経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

グロース市場上場で成長に拍車を自転車生活に新たな価値を創造する 涌本宜央 DAIWA CYCLE

涌本宜央 ダイワサイクル

100店舗を超える自転車販売店を展開するDAIWA CYCLE。後発ながら急成長を遂げ、2023年11月にはグロース市場に上場を果たした。創業時から重視してきた顧客接点の充実を武器に、次なる価値創造を目指す涌本社長の想いとビジョンを伺った。文=森本啓介(雑誌『経済界』2024年6月号より)

涌本宜央 DAIWA CYCLE社長のプロフィール

涌本宜央 ダイワサイクル
涌本宜央 DAIWA CYCLE社長
わくもと・のぶお 1974年大阪府生まれ。 97年有限会社大和(現DAIWA CYCLE)入社。98年取締役就任。2006代表取締役社長就任。

「人」へのフォーカスで上場を達成し次世代へ

  1990年に大阪府八尾市で創業 したDAIWA CYCLEは、接客を重視して顧客の困りごとに応えていく昔ながらの“自転車屋さん”精神を残しながら大型路面店を展開してきた。自転車トラブルの際に、現地に駆けつけてその場で修理を行う「出張修理」サービスを武器に関西エリアを広範囲にカバーし、中部、首都圏にも商圏を広げて2022年には100店舗を突破。23年11月には東証グロース市場に上場した。

 「新しい船に乗り換え、これからもっと大きな波が待ち受ける外洋に出る」と涌本社長は心境を語る。創業者としての次なる船出は想い、知恵、経験の機会を社員たちに引き継ぎ、次の世代に向けて成長し続ける企業組織の構築だ。

 「100店舗を超える規模になり、このまま家業で終わってしまってよいのかという想いがありました。時代は急速に変化し、人々の生活が多様化するだけでなく、異業種からの業界参入も進んでいます。株式上場によって、今後さまざまな経営判断を行う中で、さらに成長スピードを高めながら次世代に継承していく準備ができたと思っています」

 社員一人一人の可能性に任せ、成長していける分野はいくらでもある。これまでのオーナー企業の体制から脱し、社員が持つポテンシャルを最大限に発揮できる企業にしていきたいという。

 同社が大規模な店舗展開を可能にしてきた背景には「人」にスポットを当て続けるという、一貫した方針がある。

 「自社のことを表現する時には全社員の顔を映し出したいほど、社員が切磋琢磨している会社だと思います」という涌本社長は、自転車駐輪場を営む父の姿を見て育った。タイヤの空気入れやパンクの修理依頼に対応するだけでなく、停めている自転車にまでメンテナンスを施し、持ち主から驚かれることもあった。そんな父の姿が投影され、同社では現在も自転車販売だけでなく修理サービスも重要なファクターと位置付けている。対応する社員にも、修理技術だけでなく接客の質が問われることになる。「目の前のお客さまに喜んでいただく」という精神が経営の原点であり、またビジネスモデルとなって会社を成長させてきた。

 多くの産業が人材不足といわれる中、同社は採用に困ることはないという。

 「自転車が好きというより、人間関係が希薄になりつつある昨今だからこそ、人にフォーカスしている会社であることに魅力を感じてもらえているようです」

 同社の教育制度の一つとして、半年間1人の新入社員に対して1人の先輩社員がマインドやスキル面でフォローする「ブラザーシスター制度」がある。人が人を成長させる、その可能性を信じているから「自立をフォローするのは会社として当たり前で、成長こそが幸せをもたらします」という涌本社長。活躍できるフィールドを与え、社員の可能性をさらに引き出していきたいと語る。

オリジナリティを尖らせ新しい価値を創造していく

上場セレモニー(DAIWA CYCLE)
上場セレモニー(DAIWA CYCLE)

 顧客や社員に重きを置き、今や自転車販売量販店として100店舗を超えるトップクラスの規模となった。確固たる礎を築いてきたように見えるが、理想にはまだ足りていないという。

 「想いを持って成長してきましたが、自己満足かもしれないと思っています」と、涌本社長はこれまで顧客に向けてきたマインド、商品、店舗、サービスの価値を言語化できるまで極めることができているのかを自問している。投資家や市場、そして社内から認知され、共感され、受け入れられる、突き抜けたオリジナリティを磨き上げ、形にしていくことが大きな課題だという。

 「独自性は自然に生まれてくるものではなく、意識しなければ磨かれないものだということが分かりました。そのためには社員みんなが意識を持たなければなりません。自分たちが新しい価値を生み出し、世の中の自転車生活を変えていくことには、充実感とやりがいがあるはずです。スペシャリストが多く育ってきた今、これがDAIWA CYCLEだと言い切れるブランドを確立し、可視化したい」

 社員一人一人がクリエイティビティを発揮することによって、オンリーワンの会社づくりに全員で取り組んでいく構えだ。

 自転車市場は、コロナ禍を機に三密回避から自転車を利用する人が増加した。ローテクな製品でありながら健康増進につながり、自然環境に良いとの認識が広がり、時代に見合ったサステナブルでハイテクな製品として自転車の価値が見直された。一方で現在の円安という為替市況は、輸入製品を扱う同社にとって厳しい局面となる。その中で「苦境こそ考え抜き、力を蓄え、中期経営計画に示す200店舗達成を早々に目指したい」と語る。

 同社が得意としてきた出張修理サービスは、今後店舗展開を強化していく首都圏でも大きなニーズが見込めるという。東京に所属する社員によると、このエリアの顧客は修理の際に申し訳なさそうに自転車を持ち込むのだという。「すぐに対応しますよ! 伺いますよ!」と、大阪で泥臭く続けてきた人情味あふれるサービスを首都圏に浸透させることによって、そこに暮らす人たちの自転車生活を大きく変えることができると涌本社長は意欲を見せる。

 「出張修理は経営的に大変な部分もあり、今までにもやめようかと考えたこともあります。でも、これは当社の大切なポリシーであり、当社の軸になるサービスです」

 店舗拡大を目下の目標に置きながら、同社はさらなるステージを見据えている。それは経営理念でもある「自転車の新しいアタリマエを創る」に則った、日本の自転車生活をとりまく価値観を変えていく、という使命だ。そのため、自社だけでなくビジョンに共感する全国の自転車販売店を含めた新たなネットワークを構築しながら、今までにない自転車生活や文化を提案していく。

 株式上場は同社にとって新たな成長へのスタートラインにすぎない。

 「投資家の皆さまの期待にしっかりとお応えできるような実のある成長に努め、日本の生活者のライフスタイルを変えていきたいですね」