政治の「激動」と「乱」は2025年も続く。少数与党の国会運営、大きな節目となる参院選や東京都議選、国際情勢も不透明でトランプ政権とどう向き合うのか……。その矢面に立つのが石破茂首相だ。昨年末、BS11の私の番組「鈴木哲夫の永田町ショータイム」で、石破首相に1対1で問う機会を得た。首相就任以来、その言葉にも政策にも「らしさ」が見えない。国民世論で首相に望ましい政治家第一位をキープしてきたのは、その「らしさ」が支持されてきたからだ。今年は従来の「政治家・石破茂」に立ち返ることができるか。さらには、安全保障や地方創生、そして防災など、これまで主張してきた政策をどう実現するのかを聞いた。聞き手=鈴木哲夫/ジャーナリスト 協力=BS11「鈴木哲夫の永田町ショータイム」(雑誌『経済界』2025年3月号より)
石破 茂 内閣総理大臣のプロフィール

いしば・しげる 1957年生まれ、鳥取県出身。慶應義塾大学法学部卒。86年衆議院議員に初当選。防衛大臣、農林水産大臣、地方創生・国家戦略特別区域担当大臣などを歴任。2024年、第102代内閣総理大臣就任。
世論の納得感なくして野党の賛成もない
―― まずは、総裁選、首班指名、総選挙と激動の年だった昨年を振り返ってどうか。
石破 よく漢字一文字を聞かれますよね。その時に答えてきたのは、謙虚の「謙」ですね。やはり、先の衆院選で少数与党になったことで、数では勝てない。また、メディアを通じて国民が国会論戦を見ます。そのなかで「政府の言っていることも一理ある、もっともだね」という世論をつくらないと、野党も賛成してくれるはずがない。それなのに、上から目線っぽく振る舞うようなことをしたら、そもそも私の話を聞いてもらえないですから。だから、謙虚でありたい、そうでなければならないという自戒も含めて、「謙」というのが昨年のキーワードでした。
―― 少数与党で通常国会にどう臨む。
石破 臨時国会と変わりません。少数与党であるから、先ほど言ったような世論をつくっていくことが大事。私は2002年に防衛庁長官でしたが、あの時は有事法制というミッションがありました。当時は、戦争準備法案などと言われ、反対論も多かった。それでもずっと国会で議論して、しっかり説明して、賛成の世論が過半数を超えたんです。そこで修正し、最終的には成立しました。2年目にはイラク派遣がありました。これまた反対が多かった。その後、防衛大臣を経験した時も今度はインド洋の補給延長がありました。あの時、参議院は与野党逆転していましたから、衆議院で再議決しようと思ったら、よほど世論の賛成がないとそんなことはできなかったわけです。
今の状況はそれに似ています。有事法制にしても、イラク派遣にしても、インド洋の補給延長にしても、なんとか通ったのは、国民世論による「政府の言っていることも一理あるかも」という声が過半数を超えたから。そうしていかなければ通常国会は乗り切れないと思っています。
―― 国会論戦で野党に対してもしっかり丁寧に、しかしその向こうにいる国民世論にもっと説明していかなければならないと。
石破 そうです。われわれが議員になった頃、竹下登先生や梶山静六先生、渡部恒三先生など、国会対策の神様と言われた人がたくさんいらっしゃった。その時に教わったのは「お前ら野党に賛成してもらおうと思ってもそれは無理だ。ただ賛成してもらえなくても納得はしてもらえ」と。もちろん今回は賛成してもらわなきゃどうにもならないけど、まず世論での納得感がなければいけない。そうしないと野党も賛成してくれるはずがないですからね。
「安全で安心な東京」と「より楽しい地方」を目指す
―― やろうとしている政策を具体的に聞きたい。これまで取材してきた中で、柱は「安全保障」、「地方創生」、「防災」の3つと見ているが。
石破 まず安全保障は法律、装備、運用という3つが基礎。法律は、本当に今のままでいいのか点検する。装備も、実際に有事を想定したときに、 飛行機にしても船にしても車両にしても、本当にこれは能力発揮できますかと常に点検しなければならない。運用でも、どうやって自衛隊を動かすか、日米同盟は本当に機能しますかと点検する必要がある。そして、もちろん朝鮮半島有事と台湾周辺有事への備えも考えていく。これが同時に起こることが現在の最悪のケースですから。
ロシアと北朝鮮の連携は相当明確になってきていますし、北朝鮮の能力も飛躍的に向上している。台湾周辺の情勢はかなり緊張度が高くなっています。そうするとこうした最悪の場合に、装備、法律、運用が、ほんとに機能するのかと。その各視点の点検をきちんとやっていきます。
―― 地方創生についてはどうか。初代の地方創生担当大臣として先鞭をつけた経緯もある。
石破 地方創生は、地方創生2・0というイメージで進めたい。2・0というのは、まったく新しいリニューアルという意味合いです。10年前に最初に手掛けた地方創生は、これ以上放っておくと大変なことになるからという、いわば対症療法にとどまってしまいました。事実、東京一極集中や人口減少に歯止めはかかっていません。私は、この原因に人間の根本的な価値観みたいなところが関係していると思います。
―― 価値観?
石破 明治維新以来、わが国はとにかく富国強兵で「強い」日本を目指してきました。そして、太平洋戦争が終わって、今度はもう強い日本ではなく、「豊かな」日本をずっと目指してきた。それはどちらも成功したわけです。しかし、いずれにおいてもそれを実現する手段が東京一極集中だったんだろうと。もちろん、「強さ」も「豊かさ」も大事ですが、現在の問題は解決しないわけです。
今度はどんな国を目指していくのか。こう考えた時、堺屋太一先生的に言えば、「楽しい」日本なんだろうと。堺屋先生の最後の著書である『三度目の日本 幕末、敗戦、平成を越えて』でも「楽しい」日本をつくるんだと書かれています。実は地方は経済的には豊かなんです。国交省が出している都道府県別の可処分所得のデータを見ると東京都がナンバーワンということではなく、経済的に豊かな地方も結構あります。
―― そんな中で、「楽しい」という価値観がそれを変えていくと?
石破 地方は、経済的に困窮しているわけでもなく、食べ物もおいしいし、人情も豊かで風光明媚。でも、やはり堺屋先生の言う「楽しさ」という面においては東京だよね、大阪だよね、となってしまうのです。地方でももちろん楽しさはあるけど、その楽しさに圧倒的な差があると若い人は思っているんです。
とはいえ、東京は楽しいけど安心安全かと言われたらそこはかなり問題があるわけです。今回の地方創生は、東京の富を地方に移すとか、そういうことを言っているんじゃなく、東京はより安全で安心な東京、地方はより楽しい地方ということにチャレンジしないといけない。地方に自由に使っていいお金を2倍にしますとやるだけではダメなんです。
―― 防災はどうか。防災庁の準備室を立ち上げたが。
石破 24年の元日に能登半島地震があって9月には大雨もあった。現場の悲痛な声は絶えず届いています。そういう一番厳しいところに、手を差し伸べないで、何が国家なんだと思うのです。だから、防災は国としてまず取り組まなければいけない。そして、今年は阪神・淡路大震災から30年でもある。
あの時、後藤田正晴元副総理が 「天災を防ぐことは不可能だ。でもその後に起こることは全て人災だ」という名言を残しています。人災であれば、それを少なくする努力は最大限すべきで、それが新しい防災。今までは、そういうことを統括する役所がなかった。内閣府防災担当は一生懸命やっているけど、人が足りない、予算が足りない。来年度予算ではそれを倍にしますけど、それだけじゃなくきちんとした役所を設けようと。このような経緯で、私は防災省設置を言っているわけです。
トランプ大統領とは意外と議論ができる

―― 今年は国際情勢も激動が予想される。何と言ってもアメリカのトランプ政権がスタートする。日米外交はどんな姿勢で臨んでいくか。
石破 国が違えば国益も違う。これは当たり前です。だけど、お互いの共通の価値観や利益が大事になります。そして、それが日米だけの利益ではなく、地域全体の利益になるために共に力を合わせることができるか。トランプ大統領は別に戦争屋でもなんでもなく基本的にはビジネスマンではないかと思っている。利益の追求が第一義です。
臨時国会の冒頭で、私は石橋湛山を引用したんですが、石橋湛山は「外交は合理的であれ」と言っています。要はお互い利益を得なければ関係は長続きしないんだと。合理主義外交は単なる金儲けではなく、お互いが利益を得ること。トランプ氏のビジネスマン的才覚は、それと通じるところがあるんじゃないかなと私は思う。理想論や観念論を振り回しても仕方がなくて、長続きする外交とはなんだと考える必要がある。もちろん戦争せずに。こう考えると、意外とトランプ大統領とは議論ができるのではないかと感じています。
―― 媚びたりせず、石破首相の一丁目一番地の安全保障を含めた政策パッケージをしっかりぶつけて対等に議論していくべきではないのか。
石破 そうですね。まわりくどい話をしてもしょうがなくて、共通の利益があって、戦争を起こさないための方策はなんだと正面から向き合うのがいいのだと思います。そういうことに尽きるんだと思いますね。
―― 厳しい質問だが、総裁就任、そして首相就任前のいわば「石破らしさ」がなくなっているのではないか。それは国民も感じていると思う。石破 総裁選で圧倒的な差で勝ったわけでもなく、よく言われるように党内基盤は脆弱です。私が党内野党的だったから国民の支持があったというのもよく分かっています。それはその通りです。ですから、らしくありたいと思います。それが実際に総理総裁になった時に、そのスタンスが維持できない、その辛さは日々感じています。
例えば、総裁選でも言ってきた地域協定の見直しや、アジア版NATOというか同地域における集団安全保障の在り方など、そういう話をしたいわけです。でも、党内基盤が弱い中で自分らしさを出して政策を実行していくには、党内でちゃんとした議論をやっていかざるを得ない。
―― 党内議論は十分にやれるのか。
石破 党では森山裕幹事長、鈴木俊一総務会長、小野寺五典政調会長、渡海紀三朗政治改革本部長など、みなさんによくやってもらっている。内閣でも林芳正官房長官、橘慶一郎副長官、青木一彦副長官、そして閣僚のみんなもいい仕事をしてくれている。
ただ、みなさん支えてくれてはいますが、だからそれで好きにやっていいというのではなく、当然党内におけるきちんとした議論をした上で石破らしさを出すべきではないかと思います。自民党は独裁専制であってはいけないし、きちんと民主主義的なステップを踏んで、石破らしさを政策としてクリアにできる時が来るようにやっていきたい。
―― らしさを今年は出す、その決意を聞きたい。
石破 1日1日をどう進んでいくかだと思っています。今日1日でどれくらいのことができたかなと、その日その日確実に検証していかないといけない。それは大臣の頃から思っています。その集大成で、日本が変わっているのか、いないのか。石破らしさを出せとよく言われますが、急いで全部一気に出しても何も実現しません。着実に1日1日を振り返って検証して実現していく。
ただ、もちろん理想はなくしていません。理想をなくしたら政治家なんてやる意味がありませんから。そして、引き続き、いろんな温かいご批判があるとうれしいなと思っています。
“理想をなくしたら政治家なんてやる意味がありません”
石破氏を取材し続けてもう20年以上になる。2018年に安倍晋三氏と総裁選で一騎打ちした際には、『石破茂の「頭の中」』(ブックマン社)で石破氏の深層にも迫った。石破氏は、自民党の中でずっと選挙応援要請ナンバーワンだった。ただ、彼が呼ばれる選挙は、自民党が厳しい負けそうな逆風選挙ばかり。彼はそこへ通い続けてきたからこそ、いま世論が自民党政権のどこを批判しているかを誰よりも知っている。党内基盤が弱いと自ら語ったが、世論を読み、それを味方につけることは石破氏にこそできる政権運営ではないのか。5度目の挑戦でつかんだ首相の座。これまで世論が共感してきた自らの政策を実現してほしいものだ。