マーケティング人材育成SaaSを提供するグロースX。COOを務める山口義宏氏は、「育成対象者のうち、マーケティング専門職はわずか21%」と語る。各社は何を求めてマーケターを育てるのか。また、実際にどう育てていけばいいのか。文=山口義宏 グロースX COO・インサイトフォース取締役
育成対象者のうちマーケティング専門職は21%

私がCOOを担うグロースXは、日本では珍しいマーケティング人材育成に特化した企業です。創業から5年弱ですが、この分野では最大級の規模となる600社以上を支援し、育成対象社員数は2万2千人を超えました。ニーズの強さと同時に、生々しい課題も肌で感じています。
日本企業のマーケティング人材育成ニーズは主に2つ。ひとつは「売上・収益の成長を実現するためにマーケティング力を高めたい」という普遍的なニーズです。もうひとつは「DX推進で、データベースやITツールとデジタル人材育成に大規模な投資をしたが事業成果につながっていない状況の解決」という、DXの浸透と共に急拡大中のニーズです。
後者のニーズにおいては「DXで成果を出すために、顧客体験の全体像を理解し、具体の施策を変えていく知識を持つ社員の絶対数不足」を課題と捉え、マーケティング人材育成対象の部門と人数の規模拡大が起きているのが現状です。
グロースXの育成実績データで驚かれることが多いものがあります。実際の育成対象者のうち、狭義のマーケティング専門職はわずか21%しかいないという事実です。それよりも本来の広義の意味でのマーケティング強化として「顧客体験を変えられる社員を増やす」ことを目指し、多くの部門・職種をまたいだ育成を行う企業が増えています。
グロースXによる大企業のDX進捗に関する実態調査では、人材育成方法として50%が「eラーニング活用」と回答しています。しかし、eラーニングには落とし穴も多いため注意が必要です。
1つ目の落とし穴は、社員個々人のモチベーションでは学習が続きにくいこと。経営層や人材開発部門の方々と会話をしていると「eラーニングを導入したが、2カ月目にログインしていたのはもともと自発的に学習する1~2割の社員にとどまり、残り8割の学習させたかった人材の多くは学習が続かなかった」というような失敗をよく耳にします。
失敗の要因として、私たちは「米国で成功したセルフサーブのeラーニングの方法論は、日本では機能しにくいのでは?」という仮説を持っています。乱暴に日米の環境を比較すると、米国は解雇リスクだけでなく転職や独立による賃金上昇機会も多いため、労働者は自律的なキャリアマインドを持ち、学習モチベーションが続きやすい。一方で、日本は解雇も少なく、学習の有無で大きく待遇が変わるイベントが少ないことで自律的なキャリアマインドが弱く、学習モチベーションを保てる人の比率が低いのでは? という仮説です。
解決策となるのは、個人単位で学習するのではなく、社内で励まし合い進捗を競う学習コミュニティをつくる運用。グロースXの人材育成現場では、学習をチーム戦に切り替えてから継続率は大きく高まりました。
チームで同時に同じ内容を学ぶメリットは、会議や社員同士の会話の中で学習内容のキーワードが出てくる機会が自然に増え、社内でマーケティングの共通言語が増えることです。日々の会話や判断に生かされることで成果も出やすくなります。「チーム戦で学習・共通言語づくり」がeラーニング成功のカギです。
2つ目の落とし穴は、学習後の忘却です。もしあなたが「3カ月前に読んだ本の内容と、そこから自分で実践したことを教えてください」と質問されたら、多くの場合は困り果てるのではないでしょうか。人は本を読んでも、内容の大半は実行しないまま忘れてしまいます。eラーニングも同様です。

人は「議論したこと」と「実践したこと」は、記憶の定着が高まり、理解が深まるという原則があります。eラーニングでも、学習の合間にチームで議論し、学習内容をどのように自社・自部門・自分の業務に適用して、何を改善・実践すべきかを振り返る、議論の時間確保が重要です。
グロースXでは、専門コンサルタントが毎月1時間のビデオミーティングで議論の企画・進行を担うようになってから、学習内容の理解と、施策として実践する確率が高まりました。学んだことを社員が実践してこそ顧客体験の改善につながります。
一般的にeラーニングの運用は、受講後にテストで理解度を点数化し、クリアした人数をカウントします。しかし、この運用では、育成目標人数の達成はできますが、実際に顧客体験を変えて業績成果を出すには不足です。日本企業の職場環境に合わせて「チーム戦での学習で共通言語化」と「自社ごと化の議論・実践機会の組み込み化」まで踏み込むのが、育成と成果の隔たり解消のカギです。
戦略策定と人材育成の両輪が企業の成長には不可欠
これまでマーケティング人材育成を成功させるためのポイントを解説してきましたが、実践する企業の課題や人材育成の取り組みの位置づけは実に多様です。
日清食品の安藤徳隆社長は、「外から見たら日清食品は尖ったマーケティングをやっているように見えると思いますが、土台となるマーケティングの基礎も重要と考えています。尖った部分は社内育成、マーケティングの基礎はグロースXの育成施策で推進しています」とコメント。基礎教育は外部講座を活用し、自社の独自性は内製で育てていくという使い分けをされています。
また、三井住友海上火災保険のCXマーケティング戦略部長兼CMO、木田浩理氏はこう話します。
「営業パーソンがグロースXでマーケティングを学んでから、保険代理店さまに見込み顧客の集客施策を提案するようになった姿を見て、全社展開すべきと判断しました。グロースXの育成プログラム修了をレベル1クリアと認定し、資格給や社内公募資格を連動させ、人事制度と紐づける運用で大規模な人材育成を実現しています」
同社では顧客体験を理解した社内人材5千人の育成を目標とし、グロースXとの取り組みで既に1100人を超える育成を実行されています。
私は、グロースXの立場では人材育成、インサイトフォースの立場ではマーケティング戦略コンサルティングで両社を支援していますが、現代の事業の競争力は広範囲な顧客体験全体の改善の積み重ねが重要。戦略だけでは絵に描いたもちで終わります。筋の良い戦略策定と共に、顧客接点の改善を実行できる社員の絶対数を増やす人材育成の連携が、事業競争力向上には不可欠です。