの自治体が言うことがバラバラ。ちゃんと共通認識を持って打ち合わせて具体的な説明責任を果たすことが重要です。
そんな指摘も政府に対して公明党としてはやっていきます。与党に公明党がいることの意味、役割というのはそういうことだと思います。
インタビューの時に、山口氏は上着の胸ポケットに一輪の花を挿していた。新型コロナの影響で困窮している花の生産者を救おうと農水省が始めた「花いっぱいプロジェクト」を応援しているのだという。ただ、山口氏はそこにオリジナリティを加えていた。「私は東日本大震災の被災地で生産された花を挿しています。3.11追悼式が中止になりましたから被災地への思いです。この花に鎮魂や勇気や希望といった思いを込めています」。もう20年以上も山口氏を取材してきているが、人権や生活者の目線にこだわるリベラル政治家だ。新型コロナ対策でもそうした視点や目線を貫いて、政権に苦言を呈してほしい。(鈴木哲夫) |