インタビュー
「プロ経営者」という言葉が一般的になったのは、日産自動車を再建したカルロス・ゴーン元社長の登場した2000年以降のことだ。ところがカインズ社長の高家正行氏は、銀行員時代だった1990年代にプロ経営者を目指し始めた。何がきっかけで決断し、それからどう行動して今日に至ったのか。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年8月号より加筆・転載)
高家正行・カインズ社長CEOプロフィール
商品開発の優位性は全員参加型の賜物
―― 巣ごもり消費はホームセンター(HC)業界にとって追い風になりました。コロナ禍も2年目ですが、何か変化はありますか。
高家 大型連休中も、昨年よりお客さまは増えていました。一方で、われわれの店舗オペレーションも進化していて、昨年と比べても店内が密になることはありませんでした。
―― 具体的にはどういう商品が伸びているのですか。
高家 多岐にわたります。家にいる時間が増えたため、部屋をグリーン(植物)で飾る人が増え、オンライン会議で家の中が映るため、壁紙の売れ行きも上がっています。このような〝日常のくらしを良くしよう〟という傾向は今後も続くと見ています。テレワークの普及、キャッシュレスやeコマースの浸透もそうです。これらの便利な、あるいは自分らしさを求める行動は、コロナが収束しても元には戻らないと思います。われわれは、DIY(Do It Yourself)を拡大解釈して、自分でくらしを良くする行動をすべてDIYと呼んでいますが、このような需要は今後も続くと見ています。
―― 今回の特需を除くと、HC業界の市場は15年間、ほとんど増えていません。その中で、カインズの売り上げは4854億円で業界トップです。市場が成長しなければ業界内の競争は激化します。その中で首位にいる理由をどう分析していますか。
高家 当社は昨年、13年ぶりにトップに立ちました。合従連衡ではなく、新しい店舗と新しい商品の開発を地道に続けた結果、業界トップに返り咲くことができたと考えています。われわれの店舗の力、商品の力という強みは、今後も維持できると考えています。
―― カインズはPBに力を入れていますが、それは他のHCも同様です。合従連衡の背景にもPBの強化があります。カインズのどこに優位性があるのですか。
高家 本当に些細な、だけど簡単には真似できないところだと思います。カインズでは、常にお客さまの視点で考えて商品開発をしていますが、専門のチームだけが開発しているわけではなく、全国のメンバーからいろんな意見をもらいながら、どうしたらお客さまの困りごとを解決できるか話し合っています。このような全員参加型の商品開発を地道に続けているところが、われわれのアドバンテージだと思います。
その結果としてグッドデザイン賞は9年連続、海外のデザイン賞も受賞できるレベルになりました。その受賞理由も、デザインが良いだけでなく、何気ない商品でも細かい生活シーンにスポットライトを当てて困りごとを解決しようとしている点が評価されています。こうした商品開発力は一朝一夕にはできません。10年以上の努力の積み重ねが結実していると思っています。
IBM会長に刺激を受け「プロ経営者に」
―― 高家さんはカインズプロパーではありません。大学卒業後は銀行員、コンサルを経て、前職はミスミ社長です。
高家 30歳頃、当時は銀行員でしたが「プロ経営者」になりたいと思ったのが始まりです。以来ずっとその道を歩んできました。
―― 1990年代です。当時プロ経営者という言葉があったんですか。
高家 日本ではあまり聞きませんでした。でもこういう役割があるんだと思ったのはルイス・ガースナーです。彼はRJRナビスコのCEOからIBMに転じて見事に立て直した。こういうことができる人がいるのが驚きでしたが、いずれ日本でもこういう「プロ経営者」と呼ばれる人たちが出てくるだろうし、社会的な価値もあると考え、自分も目指そうと。
そんな目標を立てたときに、まずマネジメントスキルが絶対に必要だと思い、コンサルに転職。5年間、徹底的にロジカルな戦略思考を鍛えました。しかし経営者としては、それらを実践で使えなければなりません。そのため当時、戦略思考が強かったミスミに入社。そこで分かったのは、経営者になるには戦略思考だけではなく、強い意思や忍耐強さなどの胆力、組織を率いるリーダーシップやコミュニケーション能力などが必要だということです。
ミスミに入社してから4年で、ミスミグループ本社(東証一部上場)の社長になることができました。プロ経営者を目指してから10年強の年月がたっていました。社長就任と同じタイミングでリーマンショックが起こったので、社長在任の前半は業績回復に注力し、それを乗り越えた後半は、海外企業の買収や新規事業の立ち上げなど、次の成長戦略を実行しました。
―― そして今はカインズ社長です。
高家 ミスミの社長時代に気づいたのは、経営者に必要なのは論理性などのマネジメントスキルや強い意思・胆力、コミュニケーション力に加え、その人が背負っている全人格的な素養を磨く必要があるということでした。人生観や歴史観などを含めた、いわゆる総合的な〝人間力〟です。組織や人が動く動機というのはお金でも、またトップがカリスマだからでもありません。ましてや恐怖心からでもない。最後は経営トップの人間力が必要だと。そこで、ミスミ社長で終わるのではなく、少なくとももう1回、「プロ経営者」としてもう一段高いところでの〝総合格闘
技〟に挑みたいと。
そして最初は偶然でしたが、ベイシアグループ2代目の土屋(裕雅・カインズ会長)と出会い、カインズの経営を手伝うようになりました。
―― プロ経営者としてカインズのどこに魅力を感じたのですか。
高家 カインズは創立から30年以上がたち相当な大企業になりましたが、創業精神が今でも現場に浸透しています。カインズの社名は「Kindness」に由来しますが、全国にある220店以上の現場でKindnessの精神が定着している。これは大きな強みであり、魅力でした。
その一方で、流通業界門外漢の僕の目から見ても、このままでは10年後、20年後は厳しいということは分かりました。成長するには大きな変革が必要ですが、これだけの大きな組織を外から来た人間が変えるには、先ほど言ったような経営者としての3つの要素(マネジメントスキル、強い意思や熱い想い、全人格的素養)がなければできない。ならばこの会社が自分の場としていいのではと考えたのです。そこで2年間の副社長のあと、19年3月に社長に就任した直後から改革に取り組んでいます。
商品の陳列場所をスマホ画面に表示
―― 具体的にはどんなことですか。
高家 現在を〝第3の創業〟と位置付けています。30年前の創立時が第1の創業で、2度目の創業は07年に「SPA宣言」をして自社によるオリジナル商品開発に大きく舵を切った時です。第3の創業は「IT小売業」としての新しい価値創造を目指しています。
企業全体を変革するために4つの戦略の柱を掲げ、最初の切り口をデジタルにして、この3年間で100億~150億円のデジタル・IT投資を行ってきました。本社のある埼玉県本庄市とは別に、東京・表参道に新拠点「INNOVATION HUB」を置き、デジタル人材が働きやすい環境もつくりました。
―― どんな成果が出ていますか。
高家 スタートして半年後には「ファインド・イン・カインズ」というアプリを開発しました。これは携帯端末で商品名やバーコードで検索すると、画面上の店舗マップに商品の売り場が表示されるというものです。カインズの店舗には約10万点の商品があるので、どこに何があるか、店舗メンバーでもすべて把握している人はなかなかいません。
また、お客さまから店舗メンバーへの質問の約8割は商品の場所に関することです。そのわずらわしさをデジタルによって解決しようとしたわけですが、これがお客さまにも、店舗メンバーにも好評でした。在庫数がスマホで確認できたり、それを取り置きできたり。取り置き商品をカウンターでお渡ししていたのがロッカーで受け取れるようになり、コロナ禍で利用者がものすごく増えました。
―― 新しいタイプの店舗開発も行っているそうですね。
高家 これまで埼玉県朝霞市など3カ所に、「くみまちモール」をつくりました。その名のとおり、街と組んで新しい価値を創造しようというものです。モノを売るだけでなく、教育や医療などコトを提供できるモールです。創業時の企業理念に謳う〝文化を創造し、地域に貢献する〟ことを目指しています。
―― 今後も増やしていくのですか。
高家 くみまちモールを増やすというより、カインズ220店すべてが、くみまちのコンセプトに沿って地域に貢献していきたいと考えています。一部店舗で、マルシェを開いて地場の野菜を販売していますが、野菜だけでなく地場の水産物や工芸品の販売でもかまいません。地域の産業に貢献することが大事なのです。また、夏休みに子ども向け工芸教室を開くことも検討中です。そこでは、DIYにとどまらず、火を起こす、ナイフを使うなど、生活していくのに必要なことを教えていく。
これらは一例ですが、このような活動を通じて、地域の人たちの生活がより豊かになる――これを私は〝人生(くらし)のDIY〟と呼んでいますが、ここにわれわれがお役に立てる領域があると感じています。