経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

社内推進役「Business Director」が発揮すべきスキル

【連載】「顧客創造の経営」―社内推進役「Business Director」が会社を変える(第4回)

第3回では、社内推進役「Business Director」が持つべき必須の知識についてお話しました。今回は、ビジネスの現場で知識を使いこなすためのスキルについて、具体的な事例を元に紐解いていきます。

会議の強化書
高橋輝行氏の著書『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)

「想いはあるが何をしたら…」飛び切れない理想役

 あるIT企業の社長から「新たな事業を生み出せる次世代人材を育てたい」と相談を受けました。これまでは社長が事業を創り、従業員にオペレーションを任せ事業を拡大してきましたが、社長は60歳近くになり従業員にも経験させなければと思うようになったそうです。

 早速、社長と取り組むテーマの整理と理想を考える役の人選に入りました。社長が以前から目をかけている30代の中堅男性社員に経験させたいと考えていたようで、テーマもその社員がやってみたいことにしてはどうか、と言われました。社長に「理想を描ける人材でしょうか?」と質問すると、「多分、彼なら大丈夫だと思います」と返ってきました。

 後日、その社員にどのようなことをしたいのか聞くと、「人の夢を叶えるビジネスをしたいと思っています」と話しました。その理由を尋ねると、「夢を持っている人の話を聞くとワクワクし、その人を心から応援したくなります」と楽しそうに語りました。現業でもクライアントに寄り添い、相手の「こうしたい」を実現するために全力で頑張っていると、社長から聞いていました。

 私は、顧客創造に関する基本的な質問である「顧客は誰か?」「提供価値は何か?」「なぜそれに取り組む必要があるのか?」といったことを彼に投げかけ、頭の中にあるイメージを引き出そうとしました。彼は「こんなことを考えている人の夢を実現したい」という熱い想いを話してくれるのですが、私が「そうするには具体的に何をすると価値になりそうか」と質問すると、「それがよくわかりません」と実現したいことのイメージがなかなか膨らみません。

 私は「例えば、こういうことを実現したいと考えているのでは?」と、彼の話から推察したイメージを伝えると、彼は「それに近いです」と答えはするものの、イメージはそれ以上飛躍しません。そこで、現実解を考えられそうなメンバーを加え数回ディスカッションを重ねてみましたが、彼の想いは顧客価値の具体化まで昇華しきれませんでした。

 その原因を探ると単純な話で、実は彼には人の夢を応援することはあっても、夢を叶えた経験を持っていませんでした。彼には、全くの未経験の世界を頭の中から発想することができず、人が出したアイデアに飛びついてしまい、結局本当にしたかったことが見えなくなっていました。そこで私は彼に「応援したい人の夢を叶えてみてはどうでしょう」と提案しました。彼も薄々迷走している理由に気付いていたようで、「やってみたいです!」と言いました。

 そこで、社内で応援したい人を選び夢を募ることにしました。後日、社長に経緯をお伝えすると、「彼にはその体験の中から、理想を考え実現することの面白さと大変さを掴み取ってもらいたいです」と期待感を滲ませながら話されました。

「色々考えてしまうと無理かも…」躊躇する現実役

 あるメーカーの社長から、従業員主導のオリジナル製品開発について相談を受けました。社長は「これまでB to Bの受注生産をしていましたが、近年競合他社との価格競争に巻き込まれるようになり、自社独自の技術を活かした製品提案をしていかなければ先はない、という危機感を持っています」と想いを語られました。

 そこで、その会社の強みである技術を活かした顧客価値創造プロジェクトを行うことになりましたが、メンバー選定から従業員に行わせたいという社長の要望を受け、事務局と相談しながら決めました。理想を考える役には営業部門のアイデアパーソンが起用され、現実解を考える役には技術開発部門のリーダーが選ばれました。初回のオリエンテーションでメンバーに役割を伝えましたが、現実解を考える役のリーダーには「会議では理想の世界のイメージを膨らませ、その実現に向けて具体的な手段を考えるようにしてください」と伝えました。

 2回目の会議では、理想を考える役から「こういう顧客に、こんな製品を提案したいです」とかなり具体的なイメージが出てきました。日々客先へ足を運び、他社も含め様々な機械を見て、顧客からの要望を聞いているからこそ思いつける面白いアイデアでした。イメージをひとしきり聞いた後、私は現実解を考える役に「このイメージに違和感があるか確認した上で、実現に向けた方向性を議論したいのですが、いかがですか」と聞くと、「顧客や提案したい製品については違和感ありませんが、技術面やコスト面、製造面など考えると実現はかなり難しいと思います」と答えました。

 そこで私は、「前回のオリエンテーションで現実解を考える役の機能についてお伝えしたのを覚えていますか」と話し、「理想が先で現実解が後です」と付け加えました。すると「そうでした。つい、普段の仕事の頭の使い方で、何ができて出来ないのかをすぐに考えてしまいました」と自省されました。

 その後の会議でも何度か「難しい」と口にされたものの、その度に私は「理想が先で現実が後」と伝えると、徐々に「難しいとは思いますが、その製品を作るならこういう工夫をすると実現する可能性が高いです」と前向きな発言をするように変化しました。またある時には、依頼していないのに製品の手書きの設計図を会議に持ち込み、「こういう感じにすれば価格も抑えられると思います」と、理想を現実にするときの課題を自ら設定し解決する手段を考えてくれるようになりました。

 私はとても嬉しくなり、ある会議で思考が前向きになったことを褒めると、「現実解を考える役こそ、固定観念を打ち破る必要があることに気付いて、とてもいい勉強になっています」と話されました。

「できないのは仕方がない…」引っ張られてしまう推進役

 ある食品メーカーの新商品開発プロジェクトを支援していた時のことです。経営企画室が推進役、私が相談役となってプロジェクトを進めていました。ある時、推進役から「商品価格を3割ほど上げることになりました」と連絡がありました。価格が数%増であればまだしも、3割増というのは只事ではありません。

 理由を聞くと「自社製造ラインを使う予定だったのが、技術的な課題がクリアできず、外部委託することになり製造コストが跳ね上がってしまいました」とのこと。推進役はプロジェクトメンバーとコストを抑える方法を協議したものの、メンバーからは「どうやっても難しい」と言われたそうです。

 私は、販売価格を上げることが顧客価値の実現にベストとは思えず、本当に解くべき問いは何かを考えました。推進役にコストアップの原因を聞くと、商品のデコレーションにありました。開発しようとしている核となる食品だけでは見栄えがしないという理由で、デコレーションをつけることになったわけですが、それが想定以上に人件費がかかることがわかりました。プロジェクトメンバー全員、デコレーションした商品を開発することに夢中になり、商品価格を大幅に値上げしてまでデコレーションした商品を作るべきか検討していませんでした。

 私は「今回の商品開発の目的は、核となる食品が顧客にとって価値になるか検証することで、デコレーションは必須条件ではないように思いますが、いかがでしょう」と推進役に伝えると、「確かにそうです。私を含め全員がデコレーションした商品を作らなければと思い込んでいて、顧客価値が頭から抜け落ちていました。再度プロジェクトメンバーと協議します」と言い、結果デコレーションを外し元々の価格で販売することが決まりました。

 後日、推進役が「プロジェクトメンバーからできない理由を色々と言われると、自分も難しいと思って相手に流されてしまうことが多いですが、高橋さんはどのように回避しているのでしょうか」と私に質問しました。私は「顧客と提供すべき価値は何で、その実現に向けて本当に取り組むべきことは何か、を常に考えるようにしています。なぜなら、推進役は顧客価値創造のゲートキーパー(門番)だからです」と答えました。

社内推進役「Business Director」が発揮すべきスキルとは

 社内推進役は、理想を考える役と現実を考える役の思考をリードしながらアウトプットを引き出していきますが、核となるスキルは以下の10の技術に集約されます。

① 取り組む方向を設定する技術

② メンバーを選定する技術

③ 思考の役割を分担する技術

④ メンバーの目線を合わせる技術

⑤ ディスカッションを捌く技術

⑥ 問いを立てる技術

⑦ 面白いアイデアを出す技術

⑧ 考えを深める技術・まとめる技術

⑨ アウトプットを仕上げる技術

⑩ 全体を推進する技術 

 社内推進役はこれらの技術を正しく使い、不測の事態が起こっても動じることなく、メンバーが迷走しないよう一本の筋道を示しリードしていきます。次回は、社内推進役になるための訓練と育成についてお話したいと思います。

筆者プロフィール

高橋輝行・KANDO代表
高橋輝行(たかはし・てるゆき)会議再生屋。1973年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科を修了後、博報堂入社。教育エンタメ系企業の広告、PR、ブランディングを実施する。その後ベンチャー企業を経て経営共創基盤(IGPI)にて企業の経営再建を主導。2010年KANDO株式会社を設立し、会議を使った価値創造の組織マネージメント手法を開発。桜美林大学大学院MBAプログラム非常勤講師、デジタルハリウッド大学メディアサイエンス研究所客員研究員。著書に『ビジネスを変える! 一流の打ち合わせ力』(飛鳥新社)、『頭の悪い伝え方 頭のいい伝え方』(アスコム)、『メンバーの頭を動かし顧客を創造する 会議の強化書』(あさ出版)がある。