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労働時間の9割は農地外 六次産業化の究極「10%農業」とは 伊藤武範 ペントフォーク

伊藤武範 ペントフォーク社長 田んぼ(提供画像)

コメ農家というと、コシヒカリなど日本の主食を生産するイメージだ。しかし福井県に本拠を置くペントフォークは、六次化を前提とした米粉用の稲を主に作っている。しかも従業員が農業にかける労働時間は10%以下で農業は主ではなく従。その「10%農業」とはいかなるものなのか。伊藤武範社長に聞いた。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2024年10月号 巻頭特集「笑う農業」より)

伊藤武範 ペントフォーク社長のプロフィール

伊藤武範 ペントフォーク社長 田んぼ(提供画像)
伊藤武範 ペントフォーク社長 田んぼ(提供画像)
いとう・たけのり NTT、ベトナム駐在、外資系勤務を経て2016年より農業分野に参画し17年より社長。北陸を中心に米粉用米の生産を急拡大。超多収の長粒種“越穂”を原料に自社グルテンフリー専用工場にてシフォンケーキ・米粉パン・フォーをブランディングし全国で販売。アメリカ、オーストラリア、東南アジアでも販売開始している。

6次産業化によって従業員の雇用を確保

―― 伊藤さんは金沢大学工学部を出てNTTでITエンジニアとして働いていました。それが農業とどうつながるのですか。

伊藤 NTTには入りましたが、実家が自営業だったこともあり、いずれ独立したいという思いは持っていました。NTTではエンジニアだけでなくコンサル営業もやっていたのですが、入社後しばらくして、グループ内転職制度ができました。その中に、ベトナムで合弁のデータセンターを立ち上げるという話がありました。事業費は40億円。それまでは数億円という仕事でしたから、その大きさが魅力で、手を挙げたところ200人の中から選ばれました。

 ベトナムでは技術だけでなく営業から何からすべてやらなければなりませんでしたが、とても貴重な体験でした。最初は赤字続きでしたが3年目で黒転し、5年で帰国しました。その後NTTを辞め、外資系の通信会社を経て、妻の実家のある福井で会社を立ち上げました。

 最初の事業は輸出入商社です。ベトナムに日本の包丁などを輸出し、フォーなどを輸入する。そんな活動が地元の新聞に載ったところ、農業法人の経営者から連絡がありました。その農業法人は、早くから6次産業化を進めていました。農作物をつくるだけでなく、加工し販売する。非常に先進的でした。

 でも、直売所があってお客さんは来てくれるけれど利益が出ない。どうしたらいいかという相談をされたのです。そこで、フォーを売るイベントをやったらどうですかと提案して、一杯100円で300杯限定で提供した。そうしたところ朝から大渋滞になるほどお客さんが集まった。翌月には3連休で同様のイベントをやったところ、新聞や雑誌にも取り上げられ、その後フォーを常時提供する直売所レストランとして認識されるようになりました。

 そこから始まり商品別の売り上げ情報なども見るようになり、商品メニューの変更などにも携わるようになり、気づいたら加工部門、さらには農業部門まで見るようになっていました。本格的に関わるようになったのは2016年のことです。

―― 普通、六次産業というと、一次(農業)から始まり二次(加工)、三次(販売)へと川下に下りていくものですが、伊藤さんの場合、三次から川上へと登っていったわけですね。

伊藤 そうですね。販売所をやっているうちに農業にも興味を持つようになって、それでやってみると面白いことが多かった。当然ですが、農業法人には従業員がいます。ところが彼らは朝、会社に来ても、その日何の仕事をやるか分かっていない。朝礼で〇〇さんは××というように仕事を割り振って、現場に入っていく。そして夕方まで働いたら今日はそこまで。この環境は私にとってとても珍しいものでした。これまでは、計画を立て、スケジュールに従って仕事をしていくのが当たり前でしたから。そこでまずはスケジュール管理から始めました。どの順番で仕事をしたら一番効率がいいか。計画を立て従業員と共有して効率化を図っていきました。

―― 生産するのは主にコメですね。

伊藤 基本、コメしか作っていません。ただし米粉用のコメです。コメというのは繁閑期がはっきりしています。5月の田植えの時期、それと秋の収穫の時期は別として、それ以外の時は水管理をするくらいで、それほど忙しいことはない。ですから兼業農家でもやっていけるわけです。

 そのためほとんどの農業法人は常時雇用の人は極めて少なく、繁忙期だけ学生アルバイトなどを雇って対応しています。ただ問題がひとつあって、アルバイトでも2、3年も働いてもらえば、機械の動かし方など仕事のコツを覚えてくれますが、それとほぼ同時に卒業してしまう。そして新しい人にまた一から教えなくてはいけません。長い目で見れば効率が悪い。

 そこで当社では、正社員として全期間雇用しています。当然、農閑期対策が必要で、だからこその六次化です。直売所は一年中、営業していますから、常に仕事がある。加工所も同様です。ですからペントフォークの場合、二次、三次のところをメインにして、繁忙期になったらそのメンバーを借りてきて農業を手伝ってもらう。こうすることによって安定した雇用と、黒字化が可能になります。

―― どんな加工品をつくっているのですか。

伊藤 自社栽培したインディカ米でフォーを作っているほか、米粉パンや米粉スイーツを製造しています。これを販売するだけでなく、直営レストランでも提供しています。また、「AKOMEYA TOKYO」のお店でも販売しています。

特別なことはやらずに生産性を上げる方法

―― 伊藤さんが参画する前から六次化はやっていたのですね。当時と今では何が違うのですか。

伊藤 私が入る前と今では売り上げが5倍ほど違います。耕地面積は以前が30ヘクタールで現在60ヘクタールと約2倍ですが、以前は作業請負をやっていたので実質的にはほとんど増えていません。つまり農地は増えていないのに売り上げだけが伸びた計算です。

―― ホームページには、農業のIT化を進めるとあります。IT化で生産性が5倍になったのですか。

伊藤 実はコメの生産にあたって、直播(田植えをしない栽培法)などの新しい試みはほとんどやっていません。ただし、従来の農業法人は、農業が主、二次三次が従でした。今はそれが逆です。これが大きい。農業中心の会社の場合、雇用している人に仕事をしてもらうために、効率の悪いことでもやっていた。今はそれがない。

 稲刈りにはコンバインを使いますが、人が多くいると遊ばせているのはもったいないからと、田んぼの隅っこの稲を人力で刈ったりしていました。でもコンバインは115馬力、つまり馬115頭分のパワーがあります。それなのに人力を使うのはあまりにも非効率です。こんなケースがたくさんありました。

 こういう無駄を排すために、ペントフォークでは10%農業を実行しています。勤務時間のうち、農業に費やす時間は10%まで。それ以上は農地に出かけてはいけないというルールをつくり、厳密に守らせています。そして残りの時間は加工工場や直売所で働きます。

 そのために、細かいところでは改善を進めています。例えば、農地はあちこちに点在しています。従来は、何も考えずに順に作業をしていましたが、今ではどの順番なら一番効率がいいか、事前に決めてその計画に従っています。あるいは以前は事務所に9時頃に集合してそれから農地に出かけていましたが、これだと交通量が多くて渋滞に巻き込まれることもある。その結果、夕方6時頃まで働いても、その日の予定が終わらないこともありました。そこで今では朝6時半に出発。お昼までに5時間働きます。その後休憩を取って、午後3時には仕事を終える。そういう細かいことの積み重ねで生産性を上げています。

農業近代化の一歩は目標と計画を立てること

米粉からパンやスイーツが生まれる加工工場
米粉からパンやスイーツが生まれる加工工場

―― 当たり前すぎて拍子抜けするほどです。でも見方を変えれば、なぜ今までそれができなかったんでしょうね。

伊藤 経験のある人、何十年にわたって同じことを続けてきた人はそれをなかなか変えることはできません。ただ最近は、意欲的な人が増えています。その人に共通するのは、数字に強いことです。その数字を元にして、目標を設定し、計画を立てる。そして実行しながらフォローしていく。

 一般の企業では当たり前のことですが、農業でも同じです。計画を立てるか立てないかでは、0か100かと言うほど違う。だけど、立てたことのない人にとっては、それが意外と難しいようです。それほど難しく考えず、前年の売り上げが100万円だったとしたら、今年はどこまで伸ばしたいのか、そのためには何が必要か、と考えていく。その意識を持って第一歩を踏み出すことが大切です。

―― 企業や組織が成長するためには、PDCAを速く回す必要があります。ところが農業の場合、結果が出る、コメなら田植えから稲刈りまで4カ月かかる。しかも年に一度です。PDCAを回したくても回せないのではないですか。

伊藤 そんなことはありません。例えば50ヘクタールの水田があって、これを25日で耕すとします。1日2ヘクタールです。順調にいけばいいですが、天候に恵まれず、予定どおり進まず、1週間で80%しか耕せなかったとします。そこでまずチェックする。そしてその差をどう埋めるかがアクションです。この場合だと、1週間でPDCAを回すことになります。これはすべての作業で可能です。

―― ペントフォークにとって今の課題はなんですか。

伊藤 販売です。農業に関しては順調ですし、加工もうまくいっています。問題はこれをどう売って利益につなげるか。円安もあり燃料や肥料などが上がっています。機材も同じです。その増えたコストをそのまま価格に乗せたのではお客さんは来てくれなくなります。つまり現状はトップラインの売り上げは変わらなくてコストだけが増える構造です。これをいかに吸収して収益を上げるか。そこに苦労しています。

―― 売り上げ目標などはありますか。

伊藤 2030年60億円が当面の目標で、この数字を達成できれば福井県で最大の農業法人になるはずです。でもそれはあくまで通過点。私の代で、ぜひとも1千億円達成したいですね。