経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

自ら「院政宣言」をした豊田章男・トヨタ会長の本音

「院政」という言葉には表舞台に立たず政治を操るネガティブなイメージが付きまとう。それを自ら株主総会の席上で宣言したのが、日本最大企業であるトヨタ自動車の豊田章男会長。なぜ炎上必至の発言をしたのか。豊田氏の本音とは――。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2024年9月号より)

豊田会長再任支持率は昨年より12ポイント低下

 トヨタ自動車は6月18日、愛知県豊田市の本社で定時株主総会を開いた。2023年4月に就任した佐藤恒治社長が初めて議長を務めたが、存在感を放ったのは、やはり豊田章男会長だった。

 株主総会で佐藤社長は総会2週間前に発覚した認証不正について、「ご迷惑をおかけしていることを心よりおわび申し上げる」と謝罪した。そのうえで、「(豊田)会長と共に現場で再発防止にしっかりと取り組む」と強調。豊田会長も、「私自身が責任者として、正しいものづくりをリードしたい」と述べた。

 トヨタの株主総会は地元・豊田市で開かれることもあり、会社に強い愛着を持つトヨタファンのような株主が多く参加し、経営陣に好意的な温かい雰囲気の中で行われることが多い。それでも今回は、認証不正を受けてトヨタが現在置かれている状況を懸念する質問が出た。

 ある株主は、「認証不正の報道でショックを受けた。トヨタは大丈夫か。内部統制が効いていなかったり、ガバナンス不全に陥っているのではないかと気になっている」と切り出した。そしてレーサーとしても活動する豊田氏のモータースポーツへの取り組みは「道楽になっているのではないか」とただした。

 これに対して豊田氏は社長就任直後の10年、北米などで起きた大規模リコール問題を振り返り、「あの時に、過去・現在・未来を通して責任を背負うと決めた。あれから14年たったが、責任者は今も私だと思っている」と話した。ガバナンスについても、「統治、管理、支配を意味する言葉。その語源は、船の舵をとり導くこと。私が考えるガバナンスは、一人一人が自ら考え、動ける現場をつくることだと思う」と強調した。

 モータースポーツに対する質問の回答として、過激な言葉も飛び出す。「私の存在や行動によって、院政や道楽と言われてしまう。院政とは老害というネガティブなイメージはあるが、本来の意味は、新しい時代を切り拓くものだ」と持論を展開した。

 そして、「責任を取るのは私で、決めて進めるのは執行メンバー。決めたことを私が後から修正したりすることはない。相談に乗ることで、私の失敗体験を糧にし、若い執行メンバーに思い切ってチャレンジしてもらいたい。それを院政というのであれば、院政をやる」と話した。

 一般的には、存在感の大きな創業家出身の社長が会長に就いたとき、次期社長に実権を渡していないと受け止められるような発言は避けようとするはずだが、逆に「院政をやる」とセンセーショナルなことを言うのが〝章男流〟なのかもしれない。もっとも、やると言っているのは「責任を取る」「相談に乗る」こと。院政という言葉は過激だが、佐藤社長ら「若い執行メンバー」の背中を押すと言っているだけだ。トヨタファンが多い会場での安心感が豊田氏を饒舌にさせたのかもしれない。

 米議決権行使助言会社のグラスルイスと、インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、株主総会で諮られた豊田氏の取締役再任案に反対を推奨。この方針を公表したのはトヨタ自体の認証不正の判明前だったが、豊田自動織機やダイハツ工業などトヨタグループで相次いだ不正行為について、09年から経営トップにいる豊田氏に責任があるというのがその理由だった。グラスルイスは、ガバナンス体制に重大な懸念が生じていると指摘し、経産省出身の早川茂副会長の選任にも反対を推奨。両社共に、佐藤氏については賛成を推奨した。

 総会では結局、豊田、佐藤両氏ら10人の取締役選任など、会社側提案の3議案を承認された。一方で、気候変動関連の渉外活動に関する年次報告書の公表を定款に追加するように求めた海外機関投資家の株主提案は否決された。トヨタは、既に報告書を発行しており、定款で規定する必要はないと反対していた。

 しかし、トヨタは株主総会の翌19日、豊田氏の取締役再任への賛成の比率が71・93%だったと公表。これは取締役10人のうちで最低だった。昨年の総会では84・57%だったが、そこから12・64ポイント低下した。反対票を投じたのは、議決権行使助言会社の推奨を受けた機関投資家が中心とみられるが、一部の個人株主も同調している可能性がある。佐藤氏は95・44%だった。

 一方で、トヨタが6月25日に公表した豊田氏の役員報酬は、16億2200万円と前の年度より62%増えてトヨタの役員として過去最高になった。欧州企業の水準を参考に報酬を見直し、中長期的な成長への貢献を評価する報酬体系を導入したという。

認証不正問題での豊田会長の「存在感」

 株主総会のわずか2週間前、6月3日に国土交通省が発表した「認証不正」のインパクトは大きかった。自動車の量産に必要な「型式指定」の認証申請に関し、トヨタなど5社に内部調査で不正行為が見つかった。4日に道路運送車両法に基づき、トヨタ本社に立ち入り検査が実施された。トヨタで不正があったのは「ヤリスクロス」や「クラウン」といった計7車種で、現行生産車では「カローラフィールダー」など。エアバッグの作動試験で本来、衝突時の衝撃をセンサーで検知し、自動でエアバッグを作動させる必要があるにもかかわらず、タイマーで作動するように設定し試験を行っていた。このほか、規定と異なる重量で衝突試験を実施したり、エンジン出力試験で狙った出力が得られるようにデータを改ざんしたりしていた。

 国交省は「ユーザーの信頼を損ない、自動車認証制度の根幹を揺るがす行為で、極めて遺憾だ」と強調した。トヨタグループのダイハツ工業や豊田自動織機に不正が相次いだことから、同省は完成車メーカーや装置メーカーなど計85社に過去10年分の型式指定申請における不正の有無の内部調査と報告を指示しており、その過程で不正が見つかったのだ。

 認証不正の発表当日、東京都内の記者会見で謝罪した豊田氏は「(トヨタは)完璧な会社ではない。間違いも起こる。問題が起こったらとにかく事実を確認して直す。それを繰り返す」と強調。不正の背景については、「納期が短く、最後の方で大きな負担がかかってしまったのではないか。長いリードタイムで多くの人が関わっている」と説明。

 不正とされた試験の中には、歩行者の頭部および胸部保護に関して法規の衝撃角度(50度)より厳しい65度で実施した試験もあった。会見で宮本真志カスタマーファースト推進本部長が、「より厳しい条件でクルマの開発をしているという自負もあり、認証という意識がちょっと薄かった」と話したように、トヨタは自社の基準の試験を適切に行っているという意識があり、車の性能には問題がないという自信があるようだ。

 それでも不正なのだから、経営者としては謝罪をしつつ、社内態勢をカイゼン(改善)し、国の制度についても、効果を維持しながら、より使い勝手の良いものに変えてもらうように働きかけをしていくという難しい舵取りを迫られている。

 さらにさかのぼると、ダイハツ工業や豊田自動織機で相次いだ認証不正発覚を受けて開いた1月30日の会見で豊田氏が「株主の立場としてグループ各社の株主総会には全て出席する」方針を示したが、株主総会シーズン直前にこれを撤回するという一幕もあった。各社と株主の年に一度の対話の場に、豊田氏がいるとこれまで通りの株主総会が実施できないのでは、という不安を受けたものだったようだ。豊田氏がいるだけで周りの状況を変えてしまうという存在感の大きさが伝わるエピソードだ。

利益5兆円と業績好調。高まり続ける会長の存在感

 24年3月期連結決算で、日本企業で初めて5兆円超の営業利益を稼ぎ出したトヨタ。長期にわたり強固な収益基盤の構築を進めた豊田氏の功績は否定できない。北米などでハイブリッド車(HV)の販売が好調で、現時点では「全方位」と言い続けて電気自動車(EV)に傾倒しなかった経営判断も評価されている。

 一方、創業家出身で、13年間にわたり社長を務め、さらに会長・取締役会議長として〝君臨〟する豊田氏に対し、はっきりと後進に道を譲るべきだという声もある。認証不正に関する謝罪会見は一般的に経営者が出たがらないもので、そこに率先して登場した豊田氏の責任感は評価できるが、本来はCEO(最高経営責任者)である佐藤氏が謝罪と説明を行うべきだという見方もあるだろう。

 豊田氏は株主総会で佐藤氏らのことを「執行メンバー」と呼んだが、組織上の経営トップは佐藤氏のはず。自身の役割を「責任を取ること」と「相談に乗ること」と明言したが、その範囲を超えて存在感を発揮し続けた場合、厳しい目が向けられる可能性も否定できない。