デフレとコロナ禍からの一服を経て、日本経済は新しい局面を迎えつつある。製造業の強い中部エリアは、その底上げに大きく寄与する存在だ。中部経済の現在の景況感と将来に向けた新たな展望を、中部経済連合会の水野明久会長に聞いた。(雑誌『経済界』2024年11月号「リゲイン中部経済」特集より)
中部経済連合会 水野明久会長のプロフィール
価格転嫁のさらなる進行が「物価と賃金の好循環」の鍵
日本経済は、コロナ禍の落ち込みから徐々に回復し、再出発の兆しを見せている。先の日銀短観でも、総合的な先行きは明るいとの見通しが出た。中部経済連合会(以下中経連)が四半期ごとに実施する企業へのアンケート結果でも、景況感はコロナ前の2019年4-6月期以来5年ぶりの高水準となった。水野会長は「特に、非製造業の回復が著しいです。先行して回復していた製造業でも、設備投資の伸び率は前年実績を上回る見通しです。自動車の認証問題等の影響で若干の足踏みを見せましたが、時間の経過とともに解消されるでしょう」と、先行きに期待を寄せる。
円安による輸入物価の上昇などを受け、長らくマイナスが続いた実質賃金は6月に、実に27カ月ぶりとなるプラスに転じた。ただ、大手製造業の賃上げの伸び率は上昇した一方で、中小企業や非製造業は価格転嫁が遅れており、実質賃金を安定的にプラスにしていけるかは依然不透明な状況だ。原材料の高騰や天候不順で食品なども値上がりしており、家計の負担も増えている。中経連が今年5月に実施したアンケートでは「ほぼ転嫁済み」「ある程度転嫁済み」と回答した企業は38%。製造業が強い中部エリアでも、半数以上の企業で価格転嫁が追いついていないという実情が伺える。
「企業の業績、すなわち『稼ぐ力』の上昇に加えて、政府と日銀が目指す『物価と賃金の好循環』が実現すれば、個人消費も増加して、持続的な経済成長が期待できるでしょう」
地域のポテンシャルを引き出し伸ばす具体的施策
中経連では、2021年6月に策定した中期活動指針「ACTION2025」で「付加価値の創造」「人財の創造」「魅力溢れる圏域の創造」の三本柱を掲げる。4年目を迎えた今年は、より具体的な実現に向けてのフェーズにある。
「付加価値の創造」では、モビリティ産業において産学官が連携するプラットフォーム「CAMIP」や「Map-NAGOYA」で、既存の街と社会インフラを活用しながら、さまざまなサービスと組み合わせた次世代モビリティの創出と社会実装を目指す。また、国産旅客機・スペースジェットの開発過程で残された無形資産を生かす戦略もある。
「航空機産業の5割以上が中部エリアに集結しています。この基盤を、旅客機だけではなく防衛や宇宙産業へと転換していく視点も必要です」
「人財の創造」では、幅広い分野での取り組みを並行して実施中だ。イノベーター人財を育てる基盤づくりに向けて「ナゴヤ イノベーターズ ガレージ」では、チャレンジ精神のある若い世代が交流できる「たまり場」のようなコミュニティ形成の場を提供している。実際に起業を目指す時は、2024年10月に開設される国内最大のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」などへつながる仕組みだ。加えて、外国人留学生が、卒業後も高度人材として中部エリアに残ってもらえるよう、企業と大学との架け橋となるべくコミュニケーションを進める。また、外国にルーツを持つ労働者とその家族向けの日本語教育の普及にも努めている。企業ボランティアからスタートして広がり、特に若者やシニア層からの関心が高いという。
「魅力ある圏域の創造」では、スタートアップ・エコシステムの推進を加速させる予定だ。2025年2月4~6日には、愛知県や名古屋市、名古屋大学などと提携した中部初の大規模グローバルイベント「TechGALAJapan」を開催する。
「生産技術の最先端を極める製造業が強く、市場も確保されている中部エリアは、ディープテックとものづくりを結びつけるスタートアップの土壌が整っています。既存企業とスタートアップ企業がディスカッションし、マッチングできるような場の創出を狙っています」
一方、中長期的な将来の展望において、中部エリアは国内向けのPR力がやや弱いという課題を上げる。
「中部エリア5県はそれぞれに特色があり、各県をつなぎ、ベクトルを合わせていくことが中経連の役割です。当地には、自動車や航空機、工作機械など海外と直接取引をする輸出関連企業が多い。このほか、半導体産業も非常に強く、これらの産業がさらに発展するためには、中央省庁を巻き込んで盛り上げていくとともに、こうした特長をこれまで以上にPRすることが重要です。当地の名所がアニメ映画の舞台となるなど、エンターテインメント産業も水面下では活発です。行政や経済界は人を惹きつけるまちづくりに向けた全体像を共有し、新たなコンテンツとして、地域一体となって打ち出していく施策が必要でしょう」
人口減少による労働力確保も課題だ。水野会長は、特に情報系人財と女性人財の流出を危惧している。
「経済規模を縮小させないためには生産性を上げる必要があり、産業の進化と対応が急務です。モビリティ産業と同様に、今後はエネルギーなどの生活インフラも、ネットワークでつながった分散型と大規模集中のハイブリッドになっていくでしょう。製造業でもITを活用したハード面の整備を進め、多様な人財、特に女性が働きやすく、力を発揮できる構造への進化を期待しています。東京は生活コストが高く、それが出生率低下の一因でもあります。安心して長く働き続けられる産業構造へ転換していくことで、多様な人財と魅力的なカルチャーを集め、地域力の向上を目指したいです」
その起爆剤として水野会長が期待しているのがリニア中央新幹線だ。
「リニアの開通は、名古屋の2時間経済圏の人口として東京を超える規模に押し上げるとともに、中部経済の活性化に向けた起爆剤になると期待しています。東京一極集中を是正するモデルケースとして先陣を切るべく、リニア中間駅を起点とした道路整備などの基盤作りに注力していきます」