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時給キャンペーンから3年 ようやく時代が追いついた 冨田英揮 ディップ 

冨田英輝 dip

3年前から、「アルバイト社員の時給を上げよう」とのキャンペーンを張ってきたのが人材サービス大手のディップ (dip)。当時は違和感もあったが、コロナ終焉後の人出不足もあり、アルバイトの時給は右肩上がりに増えている。安い時給改革に先鞭をつけた冨田英揮社長に、今後の選ばれる企業の条件を聞いた。(雑誌『経済界』巻頭特集「『安いニッポン』さようなら~日本の給料を考える~」2024年4月号より)

冨田英揮 ディップ社長CEOのプロフィール

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冨田英揮 ディップ社長CEO
とみた・ひでき 1966年愛知県生まれ。90年、地産入社。その後、ゴルフサービス会社、英会話スクールなどを経て、97年ディップを設立し、社長に就任。2000年より派遣求人サイト「はたらこねっと」、02年よりアルバイト求人情報サイト「バイトル」を開始した。04年マザーズ上場、13年東証1部へ指定替えを果たし、現在は東証プライム。昨年、大谷翔平選手とアンバサダー契約を結んだ。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦

1300円を超えたアルバイト時給

―― 春闘が本格化し、新聞では毎日のように、「賃上げ〇%」という記事が載っています。ディップでは2021年11月から「時給を上げようキャンペーン」をやっていますが、世の中全体が大きく動き始めた感じがします。

冨田 確かに時代が変わりつつあるように思います。もちろんわれわれがキャンペーンをやったからそうなったとは思っていませんが、人材サービスの最先端にいる会社としてはなるべくしてなったとは思っています。コロナが明けて人手不足はより深刻化しています。少し前までのように安い給料でアルバイトを雇うことなどできなくなっています。もし雇えたとしても長続きしない。

 ただしそうは言っても、働いている人たちが給料を上げてくれと声を上げるのはなかなか難しい。そこでわれわれが代わりに企業に対して「時給を上げませんか」と伝え、それによって優秀な人材を確保しやすくなると訴えたわけです。とはいえ、下手をするとクライアントを敵に回してしまう可能性もあるので、このキャンペーンを始めるのは非常に勇気がいりました。でも当社のフィロソフィーである「ユーザーファースト」を考えれば、絶対にやるべきだと考えました。実際にやってみたら、ユーザーもそうですが、クライアントも非常に高く評価してくださっています。

―― キャンペーンを始めてから2年余りが経ちました。アルバイトの時給は今どうなっているのでしょうか。

冨田 われわれが交渉したところは非常に上がっています。地域差はありますが、当社の「バイトル」掲載案件の平均時給は1300円を超えました。これは他のメディアを押さえナンバーワンです。クライアントにしてみれば、それによって人も集まりやすくなっていますし、定着するようになっています。われわれのキャンペーンは経営者が有期雇用の方々と向き合ういいきっかけになったと思います。

―― 今後も時給は上がりますか。

冨田 人手不足はさらに続きます。ですから時給も右肩上がりで上がると考えていますし、むしろ上がるペースが速くなっています。最近では、人手が足りないために事業の継続が困難になっている企業も増えてきました。生き残るためには人が必要で、そのためには時給を上げる必要があります。

―― そうは言っても、時給を上げたくても上げられないという会社も多いです。

冨田 その意味で、これからは経営力が問われる時代になってきました。単純に時給を上げれば、コストが増えるだけです。ですから時給を上げる一方でDXやAIにより生産性を上げていく。その両立が不可欠です。

―― ディップはそうした経営者の相談にも乗っているのですか。

冨田 人手不足や業務効率に課題を抱える業界・業種の定型業務を自動化する「コボット」というサービスも提供しています。ただ、必要なのはDXやAIだけではありませんし、時給だけでもありません。どうやって自分たちの会社を選んでもらうか。そして定着してもらうかは、職場の環境や人間関係も重要です。ですからこれからの時代は、人を大切にするというスタンスを雇う側が持たなければなりません。そしてアルバイトの人たちが気持ちよく働くことのできる職場は、間違いなく成長していきます。

―― 時給だけでなく、そういうところにも経営者は気を配らなければならないわけですね。

冨田 今、積極的に進めているのは、採用にあたり、性差や国籍、そして年齢などのバイアスを取りましょうということです。特に年齢項目は、少し前まで必須でした。でも昨年よりディップの求人サービスは応募時に年齢を入力する項目を任意とし、クライアントへも言い続けた結果、今では半数以上のクライアントが年齢入力を必須としていません。

―― 結局は若い人ばかりが採用されるのではないですか。

冨田 そんなことはなくて、今まで70歳だったらノーチャンスだったものが、採用のテーブルに乗ることができるし、実際に採用されるケースも増えています。そしてそうすることで、若いユーザーの好感度が上がります。バイアスを取り除く必要があることを、若い人たちは敏感に感じ取っています。年齢制限を課さないことで、この会社はすごく平等な会社だと見てもらえるのです。

ディップ社員の年収は5年間で5割増しに

―― アルバイトの待遇を上げるのもいいけれど、正社員の雇用を増やすべきだという指摘もあります。冨田さんはどうお考えですか。

冨田 それは企業ごとの戦略だと思いますが、日本の雇用環境ではなかなか難しいところがあります。終身雇用は崩れたとも言われていますが、だからといって社員を解雇するのは簡単ではありません。アメリカのように企業側の解雇の自由度が高まれば人材の流動化は今以上に進みます。さらには会社にぶら下がっている人たち分の負担が減れば、本当に働いている人の報酬をさらに増やすことができる。あるいは人材が労働市場に出ることで人手不足も解消されるかもしれない。そういう制度に変えるべき時を迎えているようにも思います。

―― アルバイトの時給を上げることに力を注いできたディップですが、自分たちの社員の給料はどうなっていますか。

冨田 わが社では毎年社員総会を開いていますが、一昨年の総会では、5年間で年収を1・5倍にすると宣言しました。過去にも「3年以内に年収を100万円アップさせる」と宣言して、実現してきました。ディップは給料がめちゃくちゃいい会社というわけではありませんが、できるかぎり上げていきたいと考えています。

 そのためにも、ディップ自身もDXやAIの活用を進め、生産性を高めていかなければなりません。生産性向上なしに給料を上げることはできないと社員にも伝えてあります。

―― ボーナスも高いのですか。

冨田 もともと年俸制で、ボーナスはゼロでした。ただ決算の数字がよくなったのに伴い、最初は半月分のボーナスを出し、それが1カ月になり2カ月になって今に至っています。ですからボーナスの額としてはそれほど高くはありません。でも業績がよくなればもっともっと出したいですね。

大谷翔平をアンバサダーに起用した理由は

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渋谷をジャックした、大谷翔平を起用したディップの看板

―― 最近の若い人たちは、給料の高さ以外のものも会社を選ぶうえでの重要な要素になっていますね。

冨田 ディップの場合なら、それがフィロソフィーです。ディップには「私たちdipは夢とアイデアと情熱で社会を改善する存在となる」という企業理念があり、これに共感する人たちを採用するようにしています。最近では、このフィロソフィーがあるからディップの採用に応募したという人がとても多くなっています。フィロソフィーにある「ブランドステートメント」の中には、先ほど言った「ユーザーファースト」も入っていますし、「社員幸福度ナンバーワンを目指す」ともあります。この社員幸福度ナンバーワンを、僕はとても意識しています。

―― どんな施策で社員幸福度を高めているのですか。

冨田 給料だけでなく、働きがいであったり上司との関係であったり、さまざまな要素があります。その中には、社員が亡くなって子どもが小さい場合、成人するまで学費や教育費の一部を払い続けるというものもあります。まだ若い会社ですから、そんなケースが多いわけではありませんが、制度化しています。社員だけでなく家族も、ディップにいる時はもちろん、ディップを辞めたあとでも、ディップで働いたことで幸福になったと感じてもらいたい。

―― ところでディップは、昨年大谷翔平選手とブランドアンバサダーの契約を結びました。相当なお金が必要だったはずですが、それがユーザーファーストや社員幸福度にどう結びつくのですか。

冨田 非常に大きな効果がありました。大谷さんを起用した広告自体がニュースになっていますし、渋谷の大谷さんの看板で写真を撮る目的で、地方からもたくさんの人が訪れているようです。大谷さんというのは全世代、性別を問わずに愛されている。こんなキャラクターはほかにいません。

 確かにある程度、お金はかかりましたが、アンバサダー就任を発表したタイミングで19ものテレビ番組が取り上げてくれたので、広告にして考えれば十分に元が取れました。しかもCMで大谷さんは「働き方は人それぞれ。働く理由も人それぞれ。夢を叶える仕事に出会おう」と語りかけています。それに共感したユーザーも多いですし、広告を見るだけで活力がわくとおっしゃってくれる人もたくさんいます。

 クライアントからも評価が高く、あのCMを見て契約してくれた会社もあります。社員も盛り上がっています。ですからアンバサダーになっていただいて、本当によかったと思っています。