「足場業界」と聞いて、すぐにピンと来る人はそう多くないだろう。建設現場やイベント会場で組まれる足場用の機材を扱う業界のことだ。その認知度向上を目指して、ユニークな試みを行っているのが、くさび式足場のレンタル業を営むASNOVAの上田桂司社長。足場業界の魅力と同社の取り組みについて取材した。(吉田浩)
足場の「仮設性」にスポットを当てる
近未来風のデザインで躍動感のあるユーザーインターフェース。初めて「POP UP SOCIETY」のトップページを訪れた読者は、何のウェブサイトかすぐには分からないかもしれない。同サイトのテーマは「足場」。建設現場などで使用される足場用機材の認知と業界への関心を高めるために情報を発信している。
「建設業界では人材不足が深刻化しています。その理由をリサーチしたところ、そもそも自分には関係ない業界だと捉える声が非常に多く、無関心の壁を取り払わなければいけないと思いました。壁を取り除くためにはまず興味を持ってもらうこと。そこで業界と若い世代をつなぐ接点としてメディアを立ち上げたんです」
POP UP SOCIETY をプロデュースしたASNOVAの上田社長はこう説明する。
ASNOVAが手掛けるのは、「くさび式足場」と呼ばれる商品のレンタル事業だ。くさび式足場は高層ビルの建設などに使用される枠組み足場と違って、ハンマー1本で簡単に組み立てられるのが特徴。支柱の長さも4種類と少なく、踏み板も幅が異なるタイプが数種類あるだけなので、少し慣れればさながらレゴブロックのような感覚で、組み立てや解体が可能だという。マンションのリフォーム工事をはじめとする短期間の補修工事や各種イベントなどに用いられている。
足場の魅力を訴求する切り口として注目したのは「仮設性」だ。
たとえば、壁を駆け上がったり、障害物を飛び越えたり、バランス感覚を鍛えたりするトレーニング手法として注目されているパルクール。その1日体験イベントにくさび式足場によって作ったアスレチック施設を使用し、参加者に足場を組み立てるところから体験してもらう試みを実施した。パルクールアスリートとコラボして、足場の面白さを訴求する記事も発信。こうした機会を通じて、組み立てと撤去が簡単な足場が持つ仮設性の魅力を知ってもらうのが狙いだ。
「毎回、仮設×何かを設定して、世界中で行われている取り組みや事例を取材して記事にしています。足場は建設現場のイメージですが、アミューズメント施設をはじめあらゆる場面で使われています。そこで、足場やとび職人さんのアピールをする前に、まずは仮設性という部分に興味関心を集めて、業界のことを知らない若い世代と対話ができる状況を生み出したいと思っています」と、上田社長は言う。
知られざる足場業界の魅力とは?
人材不足に悩む建設業界だが、実はとび職人の平均年収は417万円、経験年数が増えれば600万円前後となり、一般的な水準と比べても悪くはない。しかし、いわゆる「ガテン系」のハードワークを好む求職者も、足場業界について最初から知っている人はほとんどいないという。
「新築の現場でもリフォームの現場でも、足場からスタートする方が多いんです。特にマンション修繕の現場では最初から最後まで足場がずっと支えるので、どのような足場を組むかで修繕の良しあしが決まるくらい重要です。何百年も前から足場は世の中にありますが、現場作業が終わると撤去されるので人々の記憶に残らない。でも、そこが何だか隠徳を積んでいるようなカッコ良さでもあります。リフォームやリニューアル市場はまだまだ成長しているので、その点も魅力ですね」
上田社長曰く、足場のレンタル業という業界のいちプレイヤーとして、状況を俯瞰できる立場にいたこともメディア運営を手掛ける動機づけになったという。建設業界やそれを支えるとび職人が減れば当然、足場業界にも影響が及ぶ。現在の業績は好調だが、建設業界全体の将来を見据えて、今から手を打つ必要性と感じているとのことだ。
予想以上に旺盛な需要がある足場
そう語る上田社長も、本格的に足場に関わりだしたのは、比較的最近のこと。もともとは福井県敦賀市で父親が営む建設機器のレンタル会社に勤務していたが、当時くさび式足場は社内で小規模に取り扱っている程度だった。
地域柄、原子力発電所関連の仕事が大半を占めていたが、2011年の東日本大震災とその後の原発稼働停止によって、会社の将来に暗雲が立ち込めた。そこで名古屋に進出し、住宅リフォーム需要などと共に増えていたくさび式足場のレンタル事業専門会社として、独立を果たしたという経緯だ。
独立してみて驚いたのは、潜在市場の大きさだった。起業当初の閑散期こそゆったりとしたスタートだったが、繁忙期に入ると大量の発注書が一気に送られてきた。その対応に追われ、納品が間に合わない顧客に頭を下げて回る日々がしばらく続いたという。
「足場のレンタル業は、先行投資として大量の機材を最初に保有しておかないと収益が出ない構造なんです。今は全国17カ所に保管場所ありますが、最初は感覚が分からず、お客さんはウチから足場を確保できる前提で工事を受注してしまっていたので、『どうしてくれるんだ!』とお叱りを受ける毎日でした」
最初のころは、レンタル単価が低すぎるので絶対にビジネスにならないと言う人も多かったが杞憂だった。住宅リフォーム市場が予想以上に伸びたのと、足場のレンタル専門業態が周りにいなかったのも成功の理由だ。
住宅リフォーム需要を中心に、今後も堅調な伸びが期待される足場業界。人材不足が理由で、成長が阻害される事態は何としても防がなくてはならない。
メディアをきっかけに他業種からの関心が高まる
POP UP SOCIETYへの反響も、今のところ想定以上だという。
「メディアサイトには正直あまり期待していなかったんです。でも、スタート半年で5万PVくらいまでアクセスが増えて、これまで足場と接点のなかった人たちとの関係が生まれました。仮設の価値を伝えられているなと感じています。インフルエンサーに取り上げてもらったり、記事に登場する人たちもフォロワーを沢山持っていたり、他業種で若い世代の人たちからよく見られていますね」
メディア運営から収益を得る予定はないものの、サイトをきっかけにASNOVAへの問い合わせが増えているという。既に、メディアを起点に複数の新しいプロジェクトがスタートしているとのことだ。
メディア運用の今後の課題は、仮設性に着目してさまざまな業界から舞い込んでくるイベントの話を、いかに発展させて実のあるものにしていくかだ。
「先は見えていないところもありますが、逆にワクワクします。一番良かったことは、ウチの社員が業界全体の課題を意識するきっかけになったことかもしれません。これまで、足場について知ってもらう努力をしてこなかった責任もあるので、少しでも知ってもらって最終的に人材採用や定着につながればと考えています」