「高すぎるスマホ料金を是正する」と、昨年、携帯電話市場に参入した楽天。菅首相の携帯料金引き下げ方針も追い風になるはずだった。ところがNTTドコモなどがその方針に従ったことで、楽天の優位性は失われた。サービス開始から1年、早くも正念場に立たされた。文=ジャーナリスト/石川 温(『経済界』2021年3月号より加筆・転載)
楽天モバイルと同額のドコモ「ahamo」の衝撃
窮地に立つ楽天モバイル
昨年4月に携帯電話事業に本格サービスを開始した楽天モバイルが、早くも窮地に立たされている。
楽天モバイルは月額2980円で、自社エリア内ならデータ通信が使い放題というサービスが売りだった。テレビCMでは、女優の米倉涼子さんが「日本のスマホ代は高すぎる」と他社を揶揄し、低価格で使い放題という画期的なサービスで顧客を獲得するはずだった。
楽天の三木谷浩史CEOは「2020年中に300万契約を獲得するのが目標。損益分岐点は700万契約だ」と公言していた。しかし、20年12月30日の段階で、200万がやっとという感じだ。
楽天モバイルにとって、21年は本格的に他社から顧客を奪う勝負の年になるはずだった。だが、楽天モバイルのもくろみが狂い始めている。
昨年12月3日、NTTドコモは新料金プラン「ahamo(アハモ)」を発表した。
ドコモは6カ国(日米韓仏独英)でのスマホ料金比較(20GB)において、世界で最も高い8175円という料金設定であったが、ahamoは20GBを月額2980円で使えるようにしてしまった。
もともとahamoはドコモが不得意とされる若者を狙う新商品として昨年1月ごろから開発されてきたようだが、昨年4月に楽天モバイルが2980円というプランを掲げてきたことで、対抗プランとして月額2980円に設定された模様だ。
ドコモが格安料金を設定できた理由
ドコモがここまで安い料金プランを設定できた背景には、ahamoがオンラインのみの受け付けという点にある。
ドコモにとって、日本全国に2千店舗以上を展開する「ドコモショップ」の運営が重荷になっている。ドコモショップは大半が直営店ではなく、販売代理店が運営を手掛けている。携帯電話を専門に扱う販売代理店もあれば、地方でガソリンスタンドやファミリーレストランも手掛けつつ、ドコモショップも運営するといった販売代理店も存在する。
数年前まではスマートフォンの普及が伸びていたので、販売代理店もかなりの収益を得られていた。しかし、最近になって、総務省が通信料金の値下げを実現しようと、スマホの端末販売における大幅な割引に規制をかけるようになった。
総務省としては、端末販売において、多額の割引をするぐらいであれば、その原資を通信料金の値下げに回すべきという立場をとっている。これまでの「端末は割引により安価で買えるが、月々の通信料金は高め」という状況から「端末は割引が少なくなるが、月々の通信料金は安め」となるようにしようとしているのだ。
総務省による端末割引規制により、「iPhoneが安く買えるから別のキャリアに移転する」という動きがぱったりと止まってしまった。また、割引が減り、スマホの購入が高額に感じるようになったため、キャリアショップから客が遠ざかっていった。20年はコロナ禍の影響もあり、営業時間の短縮も余儀なくされた。
さらに平日のキャリアショップをのぞいてみると、スマホ操作を相談するシニアが増えている。スマホが普及し、新規契約が伸び悩む一方、コロナ禍で病院通いを避け、暇を持て余したシニアがキャリアショップに殺到し、店員相手に時間を潰している。販売代理店にとってみれば、1円も儲からないシニア相手のサポートに店員と時間をとられ、経営を圧迫する状況に追い込まれているのだ。
ドコモとしては、サポートを必要とするユーザーにはドコモショップを使ってもらい、高めの料金プランを契約してもらう。一方、サポートを必要としないユーザーにはオンラインで安めの料金プランであるahamoを提案しようとしているようだ。
楽天モバイルが直面する「2つの逆風」とは
月額2980円の優位性が消失
ahamoの登場は、楽天モバイルにとって「2つの逆風」を意味している。
ひとつは楽天モバイルが売りにしてきた月額2980円の優位性が消滅したことだ。
ドコモが2980円を出したのに続き、ソフトバンクもオンライン専用ブランド「SoftBank on LINE」で対抗してきた。こちらも月額2980円で20GB使えるのが特徴だ。
つまり、2980円の横並びになってしまったのだ。
とはいえ、他社は「20GB」という制限があるのに対して、楽天モバイルがデータ通信使い放題という圧倒的なアドバンテージがあるのは間違いない。
ただし、このデータ通信使い放題というのは、楽天モバイルが作ったエリア内に限るという制限がある。楽天モバイルは現在、自社でエリアを構築しつつ、工事が追いついていないところはKDDIからネットワークを借りてサービスを提供している。
楽天モバイルでは当初の計画から5年前倒し、今年夏には全国展開を終えるとしている。しかし、人口カバー率で見れば96%程度であり、他の3社が99・999%以上展開しているのに比べると、かなり見劣りする。
楽天モバイルとKDDIとの契約では、楽天モバイルが各都道府県で70%以上の人口カバー率を達成すると、契約終了という条件がある。
20年10月現在で、全国人口カバー率63・1%、東京都においては87・4%で、都内は今年春にもKDDIとの契約が打ち切られる。
今年春以降、都内で一気につながりにくくなる可能性もあるだけに、ユーザーの流出が避けて通れなくなりそうだ。
オンライン契約の普及でユーザー流出増加の可能性
2つ目の逆風となりそうなのが「オンライン契約の普及」だ。
楽天は、ネット通販から事業を拡大してきたこともあり、ユーザーもかなりネットになれている人が多い。楽天モバイルは昨年4月から本格的にサービスを開始しているが、コロナ禍で外出自粛要請が出ていたタイミングだったため、当時はオンラインで申し込みをしたユーザーが全体の96・5%、店舗での申し込みが3・5%と、極端にオンラインに偏っていたのだ。
一方、今年3月にサービスを開始する計画のドコモ「ahamo」、ソフトバンク「SoftBank on LINE」もオンライン契約を何とも思わないユーザーが対象となる。
楽天モバイルでは、実は先着300万名まで、1年間、月額2980円が無料というキャンペーンを展開している。つまり、200万近いユーザーが現在は無料で利用しているということになるが、4月以降、無料キャンペーンの適用が終了するユーザーが続々と出てくる。
その時、「同じ月額2980円で、使い放題のエリアが限られる楽天モバイルか、全国どこでも使えるが20GBの制限があるahamoか」という選択肢が出てくるため、3月以降、楽天モバイルから大量にユーザーが流出する可能性がある、というわけだ。
菅首相にハシゴを外された三木谷CEO
楽天モバイルにしてみれば、本格サービス開始8カ月で、ドコモとソフトバンクが対抗プランを発表してくるとは、夢にも思わなかっただろう。三木谷CEOは、昨年11月の段階で「われわれの料金を、同じ条件で他社がやるのはチャレンジングじゃないかと思っている」と自慢げに語っていたほどだ。
本来であれば、3社に対して楽天モバイルが月額2980円で攻めることで、ユーザーの流動性が高まり、4社が料金競争をして、国民全体のスマホ料金低廉化につなげるのが理想であった。
しかし、昨年9月に菅氏が総理に就任。「携帯電話料金値下げ」を肝いりの政策に掲げ、武田良太総務大臣の尻をたたき始めたところから、風向きが変わり始めた。
本来、KDDIやソフトバンクはUQモバイルやワイモバイルといったサブブランドで安価なプランを提供するつもりでいた。しかし、武田総務相が「メインブランドで値下げしろ。誠意を見せろ。国民を欺くな」と激高。3社はメインブランドでの値下げ、あるいはメインブランドからサブブランドへ移行する際の手数料の無料化を余儀なくされた。
われわれユーザーからすれば、あまり手間がかからず、月額2980円で20GBも使えるようになるのは大歓迎だ。総務省の調査データによれば、スマホユーザーの9割近くが月間20GB未満しか使っていないという。つまり、ほとんどの人が新プランやサブブランドに乗り換えれば、使い放題でなくても安さを実感できるようになる。
これまでは、今まで契約していたキャリアを解約して、別のサブブランドや格安スマホを新規契約しないことには安くならなかった。「同じキャリアを使い続けても安くなる」のは、武田総務相の功績といえるだろう。
しかし、第4のキャリアとして新規参入した楽天モバイルにとってみれば、菅首相にハシゴを外されたことになる。市場の流動性が落ちれば、楽天モバイルを契約するユーザーは一気に減り、「損益分岐点となる700万契約」の達成は厳しくなる。一方で楽天モバイルは基地局建設などの設備投資で、これから数千億円規模の出費を余儀なくされる。
楽天モバイルが撤退ということになれば、以前のように3社の寡占市場に戻り、菅政権が終わった頃には、値上げ基調に戻るという可能性も考えられる。
楽天全体を俯瞰すると、コロナ禍においても、証券やカードなど金融部門は好調であり、GoToトラベル効果で、楽天トラベルの回復も早かった。今後、ますますリモート社会が広がり、楽天経済圏の強みが発揮されるはずではあるが、モバイル事業が全体の足を引っ張り続けることになりかねない。
ドコモを筆頭に既存3社が2980円プランを訴求する中、どのように対抗していくのか。楽天モバイルにとって21年は試練の年になりそうだ。