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メルカリ流のチーム経営は情報流通と意思決定の変革から 小泉文明 鹿島アントラーズ・エフ・シー

小泉文明 鹿島アントラーズ・エフ・シー

これまでリーグや天皇杯、カップ戦などで20個のタイトルを獲得し、日本を代表する強豪クラブである鹿島アントラーズ。そんな最強クラブの経営権をメルカリが取得したのは2019年のこと。メルカリ本体の会長も務める小泉文明社長は、サッカークラブの経営も特殊なものではないと手応えを見せる。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)

小泉文明 鹿島アントラーズ・エフ・シー社長

小泉文明 鹿島アントラーズ・エフ・シー
小泉文明 鹿島アントラーズ・エフ・シー社長
こいずみ・ふみあき 早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBCにてミクシィやDeNAなどのネット企業のIPOを担当。2006年よりミクシィに参画し、CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する。12年に退任後はいくつかのスタートアップを支援し、13年にメルカリに参画。17年4月社長兼COO就任、19年9月会長就任。19年8月より鹿島アントラーズ・エフ・シー社長を兼任。

チーム経営は全く特殊なものではない

―― メルカリが鹿島アントラーズ・エフ・シー(以下、鹿島アントラーズ)の経営に参画したのは2019年のことでした。ビジネスとして可能性をどこに見いだしましたか。

小泉 鹿島アントラーズはJリーグを代表するクラブであり、タイトルも一番多く取っています。伝統あるクラブにテクノロジーの力やメルカリのノウハウを持ち込むことでアップデートし、エンターテインメントとしての価値を上げる。あるいは、もっと地域とクラブチーム、関連企業が共存する新しい姿を提示できると考えました。今後の社会の姿をイメージすると、おそらく人々の余暇は拡大していくはずで、その中でスポーツやエンタメ産業の可能性はもっと大きくなると認識しています。

―― スポーツビジネスは特殊なものというイメージもあります。どういった部分から着手しましたか。

小泉 スポーツチームの経営も特殊なものではありません。会社の経営において大事なのは、正しい意思決定をすること。そして、意思決定に基づいてPDCAを素早く回し続けることです。

 ですからあえてどこから着手したかと言えば、情報流通と意思決定プロセスの改善からです。例えば、Slackを導入することで情報の流通手段をメールや電話から切り替え、社内の末端まで正しい情報が素早くダイレクトに伝わるようにしました。組織内で正しい情報が的確に流通していることは、意思決定の正確さや実行スピードの大前提になります。また、組織の階層も簡略化しました。これまで階層が出世や給料と紐づいていたので、どうしても複雑化していた。人事評価の方法も含めて変化し、階層を半分程度にすることで、経営にスピード感を生み出しました。

―― 業績を見れば、22年度の売上高は約66億円でJリーグではトップクラスです。ここからどんな方向性を目指しますか。

小泉 基本的なサッカーチームの収益源を分かりやすく言えば、チケット収入、グッズなどの物販、スポンサーシップフィーの3本柱。ここにタイトルの賞金やリーグからの配分金が加わってくるようなイメージです。基本はフットボールの魅力を高めてスタジアムを満員にすることですが、ここは派手な打ち手はないので地道に積み上げていくしかありません。

 一方で、コロナの兼ね合いもあって海外戦略、特にアジア戦略はまだまだやることが多くあります。鹿島のホームタウンは成田空港が近いですし、アジアのクラブチャンピオンになったこともありますので、単純な集客はもちろん、アジアのパートナー企業を募るような動きには大きな可能性を感じています。これから随時、仕掛けを行っていきます。

―― 海外戦略に適した立地である一方で、首都圏からのアクセスが良いとは言えません。集客は苦労しませんか。

小泉 これは考え方一つです。例えばFC東京のような大都市圏のクラブの場合、豊富なエンタメコンテンツの中での競争に勝たなくてはならない大変さがあるはずです。鹿島アントラーズは今年の開幕戦に2万8千人のサポーターが集まりました。これはJリーグでトップクラスの集客力です。ですから人口が少ないことを言い訳にせず、しっかりフットボールの魅力を高めていくしかないですね。

 あるいは、僕らの言葉で言うと、「半日楽しめるエンタメ」、「1日楽しむエンタメ」にしていくことが重要です。スタジアムまでのアクセスが良いエリアの場合、買い物のついでに観戦に行くスタイルも可能ですが、われわれの場合はスタジアムまで時間がかかる。そこを逆手にとって、あえて非日常の体験として、半日・1日楽しめてしまう場所にすることは心がけています。例えば、一般的なクラブはだいたいキックオフの2時間前にスタジアムを開門していますが、僕たちは3時間前から開けていて、スタジアム外のフードは4時間前からオープンしています。もちろん試合の時間がコンテンツの軸ですが、それ以外の楽しみを増やすことで、足を運んでいただける魅力を生み出しています。

勝利こそ全てそれが最大のマーケティング

―― 鹿島アントラーズは獲得タイトル数がダントツで、勝利が義務付けられるクラブです。勝つことと収益にはどのような関係がありますか。小泉 基本的に勝利こそ全てだと思っています。なぜ稼いでいるのかと言えば、究極的には勝つことができるチームを作るためです。人口6万8千人の鹿嶋市を筆頭に、アントラーズのホームタウンの人口を全部足しても27万人ほどの規模です。それなのに、なぜ開幕戦に2万8千人もの方が来てくれたのかと言えば、やっぱり勝利を見に来ているんです。 僕がいかにスタジアムの外のエンタメが大事なんだとかいろいろ言っても、結局ファンはスタジアムで熱狂して、試合に勝つのを目的に来ているので、勝つことが一番のマーケティングです。やっぱり勝たないと始まらないですし、そういう本質があるからこそ、チーム経営はそんなに甘くない。

―― 勝利のために、経営者としての一番の役割はどこにありますか。

小泉 短期的な成果や強化は監督の意思決定が大きく関係する中で、クラブが何をできるかと言えば、中長期でどうやって強いチームであり続けるかだと思います。そのために、当然施設をいいものにしていくとかやることは多くありますが、僕が個人的にすごく大事だと思うのは、ユースチームのようなアンダーカテゴリーに投資をすることです。特に今は昔と違って、良い選手は若い時から海外に移籍していくので、その中でいい選手をどんどん下から引き上げていって、常にいい選手を自分たちで生み続けることが大事ですね。そのサイクルを止めなければ、ずっと上位に居続けられるはず。そこが経営の仕事です。