社長就任早々に200億円の借金を背負ったのがソフトバンクの宮川潤一社長。会社から融資を受け、ソフトバンク株の約0・3%を取得する。なぜそこまでして大株主になろうというのか。宮川社長の真の狙いは――。文=関 慎夫(『経済界』2021年6月号より加筆・転載)
孫正義氏を超えるソフトバンク株を保有する新社長
日本国内で携帯電話など通信事業を手掛けるソフトバンクに、4月1日付で新社長が誕生した。
新社長の宮川潤一氏は1965年生まれの55歳。実家はお寺で、宮川氏自身も京都市の花園大学仏教学科に学ぶが、僧侶の道ではなく起業家としての人生を選択し、91年にももたろうインターネットを創業。その後、名古屋めたりっく通信、東京めたりっく通信、大阪めたりっく通信の各社長を務めるが、めたりっく通信がソフトバンクに吸収合併されたのを機にソフトバンク入り。これまではCTOとしてソフトバンクの技術部門を掌握していたほか、ソフトバンクとトヨタ自動車の合弁会社であるモネ・テクノロジーズの社長も務めてきた。
社長交代が発表されたのは1月26日。この人事により宮内謙社長が会長となり、孫正義会長が取締役を降りることが話題になった。そして就任当日の4月1日、再び世間を騒がせる発表があった。
この日、ソフトバンクは、宮川社長がソフトバンク株200億円を市場を通じて取得すると発表したのだ。まるでエープリルフールと勘違いするほどの金額だ。3月31日現在の株価で計算すると、200億円は1390万株に相当する。既に宮川氏は47万株強を保有しているため、取得後の持ち株比率は0・3%となる。
ソフトバンクの株主構成は、40%を親会社であるソフトバンクグループ(SBG)が持ち、その後、金融機関や信託会社が名を連ねる。20年度の有価証券報告書によると、孫氏と宮内氏は揃って80万株を保有している。この事実をもっても宮川氏が今後、保有する1400万株がケタはずれに多いことが分かる。当然、取得後の宮川氏は、先輩経営者2人をはるかにしのぐ、ソフトバンクの個人筆頭株主となる。
社長が自社株を取得するというのはよくある話だ。逆に自社株を全く持たない経営者のほうが珍しい。株を持つことで、株主から経営を委託されているという意識を持つことができるうえ、業績を上げ株価が上がれば自身の資産も増えるため、真剣に経営に取り組むことにつながるからだ。
年収の60倍を投じてソフトバンク株を購入
しかし宮川氏の場合はあまりにも規模が大きい。SBGおよびソフトバンクは、役員報酬が高いことで知られている。2020年度有価証券報告書に記載された宮川氏の報酬は3億5500万円とかなりの水準だ。
それでも200億円という金額は、宮川氏の年収の60倍に匹敵する。これだけの巨費を投じて株式を取得しようというのである。もちろん、宮川氏にそんな財産があるはずもなく、取得原資はソフトバンクからの融資に頼る。
なぜ、多額の借金をしてまで株を取得するのか。その理由について宮川社長は次のようにコメントしている。
「私個人として当社株式を保有することで、事業環境がいかに変化しようとも乗り越えていくという決意と、当社事業の成長を望む強い気持ちをステークホルダーの皆さまと共有したいと思っています」
つまり、自ら株式を大量に引き受けることで、他のステークホルダー同様、リスクを取っていこうというのである。さらには、孫氏のように、オーナーシップ意識を持って経営に当たるという宣言でもある。
その意気込みは分かるが、現実問題としてリスクも高い。例えばソフトバンク株は、昨年8月28日には1431円(終値)をつけていたが、9月30日には1177円まで下げている。1カ月で約18%の下落率だ。これを宮川氏に当てはめると、わずかひと月で36億円の損失となる。
もちろん、宮川氏の場合は長期保有が前提であり、短期的な上げ下げに一喜一憂することはないだろうが、携帯電話は菅首相の「料金引き下げ指導」もあり、以前のような高収益を見込むことは難しい。こうした環境を考えれば、一般の人なら、株価が心配で夜も眠れないのが普通だろう。
「オーナー経営者は誰もその気持ちを味わっている」という指摘があるかもしれないが、創業者の場合の元手はそれほど大きくない。そのため、仮に倒産したところで、ゼロに戻るだけだ。
ところが宮川氏の場合、200億円の借金がまるまる残ることになる。それでいて、持ち株比率は0・3%にすぎないから、会社の支配権も手に入れることはできない。それを考えると、リスクの大きさばかりが気にかかる。
ただし、社員にしてみれば、「今度の新社長はそれほどのリスクを取って経営に向き合おうとしている」と映る。そのため、社内の求心力は確実に高まるはずだ。それがいい方向に機能すれば、新社長としての船出は、明るいものになるだろう。
そしてこれが成功例となれば、ソフトバンクのように、会社が融資して社長に大量の株を持たせるケースが増える可能性もある。
トップの持株と業績は関係あるのか
では、社長が自社株を多く持っている会社の業績は本当にいいのだろうか。
よく、「サラリーマン経営者よりもオーナー経営者のほうが優秀」と言われる。オーナー経営者のほうが意思決定が早く、長期的視点で経営できるというのがその理由だ。ただし、孫氏やファーストリテイリングの柳井正会長兼社長のようなカリスマ経営者と比較しても意味がない。
そこで、昨年の株価値上がり率ランキング上位の会社の中から、会長、社長が大株主に名を連ねている会社を調べてみた。ただし、成長期のベンチャー企業は、創業経営者が多いため除外、原則として上場から10年以上たっている企業に絞り込んだ。
その結果、値上がり率1位はJストリーム。音楽配信の会社で、コロナ禍による巣ごもり消費で業績を伸ばし、株価は1年間で7・26倍になった。ただしこの会社はNTTグループ、KDDIグループ、トランス・コスモスなどが出資した会社で、経営トップの持ち株比率は小さい。2位の太陽光発電のAbalanceも、社長は上位に顔を出さない。
値上がり率3位は、1942年創業の不二硝子。医療用ガラス専業で、コロナ禍で管・瓶類の売り上げが大きく伸び、株価も上がった。この会社は代々小熊家が経営しており、持ち株比率も5割を超える。4位の川本産業はガーゼなど医療用衛生材料を製造・販売しており、やはりコロナ禍で業績が伸びた。もともと川本家が創業したが、今ではエア・ウォーター傘下に。それでも川本武氏が会長を務め、個人でも4・3%を保有する。
このように、株価上昇上位30社を見ると、3分の2に当たる20社で会長・社長が大株主になっている。
社長の株式大量取得は新手法として定着するか
同様の基準で値下がり率の大きい企業を調べてみると、会長・社長が大株主の会社は約6割だった。値上がり企業に比べると少ないが、有意差があるほどではない。つまり、経営トップが自社株を多く持つかどうかと企業の成長にはそれほど大きな差がないと、少なくとも昨年1年の結果からは推察される。
しかしそれはあくまで一般論。多額の借金を背負い、株価が1%下落しただけで2億円の評価損を出す宮川氏にしてみれば、自らを崖っぷちに追い込むための方法として、常識はずれのリスクを取ったと見るべきだろう。並の人間にはできない決断で、社員からも「ここまで腹をくくるとは思っていなかった。さすがお寺の子。肝が座っている」との声が聞こえてくる。
前述のように、携帯電話業界は曲がり角を迎えており、ソフトバンクも20ギガ2480円と、料金を大幅に引き下げた。5G対応の投資も今後10年で2兆円以上必要だ。この荒波をくぐり抜けるには、それこそ自らを追い込む必要がある。逆説的に言えば、それができる人間だから、社長に選ばれたともいえる。
社長交代発表後の会見で宮川氏は「テクノロジーを羅針盤にして新たな常識、明日の常識を作り、進化しつづける企業にしていきたい」と語っていたが、200億円のプレッシャーに押しつぶされることなく、ソフトバンクの業績と、自らの個人資産をどれだけ伸ばしていくことができるのだろう。