経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

AI時代のマーケターの価値は人間的感性に回帰する 神田昌典

神田昌典(提供画像)

神田昌典(提供画像)
神田昌典 経営コンサルタント/アルマ・クリエイション(船井総研グループ)社長

 デジタル時代が訪れ、マーケティングの定義は変わりました。僕が経営やマーケティングについて執筆を始めた1998年当時、マーケティングといえば調査でした。フィリップ・コトラー先生の理論が大きな影響力を持っていて、企業はシェア争いに勝って顧客層を拡大するために、顧客分析・競合分析を徹底し、ポジショニング戦略を立てることが重要だと言われていた時代です。

 しかしデジタル化によって、消費者のありとあらゆる活動が数値化できるようになった。企業が発する言葉に消費者がどう反応し、どう顧客となり、どう離脱するかといったモデルが可視化されるようになりました。

 その流れで、僕はマーケティングの民主化が起きたと考えています。これまで情報発信はマスメディアの特権で、企業はそれを利用してマスマーケティングを行っていました。しかし今や、誰もが簡単に情報を発信し、大きな影響力を持てるようになっています。それに中学生ですら、私物や趣味で作ったグッズをフリマアプリで売ることができる。管理ページを見れば、閲覧数などのインサイトが簡単に分かります。そこから誰でも直感的に、マーケティングの原理原則がつかめる時代になってきたわけです。

 しかし定義は変わっても、マーケティングの本質は変わらず「顧客が必要とする価値を届ける仕組みづくり」です。ではこれからのマーケティングの在り方はどうなっていくのか。

 今後、これまでのマーケターの仕事はほとんどAIに代替されていきます。市場・顧客の分析とモデルづくり、それを踏まえた戦略の策定などは、AIに任せれば人間がやるより優れたものが一瞬でできてしまいます。

 そうなるとマーケターはより現場に近い目線で、AIと協働しながらいかに良い仕事ができるかが大切になってきます。お客さまに接する時もっとこうしたケアができるんじゃないか、商品を届けるパッケージがぐちゃぐちゃにならないためにはどうすればいいか、安全性のためにこの商品のこの部分はこれでいいんだっけと、自分の体感をもとに個別の状況を想像し、より顧客を幸せにするための「正しい問いを見いだすこと」。マーケターの価値はそうした人間的な部分に回帰していきます。

 その意味では、現場を見ずに「正しい答え」ばかり追い続けるマーケターは、寿命が短いかもしれません。むしろ顧客と接して、彼らの喜ぶ顔を見た経験を持つマーケターの方が強いはずです。

 続いて、会社がよりマーケティング力を高めるために、経営者にできることは何か。大切なのは幹をブレさせないことです。顧客のペインは何か、それに対して自社の提供できる価値は何かをはっきり設定し、社内に浸透させること。分析が得意だとかモデルづくりが得意だとか、そうした人材の寄せ集めは、この先必要なくなります。枝葉の人材確保・育成ではなく、従業員が会社の幹の部分を理解して動ける状態を目指す方が重要です。

 逆に言えば、幹がしっかりしてさえいれば従業員は自信をもってその価値を顧客に届けられるので、そんなに大きく結果が揺らぐ心配はありません。