「和民」を全国に展開するワタミは、現在、業態の大転換に挑んでいる。これまでの主力業態である居酒屋の3分の1近くを焼肉店に変える一方で、テークアウトのから揚げ店の出店も加速する。これまでのビジネスモデルが通用しなくなった今、渡邉美樹会長兼グループCEOはどんな未来図を描いているのか。
聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年3月号より加筆・転載)
渡邉美樹・ワタミ会長兼グループCEOプロフィール
焼肉の和民の売り上げは居酒屋業態の2倍で推移
―― 新型コロナウイルスの猛威が止まりません。ワタミが発表している毎月の売り上げ実績によると昨年10月には前年比65%にまで戻っていましたが、11月末に出された時短要請で、再び悪化することは間違いありません。
渡邉 外食産業、特に居酒屋は12月が書き入れ時です。12月だけで1年の3分の1以上を稼ぐという収益構造ですから、本当にダメージは大きいと思います。
―― 不安に押しつぶされたりしませんか。
渡邉 起きたことは仕方ありません。ですから、今の事態に対して最善のことは何なのかということを考えています。マイナスのイメージを持っても何のプラスにもなりません。とにかく今やるべきことは何なのか。それに尽きます。
―― 具体的にどのような手を打っているのですか。
渡邉 居酒屋業態には大打撃ですが、事業の中には影響を受けていないところもあるわけです。例えばお弁当の宅配事業、これは時短営業などの影響を受けていません。こうした事業をさらに強くしていくということがまず第一です。同時に、テークアウトなどの業態はコロナが追い風になっています。そこで、以前から展開していたテークアウト主体の「から揚げの天才」の出店を強化しています。昨年5月には7店舗でしたが、6月から出店を強化し、年度内に100店舗まで持っていく予定です。
その一方で居酒屋業態をどうするか。通常、逆風の時はカメが手足を引っ込めるようにじっと耐えるしかないわけですが、今の逆風はじっとしているだけでは耐えられないほど強い。そこで、約450店ある「和民」などの居酒屋業態のうち、120店を「焼肉の和民」へと業態転換していきます。
業態転換した店は、コロナ前と比較しても2倍以上の売り上げになっています。想定は1・5倍でしたから、予想以上に大きく伸びています。もちろん店舗の運営コストも居酒屋業態よりも高くなっていますが、ロボットを入れるなどして生産性を上げているので、利益率は以前と変わりません。これをさらに加速していきます。
もともと居酒屋業態は岐路を迎えていました。昔のようにみんなが一緒にお酒を飲む機会が減っていますし、若者のアルコール離れも進んでいます。こうした社会の変化に伴い、居酒屋マーケットは確実に小さくなってきています。
僕は2019年7月に参議院議員の任期が満了したことを受け、10月にワタミ会長に復帰しましたが、その時から、居酒屋業態を変えていかなければならないと考えていました。コロナ禍によりその思いはさらに強くなり、それまでは、2、3年かけて変えていけばいいかと考えていたものを1年でやりとげようと考えを改めました。それが今の状況です。
ミッション・ビジョン・戦略がトップの仕事
―― これまで「居酒屋のワタミ」として成長してきた会社です。急速に舵を切っても、社員はついて来られないのではないでしょうか。
渡邉 復帰して以来、会社を変えていかなければいけないというメッセージは出していました。それがコロナによって1年でやるというメッセージに変わった。ですから社員は頭を切り替える必要があったと思います。
でもコロナが流行した3月、4月頃、社員やお店のスタッフは、前途に対してすごく絶望的な気持ちになっていたと思います。そこでやったのは、まずできることをやろうということです。例えば宅食事業では、学校が臨時休校になった生徒たちに、50万食を無料で提供しました。このように、われわれが社会に対してできることは何かというメッセージを社内外に発信する。
同時に新しい業態を立ち上げるということで、5月に焼肉の和民、6月には和牛に特化した「かみむら牧場」の1号店をオープンさせました。から揚げの天才も出店をどんどん強化しています。つまり、この厳しい状況の中において、こんな明日があるよということを常に見せることができれば、社員は元気でいられる。それがリーダーとしての役割です。
僕は経営者の仕事とはミッション・ビジョン・戦略だと思っています。何のためにわれわれがあるのか、どこに向かっていくのか、そのためにはどうしたらいいのか、ということを3点セットで常に社員にアピールする。これまでもそれを続けてきましたが、コロナによってさらに強く伝えるようになりました。
焼肉店の立ち上げは以前から構想していた
―― コロナの感染拡大からそれほど時間もたっていない段階で、新業態を立ち上げたわけですね。
渡邉 いきなり始めたのではなく、以前から温めていたものです。例えばかみむら牧場は、僕が国会議員時代に自民党のクールジャパン特命委員会でプロジェクトチームの座長を務めていたことと関係しています。その頃から僕は日本が世界に打って出るには、寿司でも天ぷらでもなく、和牛だと思っていました。
しかも日本には回転ずしという、素晴らしい技術がある。これを組み合わせれば、おいしい和牛を手ごろな価格で世界に売ることができる。それを国内で実現したのがかみむら牧場です。通常、新業態の開発には最低1年かかりますが、構想があったからこそ、すぐにオープンすることができました。
―― コロナ禍により外食産業の在り方そのものが問われています。今後、どうなっていくのでしょうか。
渡邉 居酒屋の場合、7割の方の来店動機が「何となく」です。でもこれからは、何となくの外食は減っていくでしょう。焼き肉や寿司のように、「今日は〇〇を食べよう」とお客さまが目的を持って来店する時代になっています。
昔、外食は非日常的なイベントでした。その後、日本が豊かになり日常的なことになりました。それがコロナ禍で、しばらくは大人数の食事は控えなければならなくなり、デリバリーやテークアウトが一般化しました。その中で外食に行くには、目的がなければなりません。われわれはこの変化に対応していきます。
居酒屋は依然として必要
―― 先ほど、和民の約3分の1を焼き肉屋に業態転換すると言いましたがそれでも、300店以上が居酒屋業態です。これはどうします。
渡邉 これはワタミグループにかぎった話ではありませんが、これからの居酒屋は、本当に特徴のある商品、「あそこのあの料理をもう一度食べたい」というようなものがなければ存続できないと思います。それぞれのお店が個性をはっきり出していくしか生き残ることはできません。
その意味でこれからは経営力が問われる時代です。大手チェーンには仕入れ力があります。そこに生産性が加われば、高い付加価値の商品を提供できる。それができるチェーンは生き残っていける。そうではなく、ただ店の数が多いというチェーンでは、続けることはむずかしいと思います。
―― 居酒屋の時代は終わったとも言われます。渡邉さんはどう考えていますか。
渡邉 和民のような業態が必要か不必要かというと、僕は必要だと思います。今は不要不急は控えなければならない時代です。その意味では居酒屋に急いでいかなければならない場面はないかもしれません。
でも居酒屋でお酒を飲みつつコミュニケーションを取って元気になっていく、そういう場面というのは絶対に必要です。ワタミグループには一番多い時で650店の居酒屋がありました。これを450店にまで減らしてきて、さらに120店を業態転換します。今後さらに減るかもしれませんが、それでも250店は絶対死守します。日本の居酒屋文化をしっかり守っていきたいと思います。
打つ手があれば落ち込まない
―― 渡邉さんが外食事業を始めてから35年以上がたちます。この間、幾度となく危機を乗り越えてきたと思いますが、危機に面した時の経営者の心構えとは何ですか。
渡邉 僕は常に明日を見るようにしています。今だけの視点で自分や会社を見ると大変な事態かもしれませんが、明日から今日を振り返れば、恐らくこの状況は大したことはない。視点を明日に置けば打つ手も見えてくる。打つ手が分かれば、落ち込むことなく、明るく仕事をすることができます。
大事なことは、今、手が打てているかどうかだと思います。未来に向けて手を打つことができなければ、きっとあたふたするし、落ち込んでしまう。そうならないように、明日の視点から、今打てる手を打っていく。
―― 新しいことを始めるには当然リスクが付きまといます。下手をすると、今まで以上に傷を負う可能性もあります。どのくらいの勝率があればゴーサインを出しますか。
渡邉 10割の勝率というのはあり得ません。僕なら7割で走り始める。そのうえで残り3割を埋めていく。ダメなところがあれば、そこを修正していく。そうすれば、7割が10割になる。つまり、諦めずにずっと手を打ち続ければ、必ず勝てるということです。