大阪市浪速区にある通天閣はその周辺に広がる新世界とともに大阪のシンボルとなっている。その運営会社を南海電鉄が買収した。目的はミナミの活性化。最近の大阪の話題は間もなく夢洲で始まる万博と、梅田周辺の再開発ばかりだが、その対抗軸として名乗りを上げた。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年4月号より)
通天閣を子会社化しキタの再開発に対抗
ナニワのシンボル「通天閣」(大阪市浪速区)を運営する企業が昨年12月、関西の私鉄大手・南海電気鉄道の子会社になった。子会社化の狙いは、今年4~10月に2025年大阪・関西万博が開かれることも踏まえ、協力して通天閣のある大阪・ミナミを活性化していくことだ。大阪では最近、JR大阪駅周辺のキタの再開発が進むが、ミナミをそれに対抗する軸に育てていけるのか注目される。
南海電鉄は昨年12月27日、通天閣の運営会社「通天閣観光」の株式70・8%を取得した。通天閣の名はそのまま残り、現時点では建て替えなども予定されていない。
通天閣観光が創立されたのは1955年7月6日で、資本金は1億500万円。昨年12月4日に南海電鉄が発表した資料によると、通天閣観光の直近3年間の売上高と純利益の推移は、2022年3月期が3億7900万円と5400万円、23年3月期が10億9500万円と1億4400万円、24年3月期が15億1500万円と4億9500万円だった。直近は増収増益を続けてきたことになる。
南海電鉄は通天閣について、「1956年の完成以来、多くのお客さま、地域の皆さまからご支持をいただいており、国の登録有形文化財にも登録されている施設」と指摘。
「近年は新たなアトラクションを設置するなど、お客さまにより楽しんでいただける施設として進化を続けて」いるとした上で、「旺盛なインバウンド(訪日客)需要にも支えられながら来訪者数を増加させ、地元新世界とともに大阪有数の観光地としての地位を確立」しているとした。
一方で南海電鉄は、自らの南海グループについて、「公共交通事業と不動産事業を核に据えた『まちづくり』を通じて、沿線全体の活性化を図って」きたと説明。
2018年には「南海グループ経営ビジョン 2027」をまとめ、大阪市を南北に貫いて走るなにわ筋線が31年に開業するのに向け、沿線の価値向上に取り組んでいるとした。
そして、「『グレーターなんば』の創造を掲げ、なんば広場の整備、通天閣の玄関口となる新今宮駅周辺のにぎわい創出など、さまざまな施策を実行して」いると訴えた。
また、今回の通天閣観光の子会社化については、通天閣、公共交通、不動産といった「多様なリソース」を掛け合わせられる体制をつくり上げ、「『グレーターなんば』構想をはじめとしたエリアマネジメント戦略を強力に推し進めるとともに、地域に求められる社会インフラとしての機能を果たすことで、企業価値の向上と大阪のさらなる発展を実現して」いくとした。
この「グレーターなんば」構想については、後ほど説明したい。
松下幸之助が悔やんだ通天閣での広告
さて、通天閣とは、一体どんな施設なのだろうか。その歴史を簡単に振り返っておきたい。
通天閣には「天に通じる高い建物」という意味がある。公式キャラクターは、1909年ごろに米国から日本へ渡ってきた幸福の神様「ビリケン」。名前の由来は、この年に米大統領に就任したウィリアム・タフトの愛称「ビリー」に由来するともいわれている。
今ある通天閣は、戦後につくられた2代目だ。初代ができたのは1912年。今はもうない遊園地「新世界ルナパーク」に面する形で、一緒につくられた。敷地には、03年に開かれ成功を収めた内国勧業博覧会の跡地があてられた。パリの凱旋門の上にエッフェル塔の上半分を乗せたようなデザインで、高さは約75メートルあった。
この初代通天閣は戦時中の43年、近くの映画館で起きた火災が延焼し、焼け落ちる。さらに、鉄骨部分も戦争に拠出されることになり、解体されてしまった。
現在の2代目が完成したのは56年10月で、戦後、再建したいという地元有志らによってつくられた。その過程で、地元からの出資もあおいで55年に設立されたのが、運営会社の通天閣観光だ。
工事を手掛けたのは奥村組。同社のホームページには「戦時中に解体された通天閣の復活を願う地元新世界の人々の熱意に応え、再建に取り組んだ。約1年の超突貫工事の末、高さ103メートルの『二代目通天閣』が完成した」とある。
96年に改修したさい、前年の阪神大震災による破損などはみられず、その頑丈なつくりに関係者はみな驚いたという。
再建後、通天閣は大阪のシンボルの地位を保ち続けてきた。通天閣の歴史をよく知るある企業の関係者によると、1990年代、NHK連続テレビ小説「ふたりっ子」や映画「ビリケン」などの影響で新世界が注目されるようになると、それをきっかけに、ますます観光名所として存在感を増すようになったという。
通天閣はさまざまな「使われ方」をしており、その一つがネオン広告としてだ。日立製作所は2代目が再建された直後から、通天閣の側面に巨大な広告を出しており、リニューアルを繰り返して今に至っている。
同社によると、「2023年のリニューアルでは、広告文言の変更、全ライトアップ設備のLED化、LEDビジョン(大型サイネージ)の設置等」を行ったという。
なお、通天閣に広告を出すことは、松下電器産業(現パナソニックホールディングス)も打診されたが、断ったとされる。その後、日立の広告を掲げた通天閣が日本有数の観光名所になっているのを見て、創業者の松下幸之助氏が非常に悔やんだというエピソードが知られている。
このほか、新型コロナウイルス禍では、大阪府が通天閣を、府民に感染への警戒や備えを呼びかける手段とし、「非常事態」を知らせるときは赤色、「警戒」を呼びかけるときは黄色、「警戒解除」を知らせるときは緑色にライトアップした。関西のテレビや新聞などでは、色が変わるたびに大きく報道された。
そして、新型コロナ禍が収束し、多くのインバウンドが日本に来るようになった今、通天閣は、海外からの人気も非常に高い観光名所となり、連日、多くの人が押し寄せている。
長年にわたり大きな存在感を発揮してきた通天閣は、いわば大阪の「キラーコンテンツ」だ。それを傘下に収めた南海電鉄は、通天閣と相乗効果を生み出しながら、自らの事業に大きく弾みをつけたい考えだ。
すでに、どのような取り組みを行っていくのか、いくつか明らかになっている。例えば、消費者に分かりやすい身近なところでは、通天閣の入場システムに2次元コードを活用するなどの刷新を行うとしている。乗車券と通天閣の入場券がセットになった商品の提供も進める。
南海電鉄の岡嶋信行社長はメディアの取材に対し、新世界はもともとグループの阪堺電車の沿線にあり、周遊のための割引付きの乗車券を販売してきたと指摘。通天閣や飲食、小売り、宿泊などの地元の事業者と協力し、周遊向けなどの商品も投入すると語っている。
通天閣観光側にしても、南海側の経営ノウハウや資金力は、これからも増加が予想される国内外からの観光客に対応するため施設の整備などを進めていく上で、非常に魅力的だ。
そして、南海電鉄側が期待するのは、沿線開発事業に大きな弾みをつけることだ。なにしろ、同社の大阪府南部や和歌山県の沿線は人口減少が予想される。さらに、なにわ筋線が開発されると、関西国際空港とJR大阪駅が結ばれ、南海電鉄のターミナル駅である難波が素通りされてしまうことも懸念されている。
南海電鉄が進めるグレーターなんば構想
南海電鉄が掲げているのが、先ほど述べた沿線開発計画「グレーターなんば」構想だ。南海電鉄の難波駅と、通天閣が近い新今宮駅を起点にした計画で、これまでもホテルや商業施設、オフィスなどの整備を進めてきた。
構想では、沿線に大きく4つのエリアを設け、それぞれの特徴を生かした開発を行うことにしている。
1つ目が「エンターテインメントシティ界隈共創エリア」。難波駅前の広場が「人と情報のハブ」となり、ポップカルチャーから伝統文化まで融合した、エンターテインメントが集まった大阪観光の中心となることを目指すエリアだ。
2つ目が「新駅ライフ・ステイ共創エリア」。なにわ筋線の新駅から西・南に広がるエリアで、オフィスや都市型住居、ホール、展示場など、新しい都市機能を備えた「なんば新都心」を目指すエリアとなっている。
3つ目が「シン・なんばターミナル共創エリア」。未来のターミナルを目指し、それにふさわしい都市型商業集積や次世代型集客機能が融合した街区を実現させるエリアとなる。
4つ目が「新今宮ダイバーシティ共創エリア」。国籍や世代を超えたさまざまな要素が混じり合い、新しい文化や情報を発信し続ける、「グレーターなんば第2の玄関口」を目指すエリアだ。
そして、通天閣は「グレーターなんば」構想の起点の一つである新今宮駅の近くにある。通天閣の「コンテンツ」としての強さを生かし、人の流れを集めてくることができれば、沿線開発にも弾みがつくだろう。
大阪市内では今、JR大阪駅周辺のキタ地区の再開発が、オフィスやホテルなどを中心に急速に進んでいる。昨年9月には、大阪駅北側の再開発エリア「うめきた2期(グラングリーン大阪)」が先行まちびらきし、都市公園の約7割と、およそ20の店舗、ホテルなどが開業した。全面的なまちびらきは27年度の予定となっている。
「『グレーターなんば』と重なるミナミから、人や企業の流れがキタに奪われてしまう」という危機感は、ミナミに本社を持つ南海電鉄の中で強い。
実際、グラングリーン大阪へは、大阪の名だたる企業が本社を移す方針を示している。例えば、大阪市浪速区に本社があるクボタもその一つで同社は26年5月に引っ越す計画だ。
ミナミの強みは、コロナ禍前を超え過去最高の人数を更新しているインバウンドを引き付ける食やエンタメ、観光名所を抱えていることだ。自由に活用できるようになった通天閣をここに加え、南海電鉄がミナミを、キタと並ぶ大阪の中心地として成長させることができるのか。今後の取り組みが注目される。