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野球界でけが人ゼロを目指す身体測定・トレーニング用アプリ「SUPORTAL」を提供 土井良記 しゃもじ

土井良記 しゃもじ

【経済界GoldenPitch2022審査員特別賞受賞】

野球経験者の多くが肩・肘の痛みを経験し、けが予防をしていない、自分に合うトレーニング方法を探せない――。そんなアマチュア野球界で、けが予測付き身体測定と、一人一人に最適なトレーニングメニューを自社開発のアプリで提供するしゃもじ。土井良記社長は野球界の発展を見据え、けが人ゼロのチームづくりをサポートする。文=大澤義幸(雑誌『経済界』2023年6月号より)

土井良記・しゃもじ社長のプロフィール

土井良記 しゃもじ
審査員特別賞受賞
土井良記 しゃもじ社長
どい・よしふみ 1998年生まれ。國學院久我山高校野球部68期。國學院大学文学部卒業。ベンチャー企業専門の税理士法人で節税対策や決算業務、融資・補助金申請業務などを経験。退職後、ビジネススクール講師や企業のプロダクト開発に従事。15年間打ち込んできた野球界をITの力でより良くしたいとの想いから、2021年しゃもじ設立。

けが予測から逆算してトレーニングメニューを提案

 「アマチュア野球チームで僕たちの身体測定・トレーニング用アプリ『SUPORTAL』を導入した結果、年間でけが人を1人も出さずに最後まで戦い抜けた、選手たちのパフォーマンスも向上したというのが、このサービスの目標です」

 そう話すのは、2021年にしゃもじ(東京都世田谷区)を設立し、同アプリをローンチした土井良記社長。土井氏自身、高校野球の名門・國學院久我山高校野球部出身で、大学時代の子どもたちへの指導を含め15年以上野球に関わってきた。野球をこよなく愛する24歳の起業家だ。

 サービス内容の一つが、アマチュア野球の生徒・学生らを対象とした身体測定。測定項目は元プロ野球トレーナーの中原啓吾氏が監修し、基本の20項目(オプション含め50項目)を用意。専門のスタッフが測定、または測定器具を貸し出し、利用者が自ら測定。測定結果はアプリ上でフィードバックする。

 「最大の特長は、けが発症率の予測システムを実装していること」と語る。スポーツ医学博士の石井壮郎氏、理学療法士の亀山顕太郎氏の協力を得て開発した。選手の疲労度合いや痛み、コンディションを数字や顔文字で可視化することで、指導者が選手一人一人の目標管理を含め手軽に行えるようにした。

 「数字を共通言語として、指導者と選手でコミュニケーションを深めてほしい。体罰は指導者に熱量があるから生まれますが、世代間の認識の相違をなくし、熱量を良い方向に変えたい。これも目標の一つです」

 測定結果を元に、選手一人一人のパフォーマンス向上につながる300本以上のトレーニングメニュー動画もアプリで提供する。利用料は選手1人につき月額900円から。

 「けがの予測から逆算して個別のトレーニングメニューを提案できるのが強みです。1度測定して終わりではなく、その後のコンディション管理を継続してサポートしていきます。選手が手軽に入力できるようLINEと連携し、一方で指導者が選手の情報取得や練習スケジュール設定しやすいUI/UXとしました」

 国内スポーツ市場規模は1兆円、うち野球市場は2千億円と言われる中、競合を先行するサービスに勝算はあると土井氏は自信をのぞかせる。

高校時代のけがで野球を断念。母校の試合を見て起業を決意

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 土井氏がけが予防に執着するのは、高校時代の苦い体験がある。甲子園を目指して國學院久我山高校に進学するも、高校2年の秋、腰を疲労骨折してしまう。痛み止めの注射を打ち、腰にコルセットを巻いて練習に励んだが、けがが悪化しレギュラーメンバー入りは叶わなかった。

 「悔しかったですね。家族も友達も応援してくれて頑張ってきたのに。引退と同時に、選手としての自分に区切りを付けました」

 大学では東京都の制度を利用し、公立中学校で野球を2年間指導する立場に。日々のきつい練習、けがに耐えて甲子園を目指すのではなく、野球を楽しむ子どもたちの姿にカルチャーショックを受けた。大学卒業後はベンチャー企業専門の税理士法人に就職。コンサル業務や、目の当たりにした数多の企業の成功・失敗事例は現業に生きているという。

 起業のきっかけは、國學院久我山高校が出場した21年秋の東京大会だ。翌年春の選抜大会出場をかけた決勝戦。対戦相手に9回裏2点ビハインドの状況で、母校の4番バッターが逆転の2ベースヒットを放ち、一振りで劇的な逆転勝利を飾った。

 「涙がこぼれました。勝利の感動と、あの場所に自分が立てなかった寂しさ、まだ野球をあきらめきれていない自分の存在に気付いて。こんなに野球が好きなのに、今なぜ野球に関わっていないのかと。そこで一念発起し、結果を出すためにもがいている選手たちをITの力でサポートしたい、野球の楽しさを世に広め、野球界の発展に寄与するサービスをつくろうと考えたんです」

心技体の「体」をサポートし未来のメジャーリーガーを

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 現在の見込みユーザー数は126チーム・約4800人。当面は口コミでアプリの利用を増やしていく。

 「強豪校や中堅校では外部のトレーナーが週1~2度練習を見に来ますが、それだけでは練習内容や選手の疲労度は把握しきれません。そこで彼らが使いやすいアプリを追求し、全国のトレーナーを巻き込み、そこからも利用増を図っていきます」

 アプリはけが予防の啓発の役目も担う。選手はけがをするまで、予防の意識を持ちにくいためだ。けがをして初めてあの時こうしておけばよかったと思っても遅い。これが冒頭の「けが人ゼロ」の発言につながる。

 「けが予防とパフォーマンス向上は別と考える人たちがいますが、『けが予防をした結果、パフォーマンス向上がある』が僕たちのコンセプトです。大谷翔平選手が二刀流で戦えるのもけがをしない体づくりをしているから。僕たちは心技体の『体』をアマチュア野球でサポートしていきたい。そして将来メジャーリーグで活躍する選手を見たいですね」

 今後はメンタルヘルスのチェック機能の付加や、他のスポーツやヘルスケア領域への展開も視野に入れる。「頑張る選手のため、野球界のために、熱量は誰にも負けません」と笑う。土井氏の表情は野球少年にも負けない輝きを放っている。